取材・文 下園 昌江  


2年に一度開催されるチョコレートの国際コンクール「ワールド チョコレート マスターズ」。数あるコンクールの中でもチョコレートに特化し、技術・味覚・芸術性を競い合う大会です。
2005年から始まり、2年に1度フランスのパリ、サロン・デュ・ショコラ プロフェッショナル会場で行われています(次回大会以降は3年に一度の開催に変更)。
次回の開催は2018年。約20か国の代表選手が決勝大会に進み、世界一を決定します。その国内予選が今年10月にジャパンケーキショーで開催されます。それに先駆けて、ワールド チョコレート マスターズの歴代代表者による講習会が東京と大阪で開催されました。

東京講習会では、2005年に3位に入賞したアステリクスの和泉光一シェフが司会を務め、2009年総合優勝を果たした神戸ラヴニューの平井茂雄シェフが、フレッシュパティスリーを、2015年準優勝した滋賀クラブハリエの小野林範シェフがピエスモンテの制作を披露しました。

今回の作品は2018年のテーマ「FUTROPOLIS(フュートロポリス)〜明日へのチョコレートフレーバーへの探求」に沿って作られたものです。FUTROPOLISとは、聞きなれない言葉ですが、これは、Future(未来)+Metropolice(大都市)からなる造語。
大会概要資料によると、具体的なテーマ内容が以下の様に記載されています。

「想像してください。2025年までに世界の人口の半数がメガシティに暮らすようになると言われています。メガシティとは、1千万人以上の人が暮らす都市であり、全ての色や文化、種族が集う中心に緑があります。その都市は、様々な規律とデザイン・美食・食の生産者たちといった創造の泉源が融合します。このような未来の都市からシェフたちはどのようにインスピレーションを受けるでしょう? これが今大会のワールド チョコレート マスターズでの探求です。これまで以上に、カカオとチョコレートの未来について強く意識した大会です。“明日”のフレーバーがフュートロポリス(FUTROPOLIS)に通じているのです。」

カカオとチョコレートの未来、そしてそれが私たちの未来にどのように関わってくるのか。非常に興味深くもあり、それをチョコレートを使って形あるものに表現していくという難しさもあるテーマです。


小野林範シェフ

まずは、小野林シェフによるピエスモンテ「フュートロポリタン」のデモンストレーションが始まりました。
各パーツは、事前に作ってあり、それを組み立てながら完成させていきます。

慎重にチョコレートの一部を溶かす こまめに手を冷水で冷やして作業する

直径30cmほどの大きな球体は、地球をイメージしたチョコレート。半球形に作ったチョコレートを接着し、球体にします。本物の地球に近づけるために、大陸や雲などの様子が感じ取れる仕上がりになっています。この地球型のチョコレートに温めた板を使用し接着部分のチョコレートを一部溶かします。その位置がずれるとバランスが崩れるため慎重に行います。

作業の合間合間に、手を冷水で冷やす小野林シェフ。
チョコレートは温度に敏感なために、体温が影響しないようこまめに冷やして作業します。

厚紙を切り抜いてオリジナルの型を作る 蜂の羽根部分

地球型のチョコレートの上に、ロボットの様な蜂のチョコレートを組み立てていきます。
蜂の羽根になるパーツは、自らシャブロンの様な型を作り、羽根の中央には化学式が描かれたチョコレートを挟み、自然と未来との融合を感じます。

羽根を接着する 接着部分をコールドスプレーで急冷し固定させる

羽根の接着部分も非常に面積が小さく、羽根自体のボリュームや接着角度が急なため、慎重に組み立てていきます。

完成したロボット型蜂のチョコレート

ユニークなのが、蜂の胴体がカカオポッドの形をしていること。先が細くなっているので、この接着面がかなり小さい上に角度があり、非常にデリケートな部分。チョコレートを接着する際にはいくつかの方法があるそうですが、小野林シェフは、接着部分をバーナーなどで溶かし、テンパリングをとったチョコレートをコルネで絞り出して接着するそうです。

接着用のチョコレートはコルネに入れて保温しておく

チョコレートを入れたコルネは、いつでもすぐに使えるように温めた板の上において作業します。その器具は自分で手作りしたものということです。様々な道具や器具、型などは、ホームセンターやインターネットなどで探してはカスタマイズしていくことで、オリジナリティーや作業性の向上へと繋げていくそうです。

カカオバターと色素を混ぜる 大陸を切り抜いたシリコンシートを貼り付ける

地球の球体部分はあらかじめ作られていましたが、具体的にどのようにして色付けをしていくのかも簡単な紹介がありました。
まずは、カカオバターをテンパリングし、白色色素とあわせて伸ばしていきます。それを半球形の型に雲を描くようにブラシでトントンと描いていき、その後大陸の部分を切り抜いたシリコンシート(自作)を貼り付けてマスキングします。

