取材・文 佐々木 千恵美  


ヴァローナの講習会に、フレデリック・ボウ氏が帰ってきました。7月4日、ドーバー洋酒貿易株式会社 講習会場にて、職人の発展に寄与したいという熱い想いと、6月に発表された奇想天外な新商品を紹介するために、実に6年ぶりの来日です。
ボウ氏の講習会は6〜7月の4日間にわたり、約500名のプロフェッショナルのお客様に向けて開催されました。


講師:Frédéric BAU (フレデリック・ボウ)氏
1979年にパティスリー界への扉を開き、1986年パリ・フォションへ。ピエール・エルメにデコレーション部門を任される。1988年にテクニカルサポート・サービスの設立のため、ヴァローナに招かれ、「エコール・デュ・グラン・ショコラ」を創設。以降、20年間にわたり、ディレクターとしてヴァローナ文化の創造、レシピ開発に貢献。『Au Coeur des Saveurs(1997)』,『Caprices de Chocolat(1998)』,『Fusion Chocola(2006)』を出版。2007年には新しい試みとして、ショコラへの科学的アプローチをテーマにした研究プログラム「テクノ・タクティル」新設。現在は、ヴァローナ クリエイティブ・ディレクターとして活躍。2016年『ENVIES CHOCOLAT- 崇高なショコラを求めて-』を刊行。


「懐かしい人も見えるけれど、若い初めての人もいる。未来のシェフもいますね。」
会場を埋め尽くした150人にむけて言葉をかけると、ボウ氏のセミナーは初めてと挙手する人が半数以上。よく見ると若手受講者の多いこと!

そこでまずはご自身の経歴から語り出しました。

「6年ぶりの日本です。53歳になりました。」

「エコール・ヴァローナは来年創設30周年を迎えます。エコール・ヴァローナ開校以来、プロ向けのテクニカルサービスに従事し、また皆さまがご存知のブロンドチョコレート、ドゥルセの製品開発など、ヴァローナの製品開発にも多く携わってきました。日本でも毎年のようにデモンストレーションを行い、2007年にはファブリスダビドゥと共にエコール・ヴァローナ東京校を開校するなど、日本の想い出がたくさんあります。
7年前にレストラン経営をはじめ、その間はエコールと個人活動を半分ずつ、そして、5年前にエコールから独立したことで、今はヴァローナのクリエイティブ・ディレクターとして、ヴァローナブランドの構築を主とする活動をしております。
その間講習会等は一切していなかったのですが、ヴァローナの特別な新製品を発表する為に、今回6年振りのデモンストレーションを、ここ日本でさせていただきます。」

これまでパティシエとして11の店で修業したボウ氏。そのあいだに、2名のシェフから感銘を受け、その一人がフォション時代のピエール・エルメ氏でした(1985年頃)。

「彼らにはパティシエとは何かを教えてもらいました。ひとつは‘美味しい味を作る’。もうひとつは、‘感動を作る’こと。」

特に後者は、エルメ氏に「美味しいけれど感動がない」と言われたとき、まだ若かったボウ氏は、意味がよくわからなかったそうです。
その後フォションからヴァローナへ移り、経験を積んでいくうちにそれがどれほど大事なことか、唱える立場になりました。

「このセミナーは、レシピをもとに作っていくものではありません。みなさんプロだからレシピはいくらでもお持ちでしょう。お菓子作りにおいて、どこからインスピレーションを得るかが重要です。私は新たなお菓子の作り方をみなさんと共有したいと思っています。」

ボウ氏はSNSの例をあげました。

「インスタグラムは世界の動きがわかる。傾向観察するには面白い。でも真似したくなる危険がある。例えばYann Brysは渦巻き、Cedric Grolletはフルーツを本物に見せたお菓子で話題となりましたが(検索してみてください)、みんなが彼らの真似をしているのは面白くない。アルティザンArtisantにはArtが入っている。他と差別化をどうやってしていくのか、それをみなさんにお伝えしたい。どのように発想していったらいいかを見せたい。」

「もしモンブランやショートケーキがこの先20年、30年で違うものになっていたら、今ここにいるみなさんが新しいことを試みたことになります。お客さんは甘い物が欲しいからお店に来るのではなくて、エクスペリアンスが欲しいから、感動が欲しいから来るのです。だけど複雑なことをする必要はありません。例えばエルメ氏のタルトヴァニーユ。シンプルだけどその奥に様々なテクスチャー、香りが隠れている。そこに感動があります。」


職人を意味するアルティザン ArtisantにはArtが入っているのだから自分らしさが大事。


さらに日本人の気質についても一言。

「日本人は大人しい。出る釘は打たれるという有名なことわざがあります。ちょっとでも個性がないとお店をたたまなければならないフランスとは逆です。それからフランス人シェフに対して温かく迎えてくれるのはうれしいが、もっと日本人の才能を応援すべきです。他と違うことに挑戦をし、個々のスタイルを確立すべきです。プレスの方にもお願いです。日本人の技術はトップレベルだがスタイルの確立が弱い、どうかその才能を育ててほしい。個性を見守ってもらいたい。」


