取材・文 浅妻 千映子  


このところ赤丸急上昇。
若い人から年配の方にまで、大人気の海外旅行先です。
近くて、美味しくて、人々が親日。お茶やカラスミが名物……といえば!
そう、台湾です。
台北、台中と、伝統料理をめぐる2泊3日の旅をしてきました。
台湾の人々のソウルフードとも言える伝統料理とは一体どんなものだったのでしょうか?





「三杯料理」という言葉を耳にしたことがあるだろうか?
三杯酢なら聞いたことがあるけれど……と思うかもしれないけれど、残念ながら全く異なる。実はこれ、伝統的な台湾料理なのだ。ただ、「三杯」は、胡麻油、醤油、酒の3つを指すので、酢と醤油、みりんを配合する三杯酢と、ネーミングの発想は近そうだ。

この三杯料理、大雑把に言うと、鶏肉に、胡麻油、醤油、酒で味をつけた料理である。日本では知られていないけれど、向こうでは誰でもが食べたことのあるソウルフードのような位置付けだという。土鍋で作るのが本来で、面白いのは最後にバジルの葉をたっぷりと入れること。味付けと共に、このバジルが不可欠なのだとか。
バジルと言えばイタリアンのイメージがあるけれど、実は台湾バジルというものが存在し、現在に至るまで長く台湾で栽培されている。炒め物をはじめとする料理に日常的に多用されているのだそうだ。知らなかった!


これが台湾伝統料理。土鍋で作る。

台湾でとれるバジル。西洋のものとは品種が少し異なり小ぶり。


さて、機会を得て、三杯料理をめぐる台湾ツアーに参加することになった。
12月半ば、送られたチケットを手に飛行機に乗った。
台北・松山空港に到着すると、なんと、3台のカメラが近寄ってくる。パシャパシャッ。フラッシュが光る。レンズは明らかにこちらを向いている。お迎えに来た方が、ようこそとタピオカ入りミルクティーを渡してくれ(日本で大行列のあそこのものだ)、ありがたく口にすると、その瞬間も逃すまいと、またフラッシュが光るのだ。参った。
一息ついて、これは何なのかと聞いたところ、
「台湾の人は写真が大好きなんです」
という思いもよらぬ答えが。
「特に集合写真は大好きで、これから先も、あらゆる場所にカメラが同行し、記録用の写真を撮るよ」
飛行機だからとスニーカーにラフな格好で来たことを後悔しても、もう遅い。この先は心していかねば(といっても持ってきた服には限りがあるのだけれど)。


台北松山空港にて。同じくカメラ攻撃に驚いた日本からのもう一人の女性と、通訳さん、iSee Taiwan Foundationの方と記念撮影。


さて「iSee Taiwan Foundation」という団体が主催してくださったこの「台湾伝統の三杯料理を巡るツアー」には、日本から私を含めた2名のほか、シンガポールから2名、マレーシアから1名の参加者がいた。皆が言うに、それぞれの国に三杯料理に似た料理はなく、日本もそうだが、味わいとして近いものがあっても、バジルを入れるというところが決定的に違う。

到着したこの日、台湾伝統のお茶文化を味わわせてくれる時間を持った後、早速レストランで、伝統的な三杯料理を体験させてくれた。
ちなみにこの旅は、わたしにとっての初台湾だった。「何を食べても美味しい」と信頼できる面々から話を聞いていたのだけれど、本当にその通りだと、お茶の席でちょっと出てきたお菓子一つをつまんで感じたのである。烏龍茶につけた梅や、緑豆を使ったらくがん。どちらもはっとするほど美味しい。産地や製法による味の違いを感じさせてくれるお茶が美味しかったのは言うまでもない。

茶館「小慢」に到着するや、まずは記念撮影。シンガポールやマレーシアからのゲストも一緒に。

「小慢」で出されたお茶菓子。手前の梅は茶梅といい、烏龍茶で漬けた甘い梅。すっかりはまって帰りに購入。

お茶の先生。


連れられた「山海楼」というレストランは、その名の通り、海の幸、山の幸をたっぷりと食べさせてくれる店であった。伝統料理を得意としているようである。円卓には次から次へと料理が出てくる。前菜の盛り合わせにあったカラスミを一切れ口にしたら、これまた思わず目が開いてしまうほど美味しかった。聞けば、紹興酒をまとわせて、味に変化を付けているとのこと。こうした、紹興酒や烏龍茶を使ったちょっとしたアレンジのある前菜は、気が利いていて、全てが見た目以上の味だった。


