取材・文 佐々木 千恵美  


今、フランスでは、お店で買ったらすぐに出して食べられるお菓子がもてはやされている。菓子店だけでない。ビュッフェでも、アントルメではなく、フィンガーフード(スイーツ)が先になくなっていくそうだ。ナイフ、フォーク、お皿もいらない、切り分けなくていいフィンガーフードは、もとはアメリカやドイツなどゲルマン系にみられたスタイルだが、パリでシューやエクレア専門店が増殖するなど、その波はフランスにもやってきた。


「Sur le pouce シュー・ル・プス」
Sur le pouceのイメージ

指で楽しむ。スナッキング。手で持って食べられる。時間のないときパパッと食べること。
フランス流に、おしゃれに、エレガントなお菓子に。これが今回のヴァローナの特別来日講習会のテーマだ。

会場はドーバー洋酒貿易株式会社。講師はエコール・ヴァローナフランス本校のエグゼクティブ・シェフを務めるレミ・モンターニュ氏。

レミ・モンターニュ氏 (Remi Montagne)
パン職人、製菓職人の家庭に生まれ育ち、幼少期から製菓に対する情熱を抱く。ブーランジェリー、パティスリー、ショコラトリーで研鑽を積み、頭角を現す。2008年、世界的に有名な職業訓練校、フランス国立高等専門学校(ENSP)に迎えられる。ブルーノ・モンクディオル(MOF)、フィリップ・リゴロ(MOF)、ジャン・フランソワ―・アルノー(MOF)、セバスチャン・セルヴォ、ヴァンサン・ゲルレといったグラン・シェフと並び、教鞭をとる。多くの職人と親交を深め、ノウハウを分かち合い、伝達する喜びを経験し、2011年エコール・ヴァローナフランス本校に籍を移す。2017年よりエグゼクティブ・シェフに就任。エコール・ヴァローナ本校の統括責任者として、本校の運営、製菓創造でチームを統率すると共に、世界各地で技術とノウハウの伝播に力を注ぐ。
(エコール・ヴァローナ東京より引用)

「10周年の年に、日本に招いてくれてうれしい。ぜひみんなと味わいたい。」とレミ氏が考案したデモ&試食はなんと14アイテム。ドリンクも用意して、楽しみ方までお客さまに提案しようというユニークでアイデアに富んだ内容となった。


10周年? そう、今年はエコール・ヴァローナが東京に創設されてから10年目の記念すべき年なのだ。そんなこともあり、4月に新発売となった「オレリス」や、「ドロップショコラ」シリーズ、ドゥーブル・フェルマンタシオン(二重発酵)「イタクジャ」の使用ヒントやノウハウを盛り込んだという今回の講習会。案内を受け取ったときから興味津々であった。

そして14品のメニュー構成のうちヴィエノワズリーが5品も入ると聞き驚いた。パティスリーでは定番といえば定番なのだけれど、チョコレートを使ったヴィエノワズリーで頭に浮かぶのは、せいぜいパン・オ・ショコラぐらいだろう。しかも、発酵生地を扱うことはパティシエにとっても訓練がいることだし時間もかかる。そこで、効率よく無駄なく、しかもパティスリーらしくおしゃれにヴィエノワズリーを仕込むやり方を伝授していただいた。そしてフィユタージュやタルトレットなど、基本の生地を使った定番のフィンガースイーツ版やヴェリーヌ、さらにショコラ・ショー(ドリンク)のペアリング提案までみっちり!


さて、どんな講習が繰り広げられたのか? デモと作品を紹介していこう。

まずはヴィエノワズリーから。
1品目は「ROULADE ZEBRÉE ルーラド・ゼブレ」。
バウムクーヘン好きの日本人のためにとレミシェフ。元はインドネシアのお菓子「クエラピス」(Chocolate layer cake)から発想を得たというこちらは、オレンジとショコラ、2色のブリオッシュ生地を重ねてバウムクーヘン状に巻き焼いたもの。

ココアパウダーを練り込んだブリオッシュなら珍しくもないけれど、こちらはショコラそのものを牛乳に乳化させて生地を作るちょっとリッチでテクニカルなブリオッシュ。パン屋は両手で丸めるけれど、菓子屋はフィユタージュのように4つ折りして麺棒で延ばすことで、丸めたりする必要なく、パサつきのない発酵菓子ができあがるという。菓子屋のやり方から産み出された、見た目にも美しい渦巻きにただただ感動だ。

