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取材・文 佐々木 千恵美  


2017年11月9日、10周年を迎えたエコール・ヴァローナ東京にて、エンリック・ロヴィラ氏による特別来日デモンストレーションが開催されました。

はじめにエコール・ヴァローナ東京のエグゼクティブ・シェフ、ファブリス・ダヴィドゥ氏からロヴィラ氏についての紹介がありました。

「初めて出会ったのは10年前。エンリックのアトリエを訪ねたときのこと。時間がなくて、10分程度のあいさつしかできなかったけれど、その10分で忘れられないほど感銘を受けたのです。今、日本で彼のことはほぼ知られていないと思います。でもそれは勿体ない。ショコラティエとして素晴らしい才能の持ち主で、芸術家です。作品には家族との歴史が根付いています。いつか紹介したいと思っていたエンリックの世界を、今日は存分にプレゼンテーションさせていただきます。」

前半はエンリック氏の用意した画像を見ながら、影響を受けた作品、ヒストリー、哲学、ご自身の代表作とエピソードをカタルーニャ語で語っていただき、後半はチョコレートピエス製作のデモンストレーションという流れ。エンリック氏がどのようなショコラティエなのか、ファブリス氏が一瞬で魅了された才能を感じとる内容の半日となりました。


講師: Enric Rovira(エンリック・ロヴィラ)  
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1971年生まれ スペイン・バルセロナ出身
バルセロナの街のデザインをモチーフに、最高のクオリティを持つチョコレート製品を製造する目的でエンリック・ロヴィラ(有)を1993年に設立。以来、数多くの氏のクリエイティブを象徴する製品が製造されている。自身の製品創造の傍ら、ホテル・企業、イベント向けに、レシピからパッケージングまでを求めるカスタマイズ製品創造のオファーも多い。大学での専門講義も担当し、さまざまな活動を通して、イタリアでは「ユーロチョコレート賞」を受賞するなど、世界で一目を置かれているショコラティエ。


プレゼンテーションでは、彼の作品を代表するモチーフとなった卵型のチョコレートについて、伝統と風習のことから丁寧に説明していただきました。


卵型のチョコレート〜「MONA」。それはエンリック氏の生まれ育ったスペイン・カタルーニャ地方の伝統的な祝い菓子。エッグチョコレートといってすぐに思い浮かぶのはキリスト教の復活祭に楽しまれる菓子ですが、カタルーニャで「MONA」(モナ)といえば、直訳の意味は猿で、もともとは子供が洗礼を受けるときのギフトだったそうです。それが時代を経て、卵→卵入りブリオッシュ→卵がフィギュア化されて〜クロカンブッシュのようなバターケーキのアントルメ→卵型チョコレートがのったアントルメになり、今日のチョコレートピエスに変化していきました。チョコレートの汎用性の高さ、人々を虜にする力を感じますね。

MONAは子供が10歳か12歳になるまで、名づけ親から一台贈られる風習があります。エンリック氏も子供の頃、菓子職人だった父親の作ったMONAで遊んだそうです。このような経験もあり、チョコレートに自らの創造性を掻き立てられていったエンリック氏は、卵をモチーフとしたチョコレートの造形をテーマとし、いくつもの作品を生み出すことになります。

エンリック氏に影響を与えたMONAは、どのように進化してきたのでしょうか。
バルセロナのいくつかの有名菓子店における1950年代からのMONAの画像を、それぞれの特徴的技法や表現方法の解説をしながら見せてくれたエンリック氏。その中で最も好きだとういうジネ氏の作品説明には熱が入ります。ある時冷蔵庫に入れっぱなしになった(出し忘れた)チョコレートに色を付けたらヴェルヴェットのようなテクスチャーになった疑問を解くため、1963年、バルセロナ大学とヴェルヴェット効果の共同研究をし、X型結晶が瞬時に固まってできたものであると突き止めたそうです。この時代、すでにショコラティエは調理科学と関わっていたのですね。
その後1980年代はアートの時代へ。独自の世界観を表現していくことになります。 日本人にはまだまだ馴染みの薄いカタルーニャのチョコレート文化について、これほど丁寧に説明されたのは初めて。エンリック氏のおかげで、スペインのチョコレートに対する見方が変わりました。


1993年に従兄弟のフランセスク・フォレヤット氏とともにご自身の名前を冠したEnric Rovira社を設立。会社の目的は故郷であるバルセロナの街のデザインをモチーフに、最高のクオリティでチョコレート製品を作ること。会社の門の扉には、今まで製作したおよそ300作品が、全て刻まれているそうです。

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HUEVOS FUNDIDOS POR EL SOL (MELTED)  太陽で溶けた卵

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OU FRUIT 1997 001 r - HUEVOS FRUTO  フルーツの卵

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HUEVO LIMADO  極限の卵

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TSUNAMI - HUEVOS TSUNAMI, MAS ALTOS DE LO NORMAL Y PINTADOS EN ESPIRAL  津波の卵。卵をより高くし、スパイラル状にピストレをすることで津波を表現。