伝統料理を得意とする山海楼。その名の通り、海の幸、山の幸をふんだんに使って、台湾の味を楽しませてくれる。

料理の最初は「海と山の豪華オードブル」。口にすると「おっ」と思うような気の利いたひとひねりがあって、一つ一つがとても美味しい。


コースの中には、2種類の三杯料理が組み込まれていた。まずは、エリンギを使ったもの。鶏肉をエリンギに替えることで軽やかさを出した、現代版アレンジといえそうだ。胡麻油、醤油、酒を使った三杯味は想像通り親しみやすく、濃いめの味付けがご飯を誘うところも想像通りであった。
次に伝統的なものが運ばれた。鍋の蓋を開ける前に、縁にお酒を回しかけるという演出が。これも料理の一環だそうで、ただ、通常は料理用の米酒を使うところ、この日は大盤振る舞いでマッカランが! 洒落たサプライズに大いにテーブルが沸いた。主催者によると、三杯料理は、こうしたきちんとしたレストランはもちろんのこと、庶民的な店まで、台湾中どこでも食べられるのだとか。

コースは他に、龍髭菜という細長い青菜を卵黄で和えた縁起のいい一品や、小さな牡蠣を団子状にして揚げた牡蠣フライ(台湾ではこれが一般的な牡蠣フライだそう)、乳飲み豚を丸ごと焼き目の前でさばくクリスピーで豪快な料理なども登場。野菜やフルーツは有機のものを使っており、最近ではこうしたところまで気を配る店が増えているのは世界的な流れなのだった。


エリンギを使った三杯料理。エリンギは台湾でポピュラーな食材なのだそう。

台湾の牡蠣は一般的にとても小ぶりなのだそう。親指の第一関節か、せいぜい第二関節までの大きさくらい。それをいくつもまとめて衣をつけて。

台湾では魚は揚げて食べるのが一般的な食べ方だという。一尾を豪快に揚げて甘酢のあんかけで。


たっぷり食べた後は、レストランの前で記念撮影をして、ホテルへ。台湾君品酒店というヨーロピアンテイストの豪華なホテルの広い部屋には、丸くて大きなバスタブまであった。大きなベッドで熟睡。ちなみに、日本との時差はたったの一時間だ。


山海楼
 http://www.mountain-n-seahouse.com/zh-hant/dish_set/reserved/

ホテル「君品酒店(PALAIS de CHINE)」
 https://www.palaisdechinehotel.com/jp/index.php






朝食のビッフェは、お粥をはじめとした台湾テイストのコーナー、和食のコーナー、洋食のコーナーと、選びたい放題である。お粥を食べておなかを満たし、荷物をまとめて集合場所のロビーへ。二日目は新幹線に乗って台中へ、三杯料理には欠かせない、バジル畑の見学に行くのだ。おっと、出発前に、ホテルのエントランスで記念撮影があったのはもう触れるまでもないことか。

ホテル「君品酒店(PALAIS de CHINE)」の前で。記念撮影にもそろそろ慣れました……。この後は歩いて行ける近くの駅から新幹線に。


日本が造ったという新幹線は、日本の新幹線そのものだった。窓から見える風景も似ているから、隣の席の日本人としゃべっていると、日本にいると錯覚してしまう。台北中心部から一時間ほどで着いたのは雲林という駅。駅前の賑わいはないけれど、数年前に新しくしたという駅はピッカピカ。「はい、集合!」の声がかかって、それをバックに記念写真。

台中中心部はモダンな建物が並ぶ新しい街だけれど、雲林のように少し離れると農家が多い。台湾の野菜の多くは、こういった台中郊外で作られているそうだ。雲林には海もあって、そこでは冬、名物のカラスミ作りが行われている。またここには、古い町をそのまま残した通りがあるそうで、バジル畑のあと、案内してくれるとのことだ。

