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取材・文 佐々木 千恵美  


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フランス南部、タン・レルミタージュに本拠を置くショコラの専門学校エコール・ヴァローナが東京に進出したのが2007年。現在世界で4校あるうち、フランスの次に設立された東京校は、アジアにおける情報・技術の発信拠点となり、2017年で10周年を迎えました。

「何周年とか節目の記念行事には、VIPを招いてのパーティーをやったりするのが一般的ですが、私たちの考えは違いました。学びたい人、ショコラの仕事をしている人のいるところに行って感謝したい、会いに行きたいと思ったのです。そこで北は北海道から南の福岡まで、この一年で全国7都市のキャラバンを行いしました。その最終地が今回の東京です。」

この日の講師であり、エコール・ヴァローナ東京を創設したファブリス・ダヴィドゥ氏はこんな風に語ってくれました。


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講師:Fabrice DAVID(ファブリス・ダヴィドゥ)氏
エグゼクティブ・シェフ・ヴァローナ
ルレ・デセールの名店「ヤニック・ラブ」でシェフ・パティシエとして頭角を現す。1999年、来日。
2001年にフレデリック・ボウ氏に導かれヴァローナへ。2007年、エコール・ヴァローナ東京を創設。
ディレクターとして、日本はもとより、アジア、ヨーロッパから迎える年間1,500名以上のプロにテクニカル・サポートを行い、技術の伝播に努める。


「北海道、金沢、静岡、広島、大阪、福岡と、大体1か所80人位が集まりました。会場には製菓学校をお借りしたので、午前中は製菓学校の生徒約100人、午後はシェフ達プロフェッショナルに向け開催したのですが、若い生徒たちからは、いろんな角度から質問が出て、自分たちにも多大な刺激となりました。」
終了後のプレスカンファレンスでこのようなストーリーを聞き、全てが腑に落ちました。

そもそもフランスにエコール・ヴァローナが創立されたのは、1986年にハイカカオの「グアナラ」が発売されたことに始まります。従来品に比べカカオ分が多く砂糖が少ないため、ショコラティエたちは困惑。それまでのレシピの見直しが迫られたのです。そこでフレデリック・ボウ氏がショコラの専門学校エコール・ヴァローナを設立、チョコレートのレシピ「エッセンシャル」を出版し、現在も使い方の研究、提案をし続けています。

ただチョコレートを作って提供するだけではよいものはできない、広がらない。一方通行ではなく双方ダイレクトなやりとりを大事にする趣旨は、10年経ったエコール・ヴァローナ東京にもしっかり引き継がれているのです。

東京での会場は設立当時と同じ、千鳥ヶ淵にほど近いヴァローナジャポン株式会社と同じビル内にあるエコール・ヴァローナ東京。講師、スタッフと距離も近く、密な空気感の中でデモンストレーションが始まりました。


今回作るのは5品。アントルメ1品、プティ・ガトー2品、タルトレット2品を、ヴァローナの新商品を中心にしたレシピ構成です。

それでは順に見ていきましょう。

ひと品目は「ENTREMETS DULCEY アントルメ・ドゥルセ」。

「何よりまず掃除!というフレデリック・ボウ氏が、ホイロに放置されていたホワイトチョコレートを発見、味見したことからヒントを得て生まれたドゥルセ。ドゥルセの特徴は、乳成分に含まれるホエイの加熱によって生じる塩味と、添加したバターによるまろやかさ。黄色いフルーツやコーヒーとの相性は抜群です。」


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第四のチョコレートとして数年前に登場したブロンドチョコレートのドゥルセ。


そんなドゥルセに合わせたのはバナナとパッションフルーツ。マスコバド糖やカソナードなど、コクのある黒っぽいお砂糖です。ビスキュイ・ノワゼットのベースに、コンポートバナーヌ・パッション、シャンティ・バナーヌ、全体にムース・アレジェ・ドゥルセを重ね、グラッサージュ・ドゥルセでコーティングしたもの。シュトルーゼル・クルスティアン・マスコバドの食感がサクサクと軽快。

セルクルに、シリコマート社のシリコンをカットして内側に巻き付ければサイズ違いのセルクルを買い揃えなくても済むとか、ビスキュイを天板ではなくグリエを使って焼けば熱伝導もいいし食洗器も使えるなど、ファブリス氏らしいアイデアが溢れていました。

