“カカオ豆は極上のワインやコーヒー、お茶と同じ”というのが、ドモーリの創始者ジャンルーカ・フラゾーニ氏の考え。ベネズエラで質の高いカカオ豆と出会って魅了されたジャンルーカ氏は、1994年にドモーリ社を創設しました。以来、今では数少ないクリオーロ種を、原種に近い形で復活再生するために研究を重ねています。

レッスンは、カカオ農園の映像を見ながら。未知の世界に想像が膨らみます


「皆さん、今日はたくさんお集まりいただきありがとうございます」
と優しくほほえむジャンルーカ氏。ソフトで繊細なイメージですが、いざチョコレートの話になると情熱的な眼差しに。熱く語り始めます。
「カカオが初めてヨーロッパに渡ったのは、今から500年以上も前。当初は飲み物として珍重されていました。それが次第に形を変え、現在よく見るココアのような商品になったのは1900年代のことです。実はこの時に、いろいろなカカオ豆をブレンドするようになり、混ぜ合わせたものがチョコレートというイメージが出来上がってしまいました。そして素材本来の味も失われることに。その上、ココア会社は病気などに強い効率的な品種を生産するようになり、いい木の生産をやめてしまったのです」

接木の様子1(蕾が3つ位ついている枝を選んで、他の品種の木に植えつけます)


ジャンルーカ氏の言う効率的な品種とは、フォラステロ種のこと。これは樹木の生育が早く、また収穫量が多いのが特徴で、現在では、世界で出回っているカカオの木の92%をも占めています。これに対して、氏がこだわるのは、芳香豊かな残り8%の部分。カカオ豆の原種と言われるクリオーロ種(0.01%未満)、クリオーロ種とフォラステロ種の交配品種であるトリニタリオ種、そしてフォラステロ種の交配品種で甘美とされるナショナル種です。これら3種の“アロマティック・カカオ”から、より香りの強い、苦みや酸味の少ないカカオを厳選しているというから、いかに希少性が高いかがわかります。

接木の様子2(枝の先を削ります)


ドモーリ社創業以来、原料となるカカオ豆の起源やDNAなどに関する研究を続けるジャンルーカ氏。それにしても、何故そこまで品種や産地にこだわるのでしょうか?
「ベネズエラでカカオの研究に没頭していた時に気づいたことがあります。それは、チョコレートのおいしさは、素材であるカカオの質が50%を占めるということ。残りの10%が産地、20%が農園で行われる発酵などの作業、そして20%が収穫後の工程(焙煎、精製、仕上げなど)です。つまり、そのほとんどはカカオのプランテーションにかかっていると言えます」

接木の様子3(小枝を縛ってくくりつけます)


ほとんどのチョコレート会社が仕入れたカカオ豆を加工したり、カカオマスから原料チョコレートを製造している中、ドモーリ社はカカオの木の栽培からチョコレート作りまでを一貫して行っているのが特徴。まずはよい木を探し出すこと、これが大切なようです。
「創業時の1994年から1996年にかけてあらゆる生産地を回りました。その時に古代のカカオの木を探し出したんです。これが、味、香りともにすばらしかった。そして自分の農園を作り、それぞれの木の遺伝子を徹底的に調べました。とはいえ、どう扱ったらいいかといった文献は全く残っていません。そこでうちでは、いい品種を守るため、接木して育てるというシステムを取り入れています」

ある品種の丈夫な木の枝に、いい遺伝子を持つ別の品種を接木してようすを見ます。成功すれば、3〜5年後には接木した品種の豆を収穫することが可能。成熟したカカオの木からは、1本につき1kgほどのカカオ豆が収穫できるそうです。ちなみに、ドモーリ社ではカカオ以外の様々な種の木も育てることで、自然に配慮しているとのこと。いい品種を守るためには長期的な環境作りも考えていかなければなりません。

接木の様子4(およそ2週間後にようすをみます。接木された枝から新たに葉が生まれてくれば成功)


さて、無事にカカオの実(カカオポッド)を収穫したら、現地で発酵作業を行います。実の中のパルプ(白い果肉の部分)を取り出して箱に入れ、バナナの皮をかぶせて2日ほど発酵させます。発酵は、カカオ豆の味を左右する大事な作業。ドモーリ社では、カカオのもつアロマを完全に活かせるようにコントロールしているとのこと。 具体的に、どこが違うのでしょう?

