世界の著名料理人が日本に集結し、食文化、技術の交流を目指す「G9 東日本大震災復興支援 + TOKYO TASTE 2012」が、9月22日から25日まで開催されました。
今回パナデリアでは、その一環として、9月24日に東京ドームシティホールで開催された料理の最新技術が紹介されるイベントを見てきました。


事前に知らされていたその内容は、パティシエ界の鬼才と呼ばれる、バルセロナにあるパティスリー「エスクリバ」のクリスティアン・エスクリバ・トロニア氏と、『世界のベストレストラン』第3位に輝いている、スペインバスク地方のレストラン「ムガリッツ」のシェフ、アンドニ・ルイス・アドゥリッス氏によるスペシャルデモンストレーションが行われるとのことでした。

エスクリバとムガリッツ!

実は、パナデリアにはこんなエピソードがあるんです。
ひとつは10年ほど前の話。「ムガリッツ」に行きたいと思うも、どうしても予定が合わずに泣く泣く諦めて今に至るという話。そしてもう一つ、これは別のスタッフで、4年前、「エスクリバ」に行くはずが、その前のランチが6時間にも及び(さすがスペイン!)、どうしても午後の予定をカットせざるをえなくて、こちらも泣く泣く立ち寄るのを諦めたのです。
メンバーそれぞれの「行きたかったあの店」という思いが通じた(?)このイベント。特に、スイーツの最新技術を見られるのではと、エスクリバ氏のデモンストレーションには期待大で訪れたのです。

会場では前から5列目ほどの席を陣取りました。ステージでは、「エスクリバ」のエスクリバ氏をはじめとするスタッフと、「ムガリッツ」のアンドニ氏をはじめとするスタッフがずらりと並び、カメラのシャッターをきる音があちらこちらから聞こえて。

両氏がそれぞれのスタッフと。一番左はご存知の服部先生。その隣が、ムガリッツのアンドニ氏、めがねの方がエスクリバ氏


その後は早速、期待のエスクリバ氏のデモンストレーション……、のはずだったのですが、あれ? 急きょ予定が変更となり、アンドニ氏が先にやることになっていました。
日本への感謝の気持ちを込めて挨拶したアンドニ氏とスタッフが、調理台の前でデモンストレーションをスタートさせれば、その手元が、会場のスクリーンに映し出されていきます。たとえばこんな料理が、周到な準備で次から次へと作られていくんです。

8時間55度を保って表面の皮を柔らかくした塩ダラとじゃがいも、はちみつなどを合わせた一品。へーゼルナッツと日本で学んだという黒豆、そしてベーコンと玉ねぎを合わせたお皿。一見、種も透けて見える葡萄のようで、実はくりぬいたメロン(食べるとびっくり!)というユーモア溢れたお皿。


種まで見えて、どう見ても葡萄!
でもメロンという、遊び心のきいた一皿


それから面白かったのは、葛を使ったパンです。葛は、日本で教えられた食材で、固まる温度や独特の食感など、大変面白い食材だと、今回も多用してくれました。葛を使ったパンが生まれたのは、失敗の産物だそう。オーブンから出して40分間だけ、中がトロトロしてまるでクリームのようなパンができるとのこと! 会場で告げられた分量は

 牛乳600cc
 生イースト15g
 葛600g
 塩18g
 砂糖50g

これをよく混ぜ、50度で50分の発酵。これ以上発酵すると、うまく出来すぎて成功という名の失敗になってしまうそうです(笑) スチーム40%・85度で15分焼いたら出来上がり。パンという感覚ではないと言っていました。
うーん、焼き立て40分以内に一度食べてみたい!


型の中で発酵していくパン。とろとろの生地


他に、葛を使ったフォカッチャも披露してくれました。焼き鳥のイメージで、表面はパリパリ、中はジューシーに仕上げたそうです。
「封筒」というタイトルの一品もユーモアがきいたひと品です。目の前に置かれた封筒を開けると、中にはお米でできた紙が。それにグリーンオリーブとバター、ニンニクを混ぜたペーストをぬって食べるのですが、その紙にかかれているのはこんな言葉なんです。

食べ物を大切に 遊び心を大切に

なんと、これはそのまま日本語で書いてあるのです。レストランでの最初の一品として出てくるそうですが、「体の中までこのメッセージで満たす」とシェフ。なるほど、お客さんたちの、ここから先のお料理がますます待ち遠しく、楽しもうという気持ちがむくむくと起きてくるのが、ステージを見ているだけでも伝わってきました。


封筒の中にはメッセージの書いた紙が。写真をよ〜く見ると、「食べ物を大切に 遊び心を大切に」と書いてあるのが見えますか。添えられたディップを塗って食べるそう


10数品の最後の2品は、イメージ映像つきで紹介されました。
最初の映像は、四季の移り変わりとともに、落ちた椿の葉を、12日間かけて結晶化した葉脈だけにした、美しくもどこか儚く、日本人としては何かを感じずにはいられないものでした。「料理は、文化だけでもだめ、身近にあるものだけでもだめ、一番大切なのはシェフの感情を入れること」とアンドニ氏。


緑の椿の葉が、12日をかけて結晶化。どろどろの中から葉脈だけになった美しい葉が登場する。料理になるといっそうその美しさと儚さが映えて


もう一つは、豚の血を使ったマカロンです。豚血は、スペインではポピュラーで、甘いものを合わせることが多いという説明と、「卵白と血は構成要素が似ているから血も泡立つ」と、ミキサーを回し始めました。「これは猟師のためのマカロンです。映像を見てもらえればわたしがこの料理を作るにいたったのがわかってもらえると思う」
映像は、(おそらく多くの日本人には)少々生臭く、刺激の強いものでもありました。狩人が獲物を射止め、その血が川に流れたり、肉を火であぶるなどのシーンが。そしてその血をスイーツにしたらどうだろう、マカロンのにしたらどうだろうと、獲物とマカロンが交錯していきます。10分程度の短い映像でしたが、スペインの映画祭にも出したとのこと。