ルーラド・ゼブレの美しく艶やかな2色渦巻きは卵液を塗らずに焼き、仕上げにナパージュ・アブソリュ・オランジュとパール・ショコラで仕上げる。

2品目「COURONNE PÊLE-MÊLE クーロンヌ・ペール・メール」は、1品目の生地の応用編。新商品のドロップ・ショコラ・ブラック(チョコチップ)を15%混ぜこんで、クーロンヌ(王冠)形にしたブリオッシュ。ヴァローナ本社のあるタンエルミタージュ近辺の伝統菓子ポーニュにヒントを得たというレミシェフ。「フランスの日曜の朝ごはんはブリオッシュ。だから、真ん中の穴部分にジャムをセットして売っている友人もいる。」そうだ。

そんなわけで、試食はモーニングセット。2種類のブリオッシュとショコラ・ショー・イタクジャ。カカオを発酵させる過程でフレッシュフルーツのジュースを加え、カカオ自体のアロマのポテンシャルを引き出すヴァローナが開発したドゥーブル・フェルマンタシオン(二重発酵)によって作られたイタクジャ。発酵に使われたパッションフルーツ果汁のアロマが、ココナツミルク、アーモンドミルク、レモングラスなどの材料と合わさり、ココナツの甘さにトロピカルなパッションフルーツの酸味が際立ち余韻が爽やかなショコラ・ショーが出来上がった。

クーロンヌ・ペール・メールは、オレンジとチョコレート2種類のブリオッシュ生地を、異なる2つのサイズのセルクルを重ねてリング状につなげ焼き、表面にクレモンティーヌ・コンフィとデコール・ショコラを飾る。

試食用のモーニングセット。ショコラ・ショーのレシピは味覚の調合師である友人とレミシェフの共作だそう。


3品目は「TROPÉCLAIR NÉROLIE トロペクレール・ネロリ」。
ブリオッシュに、ミルク感の強いホワイトチョコレート・オパリスで仕込んだガナッシュ・モンテとコンフィ・フレーズ(いちごのジャム状)をサンド。細長い形は四つ折り、麺棒で延ばす作業の後、冷凍してから長方形にカットし発酵、シュトルーゼル・アマンドをのせて焼いたブリオッシュは、手でつまんで食べるエクレールの形をイメージしたもの。オレンジ花水のシロップに浸してトロペジェンヌのイメージと掛け合わせ、トロペクレールと名付けたとのこと。
生地の成形にギッターカッターも使えるという発想が、ブーランジェからスタートし、パティシエ、ショコラティエと幅広い経歴を持つレミシェフならではのレシピ。

しっとり脆いブリオッシュに、オパリスのコクとミルク感、甘酸っぱいイチゴと柑橘のハーモニーがエレガント。


4品目は「CUBE キューブ」。
文字通り四角い形をしたブリオッシュ。一緒に焼きこんだヌガティーヌがブリオッシュにキャラメリゼされカリカリ。焼き上げてから絞りいれたガルニチュール・プラリネでナッティー&クリーミー感をプラス。ヌガティーヌは、通常よりバターの配合を多くすることにより湿気にくくなるそうだ。ロボクープでパウダー状にしてから型に敷き、別にローストしたナッツをのせれば、応用がきくというやり方を披露してくれた。これならナッツの種類も変えて、合理的にヴァリエーションもつけられそうだ。

蓋をして角食のように焼くのでむちっとした食感のブリオッシュに。お供はショコラ・ショー・キャラメリア。この時は冷たいショコラ・フロワで供されたせいか、ブレンドしてあるコーヒーの味も良く出て懐かしいコーヒー牛乳のよう。


5品目は「COQUILLAGE GUANAJA コキヤージュ・グアナラ」
クロワッサン生地を使ったいわゆるパン・オ・ショコラを、形に変化をつけ小型にし、さらに進化させたのがこちら。フィリングにしたガナッシュ・グアナラは、アプソリュ・クリスタルを配合することで、そのままでもソフト、温め直せばフォンダンショコラのようなテクスチャーになるという。

「グアナラ誕生30周年を迎えた昨年、1週間で30のグアナラレシピを考えました。とてもハードで濃厚な1週間でしたよ。これはその中のひとつです。」

こう語りながらレミシェフは、生地を竹串に刺したり編み込んだりと、次々と形のヴァリエーションを披露。串刺しはショコラ・ショーと一緒に出しても面白い。試食はアールグレイで風味付けたマンジャリのショコラ・ショーと共に。口の中に爽やかな香りが広がった。

捏ねないでエレガントなパン・オ・ショコラを目指した。フィリングは焼成後に出来た隙間に絞り、フレッシュ感を演出。


こうしたヴィエノワズリーを見て感じるのは、見て美しく、食べる行動も楽しく、美味しいというお菓子の視点から組み立てられていること。しかもプロセスは複雑に見えて合理的。冷蔵ケースの居場所をとらないヴィエノワズリーは、やり方次第でもっともっと魅力的なアイテムとなるのでは?