半年経って実が熟した状態。色合いは品種によって色が異なります


「まず、私たち自身が、発酵作業をきちんとチェックしていることが大きな違いです。というのも、ほとんどの会社は農園に任せているだけですから。でも、農民たちは、チョコレートの知識がない人がほとんど。当然、発酵作業でどんなふうに味が変わるのかも知りません。そのため、私たちが現地に足を運び、品種ごとに発酵期間を調節したり、味や香りを確認したりしながら、ベストなやり方を決めているのです」

実は、カカオ農家の人たちの多くが、チョコレートを食べたことがないというのが現実のよう。会場からは、“現地ではチョコレートを料理などにも使っているのですか?”といった質問も寄せられましたが、チョコレートを食べる食文化は全く根付いていないとのこと。むしろスナック菓子のほうが好まれていると聞くと、少し残念な気も。産地と消費国との温度差を感じてしまいます。


カカオの素材を重視し、良いカカオの味を知ってほしい、とのジャンルーカ氏の想いは、シングル・オリジナルシリーズという形で実現しました。単一品種、同一産地のカカオのみから作られた6種類のチョコレートです。それから、クリオーロ種のみを使用したという、希少なクリオーロシリーズ(3種類)もあります。
「焙煎されたカカオ豆は、約500種類もの香り成分から構成されています。もちろん、その香りは、品種や産地ごとに異なるもの。ちょうどワインでいうクリュを楽しむように、質の違いを感じて欲しいですね」

クリオーロ種は果肉が白いのが特徴


素材本来の性質を活かすため、材料はとてもシンプル。全てのチョコレートのカカオ分は70%に統一されています。残りの30%の成分は砂糖。一般的によく行われているような、追油(口溶けや伸展性を良くするためにカカオバターを追加すること)や、ミルクの添加などはしていません。
「素材本来の性質を活かすためです。カカオバターは味の無いものなので、増やすとカカオの味が薄くなってしまいます。ですからカカオ豆に含まれている以上のものは加えません。また、カカオ分や砂糖の量を統一しているのは、豆ごとの味や香りの違いを比較してもらいたいから。同じ条件にしているので、純粋に、豆の味を理解できると思いますよ」

果肉のついた状態のカカオ豆は、上にバナナの葉を被せて48時間発酵させ、その後混ぜて酸素を取り入れます。アロマを引き立たせるのに重要な工程


ビデオを流しながらのレクチャーが終わった後は、いよいよデグスタツィオーネの時間。ジャンルーカ氏が提唱する、“チョコレートを五感で味わう”方法で、豆の味を鑑定していきます。
「さあ、試食を始めましょう。視覚、音、香り、味覚、そして触感・・・全ての感覚を使ってくださいね。まずはアッリーバから。普通のダークチョコレートの色合いよりも明るいですね。そしてバナナやヘーゼルナッツのような香りがします。口に入れると苦みはそれ程強くありません。ちなみに、味わい方ですが、口の中で溶かすのではなく、噛んで風味や香りを広げてください・・・」

発酵が終わった豆を、天日で乾燥させます


こんな風に、五感をフルに活用して比較していく様は、まさにワインを味わっているかのよう!ソムリエ気分でじっくり感覚を研ぎ澄ませて行くと、それぞれのチョコレートが持つ性質が浮かび上がってきます。“これは何の香りに例えるんだろう?”なんて難しく考えなくても、自分の好みがわかれば面白いもの。ちなみに、ジャンルーカ氏の鑑定結果は・・??