13時から始まって、最初のデモに入ったのは何時だったでしょうか? 日本に対するボウ氏の熱意が、ひしひしと伝わってくるのでした。

この日は午後スタートで7品の紹介。メインで使用するのは6月に発表された新製品、インスピレーション(フルーツ・クーベルチュール)シリーズです。


インスピレーション(フルーツ・クーベルチュール)シリーズは、フレーズ(ストロベリー)、パッション(パッションフルーツ)、アマンド(アーモンド)の3種類。テンパリングはホワイトチョコレートとほぼ同じ。氷菓菓子、エクレア、ボンボン・ショコラ、サブレ菓子、アントルメに。


ヴァローナのクーベルチュールの口どけや作業性はそのままに、フルーツのフレッシュで力強い味わいと鮮やかな色合いを持ち合わせた、保存料、着色料、香料オールフリーの製品。何といっても乳を使っていないので、とれたてのフルーツをダイレクトに感じることができるのが特徴です。

開発ストーリーをうかがいました。
「いつも毎回カカオのことばかり。カカオを使わないチョコレートは出来ないのか?」と技術者からの一言が開発のヒントになったとか。
 種子であるアーモンドは油脂分を多く含むが、この点がカカオに似ていることから、アーモンドとカカオバターを合わせてみたら面白いものが出来ました。次にフルーツに置き換えてみようと試行錯誤を重ね、5年もの歳月かけて開発に成功したそうです。

なぜそんなに長い時間がかかったのでしょうか?
従来、カカオバターの油脂分とフルーツの水分は相性が悪く、保存期間や季節性の制限を受ける点が大きなハードルでした。フルーツをフリーズドライにすることで水分の問題は解決と思いきや、フルーツに含まれるペクチンの粘りが邪魔をして高価な機械が壊れたことも。こうして誕生したのがインスピレーション・フレーズ、パッション、アマンドの3種類。2017年のSirha(シラ国際外食産業見本市)でイノベーション賞を受賞。エルメ氏、カッセル氏、ブイエ氏はすでに使っているそうです。


インスピレーション(フルーツ・クーベルチュール)シリーズを使用したガトーのイメージ。


新製品の名前とストーリー、芸術からヒントを得た作品をかけたのが今回のテーマ「L'art source d'Inspiration 〜 芸術、インスピレーションの湧泉」

カカオから離れてみたら生まれた新製品があるのだから、お菓子業界から一度離れて物事を見てみよう。そうすれば面白い物ができるかもしれない。

そんな意図を盛り込んだデモ作品は、奇想天外、大胆不敵。実に見応えがありました。


講習会のテキスト


1品目はオキーフ O'KEEF
花や動物のモチーフを大きく画面いっぱいに描いた独特のタッチと色彩で描いた、20世紀のアメリカを代表する女性画家の名前からとったオキーフ。

絵画のキャンバスをモチーフにしたオリジナルの型を使い、オキーフ絵画のニュアンスがでるようなデコレーションに仕上げたアントルメとプティガトー。
インスピレーション・フレーズを使ったクレムー・ハイビスカス風味とアーモンドと全粒粉でしっとり香ばしく焼いたビスキュイ・パスカルを二重に重ね、オパリスのバヴァロワ、バニラ風味、周りをインスピレーション・フレーズのスプレーをかけ、リボン状のデコールで質感を出します。

「クレムーなのに卵、乳、バター不使用。インスピレーション・フレーズの味をストレートに出すために薄めたくなかった。」とボウ氏。
なおかつガナッシュのテクスチャーを出すために、凝固剤3種類を組み合わせて使いました。LMペクチンでハイビスカスの酸味と反応させ、ゼラチンで乳化を助けるタンパク質を補い、粉末寒天でカット面をきれいに出します。

「オキーフ O'KEEF」
赤が鮮やかでいちごの味が引き立ちます。存在感のあるビスキュイとバニラのバヴァロワのコンビネーション、なめらかな口当たりが印象的でした。


2品目はフュージョン・ショコラ FUSION CHOCOLAT
日本限定販売のキュヴェ・ブルー・マウンテン70%を使用したプティガトー。
土台となる生地はP125を使ったビスキュイ・サッシェール・P125。会場の約半数の人が使用経験のあるというP125は、カカオバターの比率が少ないから、固くならない特徴があります。
そこにドゥルセのクレムーをスルタン口金で絞り、その穴部分にライムとパッションフルーツのジェルを絞ります。スルタン口金の合理的な使い方に目からうろこが落ちました。

「フュージョン・ショコラ FUSION CHOCOLAT」
ライムとパッションフルーツのジュレがチョコレートと合わさるとあら不思議。山椒を思わせる香りが鼻から抜けます。スパイシーでなめらかな口当たりと軽やかさが印象的でした。