続いては手でつまめるガトー4種のデモ。

6品目は「1,000 FEUILLES 1,000フュイユ」。

「パティスリーらしいお菓子の代表といえばミルフュイユでしょう。」

レミシェフの紹介する品は、誰もが知るクラシックなお菓子をベースにしたものがほとんど。安心して食べられるものに、今流の食べやすさをプラスしたスタイル。このお菓子で言うと、パイの層をきれいに見えるようにする、手で持っても崩れにくくする、サクサクホロホロで食べやすいことを考慮し、フィユタージュはアンベルセではなくクラシックで仕込む。そして手で持って食べるための工夫はチューブを使ってクリームを絞るための溝を作ること。オパリスを使ったトンカ&ヴァニラ風味のクリームと、ドゥルセ使用のキャラメルクリームをのせたユニークな半円瓦型の1,000 FEUILLESは、ザクザク感とキャラメル風味の甘さが懐かしい、古くて新しい味覚の発見であった。


表面のキャラメリゼは湿気やすいのでかえってしない方がよい。砂糖は水分を抱きやすいのだからとレミシェフ。


7品目は「PERLE ILLANKA パール・イランカ」
全てのチョコレートの中でレミシェフが一番好きだというイランカ。南米ペルーの希少なホワイトカカオだけを使い、ブラックベリーやブルーベリーを思わせるフルーティーな酸味と、ローストしたピーナッツのようなアロマと力強いカカオ感、クリーミーな口どけを特徴とするイランカ。ムースで真珠に見立てたお菓子からは、カカオに対する愛おしさが伝わってくる。香りをよりエレガントにしているのは、ルイボスティーとレーズンだ。


パール・イランカには、冷蔵庫から出したてが美味しく、卵不使用でショコラの味をダイレクトに感じるムース・アレジェという手法をとった。


8品目と9品目は、ともにフォンサージュしないタルトの提案。

「TARTELETTE VULCÃO タルトレット・ボルケーノ」は、火山のタルトレットというネーミングが示す通り、ルリジューズのデコレーションのために作られたというシェルタン口金を使って、ガナッシュ・モンテ・マカエを絞り火口を表現。P125で作ったビスキュイ・モワルーのパンチのあるカカオ感と、パイナップル、ライムのトッピングが爽やかなコントラストを描く。

「TUBE BAHIBE チューブ・バイベ」は、タルト生地であるパート・サブレ・アマンドの成型がユニーク。ドーム型シリコンを逆さにし、その上に長方形にカットした生地をのせて焼くのだ。ちょっとした窪みができ、そこにフィリングを詰めて仕上げる。まるで遊びの中から思いついたような道具使いに目から鱗が落ちる。ハイカカオミルクチョコレートと呼ばれるカカオ46%のバイベ・ラクテとココナツミルクで仕込んだガナッシュ・モンテ・バイベにフランボワーズの酸味と種の粒々感で大人っぽいスイーツに仕上がっている。


タルトレット・ボルケーノ。パート・サブレ・アマンドの上に焼きこんだビスキュイ・モワルー・P125は、アントルメ・グラッセに使っても固くならず切りやすい、やわらかい生地。

チューブ・バイベに使われたバイベ・ラクテはドミニカ産カカオが21%、砂糖30%。ミルクチョコレートとしては、一般のビターチョコレートに比べても砂糖使用比率が低く、ビター派からもミルク派からも好まれる。