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HUEVOS EN CONTRAMOLDE, SE MUESTRA LA PARTE INTERIOR DEL MOLDE  型を描写した卵。型の内側を覗く。


エンリック氏のMONA作品が次々とスクリーンに映し出されます。まるで美術館にでもいるかのように、作品に引き込まれ、ストーリーがびしびし伝わってくるではないですか。


エンリック氏は、チョコレートピエスのオーダーを受ける際、お客様との会談をとても大切にしているそう。お客様の趣向、人柄を十分に理解した上で作品を仕上げていきます。例えば結婚式でウエディングケーキのナイフ入刀のような共同作業を組み込んだ作品。白と黒のチョコレートピエスを二人で合わせるシーンを設定し、QRコードを参列者に配り、ピエス作成のプロセス動画を見てもらうなど、様々なアイデアを提供し、依頼者の描く楽しいひと時を演出するのがコンセプト。時間と空間、体感まで設計し表現するチョコレートのプロデューサーといったらいいのでしょうか。わずか10分の訪問で感銘を受けたというファブリス氏の言葉の意味が、するりと腑に落ちました。


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CORREDERES 008 - PASTEL DE BODAS DE LAMINAS CORREDERAS, AL DESPLAZARLAS LAS INICIALES DE LOS NOVIOS SE JUNTAN
スライド式のウェディングピエス。チョコレートを左右から中央にスライドさせると、新郎新婦の名前がイニシャルとなって重なり合う


3時間にわたるプレゼンテーションの後はチョコレートピエスのデモンストレーション。実際エンリック氏がどのようにピエス製作をされているのか、組み立ての一部を見せていただきました。

テクニックはシンプル。6mm厚さのプラスチックの枠にとかしたチョコレートを厚紙の上に流します。チョコレートが結晶化する前に型紙をあててペン型のケガキ針でカッティング。パレットでカット面を削った後、一晩かけて結晶化させてから組み立て入ります。接着をしたら、再び一晩おいて3日目にスプレーで仕上げます。


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カーブの形は内側に反るように型紙を使って固める。外側に反らせると気泡が入り壊れやすくなるためだ。

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パレットで継ぎ目をなめらかに整える。

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温めた天板部分にのせてとかす。


多様な技法を駆使して作るのでもなく、接着面をスプレーで急速に固めることもしません。使う道具も三角定規、パレット、ナイフ、針、刷毛くらい。継ぎ目をなめらかにするためには手先も使います。丁寧に、完璧に。1mmの誤差も生じないように確かな構想力が必要とされます。コンクールに登場するようなピエスとは、根本的に考え方が違うのです。

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デモンストレーションで仕上げた作品。エコール・ヴァローナ東京で開発したオリジナルセルクルを象ったデザインを手前に入れている。


「一番大事なのはデザイン。テーマ性を持たせたスタイル、着想、工程を考え、デザインをおこしている。」とエンリック氏。


エコール・ヴァローナ東京のエントランスを飾っていたチョコレートピエスは、エンリック氏が10周年記念をテーマに製作したもの。彼のテーマであるMONA〜卵型チョコレートを配し、4色のチョコレートを使い、ヴァローナのスタイルをうまく表しているなと思いました。

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エコール・ヴァローナ東京10周年記念のチョコレートピエス。


ファブリス氏からはこんなしめの言葉が。
「デモを見せたかったわけではなく、彼の力量、アイデアを築いた人の考えを紹介したかった。彼そのものからメッセージが伝わってくる作品が大好きだから。」

その通り、言葉はわからなくてもコミュニケーションしているかのようなエンリック氏のチョコレートワールド。またひとつ、扉が開いた日となりました。


つけたしになりますが、講習会後に行われたプレスカンファレンスでは、実際エンリック氏のお店で販売しているチョコレートについてもご紹介いただきました。これがまた心弾むコンセプチュアルな品ばかり。


ナポリ生まれのピッツァにインスパイアされた「PIZZA MARGHERITA」は、パッケージも円形に放射状の切込みを入れた中身のホワイトチョコレートもピッツァそのもの。オリーブオイル、バジル、トマト、塩入りの本格派です。文字の背後にあるナポリの街の写真もエンリック氏自身が撮影し、本格的な味わいを実現する為に、ナポリの有名ピザ職人の店に出向いて美味しさを再現したということです。

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PIZZA MARGHERITA


Tの形をしたパッケージは「TEA」。文字通りお茶をテーマにしたスナッキングチョコレートで、日本茶と米パフ、英国紅茶とオレンジピール、スモークロシアンティーとレモンピール、モロッコのミントティーと松の実、といった、世界のお茶とその国らしい食材を組み合わせ、ウィットに富んだ品ですね!

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「TEA」の中には世界の5種類のお茶をチョコレートと組み合わせた箱が。


見た目から語ってくるチョコレートたちに、エンリック氏の豊かな才能を改めて感じとったのでした。今日のデザイン、太陽で融けた形、宇宙球体のようなチョコレートなど、彼が生み出して広まったという話もこれで納得。バルセロナのお店、いつか訪ねてみたいですね。


ヴァローナ
 http://www.valrhona.co.jp/



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