ここでのチョコレート使い最大のポイントはやはり温度。ホイップした生クリームと乳化したチョコレートを混ぜてムース・アレジェ・ドゥルセを仕込む際、適温を守らないと失敗するということ。生クリームが融けてしまう温度は31℃。カカオバターが固まる温度は26℃。だからどちらのボウルにどちらを入れ混ぜるかもカギ。もし30〜35℃に調整したチョコレートのアパレイユに冷たいホイップクリームを入れたらクリームの気泡は溶け出し、仕上がりの量は少なくなり、テクスチャーも違うものになってしまいます。このレシピでは、クリームにチョコレートの一部を入れ混ぜてから全体を加えるのが正解。「合わせ混ぜる」作業ひとつとっても、それぞれの素材の特性を多面的に考えないとうまくいかない。レシピの行間を読む力が必要なのです。


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「アントルメ・ドゥルセ」。 繊細なデコールはコンパスを改造した道具で製作。ドゥルセのノーブルな艶感が美しい。


2品目は「CHOUX ORELYS シュー・オレリス」。2017年に発売されたブロンドチョコレートの第二弾、オレリスを使った作品です。ドゥルセが加熱して生じるブロンド色なのに対し、オレリスの色は原料の砂糖由来。カカオバター、乳に、モーリシャス産のマスコバド糖とカソナードを混ぜた、レグリズ(甘草)の香りとスパイシーさが特徴のホワイトチョコレートがベースのブロンドチョコレート。相性がいいのは、マンダリン、バナナやレモンゼストなど軽やかな酸味のあるフルーツやコーヒーなどです。

「日本はシュー大国。でもシュー生地を作るのは力仕事で朝から挫けそうでしょう。そこで今回は効率的なシュー生地の作り方を紹介します。それにこのやり方なら誰がやっても同じにできます。」

ファブリス氏のいうやり方とは、鍋で沸騰させた水、牛乳、塩、砂糖、バターを、予め小麦粉を入れたミキサーボウルに注ぎ入れ回し、湯気が見えなくなったら温かいうちに卵液を少しずつ加え混ぜるというもの。粘性のある生地を火にかけた鍋をたえずかき回す必要がなく、卵の量も一定にできるので合理的。これは目から鱗です。大量に生地を仕込むところはすでにされているとか。

加熱して造形できるシュー生地は、今フランスでも見直されているという。ファブリス氏の作品は、フィユタージュでシューを包んで、トップにクラックランを絞り焼きあげ、中にガナッシュ・モンテ・オレリスとコンポートバナーヌ・パッションを絞り詰めたもの。日本のパイシューにインスパイアされたと見え親しみがわきます。パッションフルーツとラム酒、バナナの風味にオレリスのスパイシーさ、パイのサクサク。包まれたシューからいくつものニュアンスが飛び出して楽しい。やっぱりシューは飽きませんね。


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「シュー・オレリス」。型に入れて焼くことで動きのある球体に。木を薄くした折り紙にのせて、木目とデザインが面白くマッチ。


3品目は「TARTELETTES ORELYS CAFE MANDARINE タルトレット・オレリス・カフェ・マンダリン」。
同じくオレリスを使った作品です。

ヴァローナでタルトといえば千代田金属と共同開発した穴あきタルトリング。卵が入っているタルト生地は加熱で固まるけれど、ステンレスのリングは熱伝導が悪く、卵が固まる前にバターが先に溶けて倒れてしまう。それを防ぐために紙とタルトストーンを敷くけれど火通りは悪くなる。それを解決したのが穴あきタルトリングなのです。
 でも今回はあえて別の方法をとりました。これがまた転がるような面白さ。DIYショップで売っている波形チューブで延ばした生地に凸凹をつけ、セルクルで抜き、ドーム型穴あきシルパンを逆さにしてフォンサージュ。焼きあがるとシェルのようにころんとした形になるのです。道具使いのマジック、今回も参りました。

合わせる素材はマンダリンオレンジ、マスコバド糖、カソナード、エスプレッソコーヒー等。翌日でもタルトがふにゃっとならない秘密は、フィリングのジュレ・オ・カフェ・オレリスに粉末寒天を使っているから。凝固が早いのでカカオバターがしっかり固まり、水分移動が少ないのだそう。
口どけが良いのにムースのような食感。マンダリンマーマレードが爽やかで、タルトのサクサク感はもちろんコーヒーの苦味とのコントラストが好感です。