【シングル・オリジナルシリーズ】

いよいよ試食開始!果たしてどこまで違いがわかるのでしょうか・・・?


アッリーバ
品種:ナショナル種
産地:エクアドル
一般的なダークチョコレートより明るい色。苦みはあまり強くなく、酸味も控えめ。熟したバナナやヘーゼルナッツのような香り。味わいはしっかりありながら、まろやか。クリーンな後味が魅力的。いろいろな素材と合わせやすく、お菓子にした時にピュアな感覚が残される。

アプリマック
品種:トリニタリオ種
産地:ペルー
少しスモーキーな香り。花やバタークリーム、バターキャンディーのような香りと微かな酸味が特徴。マイルド。

リオ・カリーベ・スーペリオール
品種:トリニタリオ種(クリオーロ・フォラステロ種と、時間の経過とともに生まれた交配種との交配種)
産地:ベネズエラのパリア半島、エスタード・スークル
シングル・オリジナルシリーズの中では一番動物的で力強い。木、ピーナッツ、ブラックオリーブ、干し葡萄の香り。香り、味、触感のバランスが最高に良い。

テユーナ
品種:トリニタリオ種
産地:コロンビア
アロマはあまり強さや広がりがないが、カシューナッツや蜂蜜の香りが。クリーミーな質感。

サンビラーノ
品種:トリニタリオ種。クリオーロ種遺伝子を多く含む
産地:マダガスカルのサンビラーノ渓谷
他のチョコレートに比べて明るい色。ベリー、カシューナッツ、胡椒、シナモンの香り。ベリー系につながるエレガントで魅力的な酸味。

スール・デル・ラーゴ・クラシフィカード
品種:トリニタリオ種。クリオーロ種とクリオーロ・トリニタリオ種の交配種。クリオーロ遺伝子を多く含む品種。
産地:ベネズエラの都市(マラカイボのスール・デル・ラーゴ、エスタード・メーリダ、ズーリア、タキラ)
アーモンドや焙煎したコーヒーの香り。酸度、渋みは低い。エレガントなカカオで、口当たりが良い。持続性がある。



【クリオーロシリーズ】

ポルセラーナ
品種:クリオーロ種 サン・ホセ農園産ポルセラーナ
産地:ベネズエラ
タバコ、蜂蜜の香り。酸度は低め。香りの漂い方が長い。滑らかでクリーミー。

プエルトフィーノ
品種:クリオーロ種 サン・ホセ農園オクマーレ67
産地:ベネズエラ
デーツ、樹木の香り。クリーミーな感覚がどんどん口に広がっていく。酸度は低め。

チュアオ
品種:クリオーロ種 サン・ホセ農園チュアオ
産地:ベネズエラ
1996年からドモーリ社が研究し続けようやく完成、2009年秋に販売開始予定。雑種ではなく、ピュアなチュアオとしては世界初。バターやミルクのクリーム、蜂蜜の香り。他のものより甘さの余韻が長く、口中でいつまでも香りが続く。






実際に試食をして驚いたのは、どのチョコレートも渋みや酸味が少なく、とてもまろやかだということ。また、クリーミーでコクがあるのに後味は全くしつこくありません。
「苦みや渋みが強いチョコレートもありますが、私はいいとは思いません。まず、数ある品種の中から、渋みの少ないものを選ぶのがポイントでした。それから、発酵のやり方次第でも、苦みや酸度を低くすることが可能です。ドモーリ社では、品種ごとに発酵期間を変えるなどして、もっとも良い状態に仕上がるように工夫しています。このように苦みや渋みが抑えられると、まろやかな味わいになります。そのため、他のチョコレートと比べてコクがあり、クリーミーに感じるようになるんだと思います」 


さて、こうした独特のチョコレートをお菓子に使っているパティシエのひとりが、アテスウェイの川村シェフです。デグスタツィオーネに続けて行われたデモンストレーションでは、4種のお菓子が披露されました。いったいどんな風に仕上がるのでしょうか?




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