真っ赤な血をミキサーにかけると卵白のように泡だっていく。搾り出して焼き上げると、血からできたとは誰も思わないマカロンが。数名にだけが手にした焼き上がりの試食は、「血とは感じません。普通にお菓子として美味しい」とのこと


最新技術も素晴らしかったですが、それ以上に、料理人は「料理を作る」という枠の中にいるのではなく、感性をフルに使う、芸術の世界にいるのだということを、改めて感じさせられるものがありました。

さて、料理の枠を超えていると言えば、エスクリバ氏です! チョコの唇や飴の指輪で知られるところですが、個性的なメガネ姿のエスクリバ氏は、パティシエというより芸術家。筋金入りのスイーツ好きなら、あの姿がすぐに思い浮かぶかもしれません。一度見たら忘れられないインパクトの強さです。


個性的なめがね姿のエスクリバ氏登場!


3階席まである広いドームシティホールも、時間の経過とともにどんどん人が増えてきて、ようやくエスクリバ氏の番がやってきました。「エスクリバ」は、日本ではそれほど知名度が高いとは言えないけれど、バルセロナの店には韓国や中国から研修のパティシエ達が常にいるような状態だそうです。

映像が流れ、それに合わせてエスクリバ氏がお話しするスタイルで始まりました。
最初に画面に現れたのは、「爆発ケーキ」です。もともとは、家族で楽しむためのケーキとして作ったそうですが、ろうそくを消すためにふっと息をかけると本当にケーキがすごい勢いで爆発するという、この衝撃的な映像をたまたま発見した米国のテレビ局(飴の指輪の取材に来ていた)が、これを是非紹介したいと発信したのが、彼を世界的に有名にしたきっかけとなったそうです。

エスクリバ氏は、1905年にオープンした「エスクリバ」の4代目にあたりますが、実は、50年前に、お父さんが、チョコレートの技術を教えに来日したことがあるそう。その時の写真も画面に映し出されました。そのお父さん、あるとき、1万2000人分の巨大ケーキを作り、人々を驚かせたことが。その頃エスクリバ氏は、パリで修業をしていたそうですが、帰国した時、会う人ごとに、「あの時はすごかった」「感動した」とお父さんの偉業を褒めたとのこと。そのとき、「ケーキは人に感動を与えなくてはならない」と思ったのが今の彼を作っているようです。彼の店に入る新人には、「パティシエとして学んでほしいことは、味や見た目はもちろん、みんなを感動させること」と最初に告げると言っていました。


3代目、つまりエスクリバ氏の父親と、
エスクリバ氏の子供の頃の写真


幸福な時間を味わってもらうために、依頼があると、彼は常に考えます。幸福な時間は人それぞれ。いつケーキを出すのか。どんな目的で出すのか……。

1989年、あるパーティーで、彼は初めて「食べられる壁」を作りました。ベースをメレンゲにし、その上に飴などで細工。みんなにスプーンを渡して壁まで食べに来てもらうというスタイルです。たくさんの人にケーキを行きわたらせなくてはならないのに、予算が潤沢でなかったときに、思いついたアイディアだったとか。その後、「壁」は進化し、ウエディングケーキのときは、ドレスアップして参加している皆さんの服を汚さないように、壁にキャラメルやチョコなどの付いた350本の串をさすことをしたそうです。


食べられる壁はこんな風。みんなが壁にお菓子を取りにいくのがユニークな光景


その後、「動くケーキ」というのも作りはじめました。きっかけは、3000人のガーデンパーティー。ケーキを作るにあたり、みんなが移動しなくても食べられるように、ケーキのほうが動いたらどうかと思い、ドラゴンの形の動くケーキが誕生。止まると口から火を吹くというオプション(?)もついて、パーティーは大盛り上がりだったようです。


ガーデンパーティーの会場を練り歩く「食べられる」巨大ドラゴン。大盛況だったそう


その後、都市の風景を模ったケーキ、すなわち「食べられる風景」や、「チョコレートのくま」など、彼のケーキはアイディアと共にどんどん進化していきます。


食べられる街の風景や、子供たちのために作られた列車の風景。動物まで配置されている。とてもかわいくて、どこから食べていいか困ってしまいそう


……と、実はここで、またもや(?)時間いっぱいになってしまったのです!
エスクリバ氏の映像はまだ続いたのですが、終了予定の12時近くなり、こちらの時間がないという事態に。過去の映像が流れた後は、きっとエスクリバ氏の最新技術のデモンストレーションが行われるのだろうか、と後ろ髪をひかれる思いで会場を後にしたパナデリアだったのです。ああ涙。
しかし、エスクリバ氏のケーキの軌跡をみられたことは貴重であり、これからのパティスリーの姿、パティシエのあり方を考えさせる機会にもなりました。

きっと多くの料理人やパティシエが、今回のデモンストレーションや映像から、技術のみならず、彼らの感性に触れ、大きな刺激を受けたことと思います。1年2年といった期間で、日本のレストランやパティスリーに変化が起きることはないかもしれませんが、今回のイベントが、何らかの方向づけをすることになったかもしれませんよね。
そしてパナデリアは、エスクリバ氏関係には、これ以上ないというくらいの時間の余裕を持って訪れるべしという教訓を得たのでした。




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