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ジュレの上はムース・アレジェ・オレリス。グラッサージュ・オレリスをかけ、周囲にマンダリンマーマレード、パールクラッッカンを散らす。

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「TARTELETTES ORELYS CAFE MANDARINE タルトレット・オレリス・カフェ・マンダリン」。


4品目は「STRATE ITAKUJA ストラット・イタクジャ」。

まずは主役のチョコレートであるイタクジャを試食。

「私たちはイタクジャを'チョコレート界のシャンパーニュ'と言っています。」とファブリス氏。何故なら、カカオ豆を発酵させる工程に二次発酵を取っているから。カカオ豆を覆うパルプで通常の発酵を取った後、パッションフルーツ果汁の糖分で再び発酵させるわけですが、目的は決してパッションフルーツの香りをつけたいからではなく、奥深い発酵の風味を生むこと。それにはいつものローストではダメで、一から見直したそう。
「カカオ豆もフルーツも農家の収益になる、ただの高価なチョコレートではなく、コミュニケーションツールとして使ってほしい。」

だから、あれこれマリアージュさせるよりはイタクジャのストーリーを味わってほしい。それがストラット・イタクジャなのです。

カカオマスの比率が高い「P125」をタルトとクレーム・ダマンドに使い焼きこんだ上に、ガナッシュ・モンテ・イタクジャを絞ったシンプルな構成ながら、濃厚な生地の味わいの中に、フルーティーな酸味、山椒のようなスパイシーさも感じる、フルーツもスパイスも入らないのに不思議。イタクジャの物語と魅力そのものを堪能できる一品でした。

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「ストラット・イタクジャ」。立体的なデコールがブラジルの太陽を思わせるデザイン。


5品目は「10ANS ECOLE 10ansエコール」。10周年のエコールという、文字通りのアニヴァーサリーケーキで締めくくり。

エコール・ヴァローナ設立のきっかけとなったハイカカオのチョコレート、グアナラを主役にし、全てのパーツにショコラを組み入れたガトーは、ベースに小麦粉を使わないビスキュイP125、食感としてのシュトローゼル・P125、クレムー・グアナラ、ムース・グアナラと重ね、グラッサージュをかけたらトップに大胆な金箔のロゴをあしらい完成。リッチな口どけと深いカカオの味わいにシュトローゼルに含まれるフルール・ド・セルがピンポイントに。見た目も中身も味も、フランスで31年、東京で10年と歩んできた風格が感じられるデモの最後を飾るにふさわしい一品でした。


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「10ansエコール」。レーザーカットの金箔は一枚200円。まさしく、のせるだけで箔が付きます!


ここでのポイントをあげるとすればアングレーズ・ベースのクレムーとムース作り。加熱の温度と時間を見極めないと卵の水分が自由水のまま残り、冷凍→解凍したとき離水の原因に。口当たりも悪く劣化へとつながってしまいます。


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アングレーズ・ベースのムース・グアナラは、流動性のある状態で流す。

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デモンストレーションで仕上げたアントルメの「10ansエコール」。


また、角のあるケーキにグラサージュする際、ピストレを使うと余分に流れ落ちる分も少なくきれいにかけられると、道具と方法を紹介してくれました。


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フランスのピストレ。これにグラッサージュを熱々状態で入れピストレすれば角のある形にもムラなく無駄なくコーティングできる。


チョコレートの使い方だけではなく、効率の良い仕事のやり方、トレンド、最新のテクニック、無駄を出さない道具の工夫など、多岐に渡ったプレゼンテーションに、ヴァローナのフィロソフィが受け取れた今回の講習会。


今、フランスではレストラン出身のパティシエが多く活躍しているそうです。それはシンプルな素材、いいものを使っているのがわかる時代になってきているということ。それだけにストーリー性はとても重要。10年の節目はこれでフィニッシュではない、これからも伝えていきたい。チームとしてここに集まったシェフ達と分かち合いたいとしめくくりました。


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10年前にはチョコレートの専門学校は日本にはなかった。足を運んでくれたみなさんに感謝。プログラムも増え、今後も前進するためのお手伝いをすることをうれしく光栄に思うと、ファブリス氏。


コミュニケーション時代の今、エコール・ヴァローナ東京の活動がさらに前進し広がることを願いたい。感謝の気持ちを胸に会場を後にしました。




ヴァローナ
 http://www.valrhona.co.jp/



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