そんな話を聞きながらバスで2,30分。目の前に、緑色のバジル畑が現れた。バスを降りて畑の中に入り、葉を摘む。ちぎると、バジルのあの香りがふわっと広がる。栽培者の話によれば、バジルは生育が早く、暖かい時期は2週間くらいのサイクルでどんどん収穫でき、栽培にはそれほど手間がかからないのだとか。
わたしたちはビニールバッグを持って、そんなバジルを摘みに摘んだ。なぜって、明日は、実際に自分たちで、シェフの指導のもと三杯料理を作るという時間があるのだ。そこで大量に使うバジルを摘んだのである。


畑ではカゴいっぱいまでバジル摘み。特に難しいことはなく、葉の根元からちぎっていく。

バジルの生産者。


収穫が終わると、記念撮影をしてランチタイム。なんと、畑の真ん中にセッティングされたテーブルで食べるという贅沢なアレンジがなされていた! 数年前からこうしたイベントを手がける人がいて、彼らは料理を学ぶ学生を同行し、畑の脇にテントを張って、依頼者の声を聞いた料理を作る。特に海外旅行者向けというわけではないという。さぞや台湾の人に人気だろうと思ったらやはりそのようなのだが、意外だったのは、ランチよりディナー、つまり夜のほうが人気だということ。個人的には、昼の太陽を浴びながら白ワインでも傾けて、と思うところだけれど、ライトアップした夜もなるほどロマンチックなのかもしれない。
ランチコースは、メインに鴨の出るフレンチテイストのモダンな料理。前菜には、三杯料理をパイに包んだ進化版が登場した。


この日は曇りで気温もあまり上がらなかったが、台北より大分暖かい台中。数日前は12月でも真夏のような暑さだったそう。

「シェフの小品」と名付けられた前菜3品。旬のフルーツとバジルのサルサソース、三杯味にした鶏をミンチにして包んだ一品、本場肉そぼろ。

「海への憧れ」というスープ。ヘチマやハマグリ、牡蠣、台湾バジル、そして台湾ソーメン

メインは「コーヒー桜桃ソースをつけた桜桃鴨焼き」。なんと桜桃(サクランボ)を食べた鴨の肉。台中はコーヒーも有名で、そのコーヒーもソースに使用。


食事の後に訪れた通りには、古くて可愛い建物が道の両脇に並んでいた。もともと歯医者があったという建物は、なんと歯の形をしている。矢印のようにとんがっているのは、歯の神経を表しているのだとか。豆を売る店、お茶を売る店……。そんな中から、伝統的な台湾醤油を作る店を見学した。
最近はアメリカなどからの輸入大豆を使う醤油が多いが、こちらでは台湾産の、しかも黒豆を使った醤油を作っている。さらにそこに餅米を入れた、とろみのある醤油もある。これらは昔ながらの三杯料理を作るときには欠かせないそうだ。甕で寝かせ、もうすぐできるという醤油を舐めさせてもらった。甕の蓋をあけると醤油のいい香り。まさにこの建物に入ったとき立ち込めていた香りだ。黒豆醤油は、普段使う大豆の醤油より香りがいいと感じた。


100年の醸造技術を持つ丸荘醤油。コストのかかる国産黒豆が醤油の原料として使われなくなってきている中、契約栽培の国内黒豆を使い、180日かけて醤油を作る。ここでもみんなで記念撮影。


 醤油見学の後は、台中の中心部へ。今日のホテルはモダンな造りをしている。夕食前には、「どうしたら三杯料理をもっと海外の人に知ってもらえるか」というミーティングがあった。「三杯料理のたれを作って売り出したらいいのではないか」など、ユニークな意見も飛び交った。
ミーティングの後は、ホテルのレストランを貸し切っての盛大なパーティーが。先ほど訪れた醤油メーカーの社長さんなど、三杯料理をはじめとした台湾伝統料理を支える人々が集まり、交流が。ホテルのシェフによる三杯料理の実演もあり、大いに盛り上がった。
実は今までの食事で一度もアルコールが出なかったのだが、ここで初めて登場。台湾で最近増えているというクラフトビール、それから日本酒のような米酒が出た。米酒は、香りよくさらりと飲みやすいタイプで、日本で作ったものだといわれても完全に信じる。日本以外でもこうしたお酒ができるのかと少々驚かされたのである。


ホテルのシェフがみんなの前で三杯料理を披露!