3品目はクリスト CHRISTO
パリのポン・ヌフ等をラッピングしてしまった有名なアーティスト、クリストからとったネーミングでボウ氏が考えたのはフォンサージュのいらないタルト。洗い物も出ないし、タルトとなるアーモンドのパート・サブレのラッピングをあけたような見た目が面白い。

「クリスト CHRISTO」
バナナのコンポート、ラム酒のフランベとキュヴェ・バリのガナッシュ、グリュエのヌガティーヌ・ティムットペッパーの香りが、様々な大人のテイストを楽しませてくれます。このグリュエ・ド・カカオも1988年にエルメ氏と開発。それ以前は製菓材料として使われることはなかったそうだ。

使用したチョコレートはキュヴェ・バリ68%。ヴァローナがサポートしている契約農場であるインドネシアのバリ島にある協同組合KSSから海外向けに初めて輸出されたカカオ豆から作られた。わずかな酸味がフルーツ風味と共に感じられ、力強いチョコレートらしさと繊細な苦味が続きます。口どけがよく、バナナのようなフルーティーな香りと酸味、後から塩味も感じられます。


4品目はコーンス KOONS
アーティスト、ジェフ・コーンスの直径30m位あるバルーンアートから名づけた一品は、ナイフで切るとクレームブリュレのようなものが出てくる北海道のお土産から発想し、ごま、寒天寄せなど日本的な味を入れたタルトレット。

インスピレーション・アマンドと、黒ごま、エクラ・ドール(クレープダンテル)を混ぜた黒ごまのクルスティヤンをタルト台にし、インスピレーション・アマンド、低脂肪乳とLMペクチンで乳化させたアーモンドのボールを、日本製のラテックス風船に専用の注射器でつめて膨らませ、固まったらラテックスを切って中身を出して、フルーツのパールと彩りよくのせます。

「コーンス KOONS」
ゴマ豆腐、絹ごし豆腐を思わせるテクスチャー。さっぱり味に、黒ごまのクルスティヤンのサクサク感。フルーツのパールが爽やかな夏の味。

クリストもこちらのコーンスも、タルトという既成概念は何だったのだろうと、考えさせられる驚きがありました。


5品目はノスタルジー!? NOSTALGIE!?
フランスでは土曜のサプライズとして、お客さんに新しいカテゴリーの意見を聞くお店もあるそうですが、これはそんなシーンがぴったり。
登場したのはなんとデザート入りの哺乳瓶。スプーンで掬うグラスやジャー入りではなく、誰もが経験したであろう吸って食べる行為を体感するアイデアに思わず笑いが!

3層にみえるパーツを「よく振って混ぜてからから吸ってください。」

ボウ氏の声に、みなさんどんな思いで召し上がったのでしょうか。構成は、底がザクロジュースで乳化させたガナッシュ・インスピレーション・フレーズ、真ん中はインスピレーション・アマンドのミルク、トップはザクロジュースをLMペクチンでとろみづけ、乳化させたインスピレーション・フレーズのスプーマ。

3層の状態から、よく振ってまざったところを吸っていただく。

意外と吸う行為は難しい。赤ちゃんのときは一生懸命吸ったんだと振り返りました! ミルキーでとろみのあるスムージーのようでした。


6品目はニュアージュ NUAGE
日本発祥の生チョコにヒントを得て、見た目は生チョコ、食べるとお餅のようなテクスチャー。フランスで試作したときはギモーヴのように仕上げたのが、日本は梅雨でそれができず、ローストアーモンドパウダーを塗しました。

「ニュアージュ NUAGE」
水に米デンプンとゼラチンを混ぜたものとインスピレーション・フレーズを乳化させた生地は、ういろう、葛餅のような食感で、見た目とのギャップが楽しい。


7品目はアフタヌーン・スイーツ 4.00PM
4時はフランスでは子供のおやつの時間。アートがテーマの今回のために、絵画のパレットを模したアーモンドのパート・サブレと、絵具のチューブに入ったインスピレーション・パッションのクレムーがセットになった袋入り。
パレットに好きなようにチューブのクレムーを絞り出して絵心を楽しんで!

「アフタヌーン・スイーツ 4.00PM」
こちらのクレムーにも、乳は使わず水と米デンプンでインスピレーション・パッションを乳化させます。


デモはここまで。枠にとらわれない独創的な表現は、自身の体験からの発想であふれていました。それを受け取る「感動」がありました。


「自分らしさをもっと出してください。枠からはみ出してもいい。日本人のクリエーター、アーティスト、鬼才はたくさんいる。パティスリー界でもそういう人が出ても良いはず。視野を広く持って、日本から発信するパティシエを育てよう。」

ボウ氏は最後に再び唱えました。

チョコレートの使い方と一緒に、感動するお菓子の作り方のヒントをいっぱいいただいた特別講習会でした。


講習会を終えて。




ヴァローナ
 http://www.valrhona.co.jp/



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