最後の4種はヴェリーヌ。

4種類のチョコレートでベースを作っておき、トッピングをカスタマイズできるものがあっても面白いのではとレミシェフの提案だ。

「POT CHOCO OPALYS ポ・ショコ・オパリス」には、泡立てないクリーム〜コム・アン・プティ・ポ・ドゥ・クレーム+フランボワーズとアーモンドのサブレ。

「POT CHOCO ORELYS ポ・ショコ・オレリス」には、ムース・アングレーズ・オレリス+アプリコットとノワゼットのビスキュイ・モワルー。

「POT CHOCO ILLANKA ポ・ショコ・イランカ」には、冷蔵庫から出したてが美味しいムース・アレジェ・イランカ+ライムのジュレとレモン&オリーブオイルを使ったソフトなビスキュイ・シトロン。

「POT CHOCO CARAMÉLIA ポ・ショコ・キャラメリア」には、凝固剤を使わないニュー・ムース・シャンティ・キャラメリア+洋梨のクーリとシュトローゼル・エクラ・ドール・アマンド。


こんな取り合わせだが、チョコレートのベース作りはすべて手法が違う。引き出したいチョコレートのアロマ、表現したいテクスチャーによってゼラチンやペクチンなど凝固剤を変えたり、使わなかったりという具合に。

ここでブロンドチョコレートの第二弾「オレリス」について、特徴や使い方を紹介していただいた。
ドゥルセがホワイトチョコレートに熱を加えてメイラード反応を起こさせブロンド色とキャラメルのような風味を作り上げているのに対して、オレリスは使う砂糖のことを深く考えこだわった。つまり色の濃い、精製されていないブラウンシュガーのなかでも、モーリシャス島産のマスコバド糖のみで甘みと色を付けたブロンドチョコレートなのだ。同じ黒砂糖でも、産地や作り手によって味わいが違う。つまりカカオに練り込む砂糖によって、チョコレートが放つ香りも大きく左右されるのだ。レグリス(甘草)のようなコクのあるスパイシーな香り、最後に塩味も感じる(塩は入ってないが)個性的な深い味わい。ヴァローナがこの繊細でエレガントな味わいの砂糖にめぐり合うまでの道のりはとても長かった。そんなお宝に敬意を表し、フランス語で「金」を表す「オール」と「甘草」を表す「レグリス」から「オレリス」と名付けたという。

新発売のブロンドチョコレート「オレリス」

相性の良い素材は、例えばバナナ、パイナップルなど南国系の甘酸っぱいフルーツ、アプリコット、洋梨など黄色いフルーツとは抜群。ただしレモンなど酸っぱすぎる果汁とは喧嘩してしまう。それから同じサトウキビから作られるラム酒もおすすめだそう。

最後に、オレリスを使ったショコラ・ショーをいただいた。牛乳、バニラビーンズ、トンカ豆、オレンジ果皮、ラム酒で調合したショコラ・ショー・オレリスは、子供の頃飲んだミルクセーキのような懐かしさと、後味の乳酸飲料っぽさが癖になるおいしさ。シングルオリジンもいいが、こういうのを飲むとブレンドの妙なる世界にもっと浸りたくなる。


一日がかりの濃密な講習会はこれで終了。
トレンドを取り入れたテーマとヴァローナの味わいを活かす使い方、時間と材料を有効に、無駄なく使う仕事の仕方などもあわせ、エコール・ヴァローナ創立10周年にふさわしい、濃密でエキサイティングな一日となった。

デモ終了後に彩られた今回の作品たち。手のモデルは某DIY店でみつけたそう。

驚いたことに、ヴァローナが講習会にテーマを設けるのは日本だけだという。それだけ日本のマーケットが特殊で、お客様のニーズにどうこたえるかのハードルが高いのだそう。ただ単に有名シェフがレシピを伝授するだけでは満足されず、美味しいだけでは売れるとは限らない。ストーリーを盛り込むことで、魅力的なお菓子になる。だからテーマそのままのお店を作っても大歓迎だとファブリス・ダビィドゥ エグゼクティブ・シェフ。

講習会スタッフと記念撮影。チョコレートが面白いのは食べて美味しく、可能性は無限大だからと語る。

そんなコンセプトの提案をしてきたヴァローナが、今年からスローガンを一新。‘AUX SOURCES DU GRAND CHOCOLAT’(チョコレートの本質)から、‘IMAGINONS LE MEILLEUR DU CHOCOLAT’(みなさんと最高のチョコレート作りを考え楽しもう)へ。

これからはストーリー性のあるものづくりが面白い。分かち合うことが楽しい!「Sur le pouce 」のテーマと内容は、そのことを存分に伝えてくれた。



VALRHONA
 http://www.valrhona.co.jp/



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