〜この日のパーティメニューより〜

鶏と鴨のピティビエ。

日本スタイルという名のアワビ料理。奥は煎餅と菊芋のピュレ。

桂丁鶏もも肉。ガーリックコンフィと米クラストとともに。



ホテル「老爺行旅(THE PLACE)」
 http://www.hotelroyal.com.tw/taichung/JP/






最終日となる三日目は、クッキングの日だ。バスで中心部を少しだけ離れ、おしゃれなキッチンなどを販売しているというモデルルームのような建物へ向かう。レンタルできるスペースがあり、そこで、一人一台のガスコンロと土鍋を使い、シェフに三杯料理を習った。
前日のバジル摘みから同行しているシェフは台湾ではとても有名な方で、各コンクールでたくさんの賞を獲得し、台北にお城のような立派な店も構えている。台湾料理の神とも呼ばれているそうだ。そんなシェフに直接指導をいただけるなんて。


大きなアイランドキッチンでシェフを前に。オレンジ色のエプロンには、参加者の名前がアルファベットで入れられていて感激。


まずはシェフがキッチンに立ち、唐揚げに使うような大きさの鶏肉を大量に油で揚げる。特に下味などつけず、あらかじめ肉に火を通すのが大きな目的だ。にんにくと生姜をじっくり、かなり時間をかけて胡麻油で炒めたら、そこに配られた肉を入れ、とろとろの醤油と酒で味付けながら炒める。最後にバジルをたっぷりと入れ、鍋に蓋をするが、まだ火は止めない。鍋の蓋までカンカンに熱くするのだ。完全に熱くなったところで、お酒を縁に回しかけると、炎が出る。これで出来上がり!
以上が全てで、特に難しいことはなかった。伝統に固執しなければ、三杯の味付けとバジルというポイントだけを押さえていくらでもアレンジがききそうだ。私は密かに、酒を赤ワインにしてみたらどうだろうとまで考えている。ふふ。


仕上げをするシェフ。醤油もごま油もたっぷりと使い、見るからにそそる色をしているのが三杯料理。色の薄い三杯料理はありえません。

昨日摘んだバジルをたっぷり入れて仕上げ!

とにかくじっくりと、たっぷりの生姜やニンニクを炒める。さらには、なかなか私の分の鶏肉が出来上がらず、みんなより長く炒めることに。

「鶏肉がなかなか来なくて、じっくり炒めたのがかえって香ばしさが出て良かったですね」と出来上がりを味見したシェフ。焦げた鍋を見て「三杯料理を作る鍋は焦げ付くものなんですよ」


この日のランチは、もちろんできたての料理だ。三杯料理以外にも、シェフが作った料理がいくつも並ぶ。大鍋で出てきた汁そばのようになったビーフンがとても美味しく、みんな、こぞっておかわりした。中でもシンガポールから来た方の、「もうずっと前、自分が初めて台湾に来た時の味だ」と涙を流さんばかりに気に入って、無心で食べていた姿が印象的である。台湾が初めてである私でさえも、なんとなくそれはわかった。不思議なことだが、どれも、心に訴えてくるような味わいなのだった。

ビーフンのような麺の入った鍋。しっかりしたスープの味に体も心もじんわりと温まる。

魚を使った前菜など。カラスミはどこで食べても美味。

最後はみんなでランチを兼ねた試食会。


この後は、新幹線、そして飛行機に乗り、帰国だ。台北の駅で売っていたお弁当がちょっと気になった。なぜなら、「駅で売っているお弁当ひとつ美味しいよ」と聞いていたからだ。しかし、今回は眺めるのみ。
飛行機に乗ってしまえば、帰りは行きより随分短い時間で羽田に到着した。

なんと美味しく、そして発見の多い台湾だったことか! プレスツアーだったことを差し引いても、台湾の人々の親日ぶりは伝わった。距離が近いことも手伝い、一度訪れた人が、二度三度と訪れるのもよくわかる。台北には最近、世界的に注目されている高級レストランもいくつかある。日本がそうであるように、台湾でしかできないフレンチという味もあるのだろう。そして、今回の三杯料理しかり、まだまだ知られていない伝統の食文化もたくさんありそうだ。小さな島だが、北と南でいろいろなことが違いそうなのも面白い。

台湾の食の美味しさ、豊かさと、三杯料理の伝統と革新を垣間見られた3日間だった。

シェフ
 http://青青餐廳.tw/aboutus.aspx

取材協力: 看見台湾基金会(iSee Taiwan Foundation)
 公式HP: http://www.iseetaiwan.org/en/Index.aspx






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