まるで本物の地球儀の様なチョコレート

同じ大きさの地球儀を基にそのシリコンを切り抜くわけですが、すべての大陸を作るわけではなく、主要な大陸と日本、そして審査員の出身国などを意識して作るそうです。
この後着色したカカオバターをスプレーでうち、大陸と海の面を作り、最後にチョコレートを流して作り上げていきます。

ウォーターカッティングの技法を活かして

土台となっているチョコレートには、手書きで木の根をイメージしたというデザインが。そしてウォーターカッターで切り抜いたというワールド チョコレート マスターズのロゴ型のチョコレートが何気なく置かれています。
ピエスモンテを作る際には4種類以上の技法を使う事というルールがあり、その中の1つとしてウォーターカッティングの技法を用いたそうです。
複雑な形を正確に切り抜くことができるという技法と、大会のロゴを使用するというインパクトが大きなアピールポイントになりそうですね。

ピエスモンテ「フュートロポリタン」完成形

完成した作品は、地球上の自然と未来の融合を感じるものでした。その中でも蜂の姿が大きく印象的です。小野林シェフによると、フュートロポリスでは、蜂が集めた蜂蜜を採集できるというイメージと、未来を連想させるようなロボット仕様にしたという事でした。
そして、この蜂の胴体が、非常に艶があり光を反射するほどの美しさなのです。

チョコレートを磨き、艶を出す

これは、小野林シェフが得意とする技で、チョコレート磨く事で艶を出すという事。ただ磨くのではなく何段階かにわけ、少しずつ温度を低くしながら表面を磨くことで表面の艶を出していくという技です。これは2015年の決勝大会でも使った技術で、審査員もその作品の艶に注目していたそうです。

そして、コンテストについては、新たな技法や表現などを意識しながらも、「あまり珍しいことや最新の事をしても、それがどの程度審査員に理解してもらえるかは難しいところなので、誰が見ても美しく、そして自分が得意なことを表現していった方がいいと思う」という言葉で締めくくりました。

ラヴニューの平井茂雄シェフ


続いて、ラヴニューの平井茂雄シェフによる、パティスリー「フュートロポリスのフレッシュフレーバー」のデモンストレーションが始まりました。この課題の概要はいくつかありますが、「フレッシュで繊細な、アラミニュットで作るパティスリー」、「3種類以上の異なる食感で構成されていること」、「チョコレートの風味が明確に感じられること」などがあります。また、「新鮮さを出すために冷凍庫の使用を最小限にしてください」、というルールがあり、それに沿ったチョコレートのお菓子が紹介されました。

センターにフェンネルの香りをつけたマンゴーのマリネを入れます 

チョコレートを主役にしたお菓子が作られていきます。まずはそれぞれのパーツを仕込んでいきます。ごく薄くのばしたココア入りのパート シュクレ、サクサク軽やかな食感のライスパフのキャラメリゼ、滑らかなクレムー ショコラ、エアリーなサバイヨン ショコラなど、食感の対比が楽しめる生地が次々に完成していきます。

今回チョコレートに合わせたのは、マンゴーとオレンジ。マンゴーのクリームやマリネでトロピカル感を、そしてサバイヨンショコラにはオレンジの果汁と皮を使って爽やかさをプラス。

隠し味のような役割をしているのがマンゴーのマリネと、ガナッシュに使用したブロンズフェンネル。このフェンネルの緑が、今回の大会のテーマの中にある「緑」につながるのでは?と使用を決めたという事でした。

パティスリー「フュートロポリスのフレッシュフレーバー」完成

今回は、全員分を試食に合わせて直前に仕上げるという、アシェットデセールの様な出来立て感を味わえました。
さくさく、ザクザク、とろっと…出来立てだからというのもありそれぞれのパーツの食感や香りが際立って感じられます。チョコレートの濃厚な味わいに、マンゴーとオレンジの香りが重なって、トロピカルで軽やかに仕上がっているのが印象的でした。

制限時間がある中、冷凍庫の使用を最小限にしてお菓子を作り上げていくのは非常に大変だと思いますが、生地の組み立て方や構成など参考になる部分が大きいお菓子でした。

参加者の質問に答える両シェフ 審査員の視点からみた和泉シェフならではの意見も

最後に、質疑応答の時間が設けられました。
前回大会から取り入れられた作品「チョコレートスナック トゥ ゴー」についていくつか質問がありました。この分野は、通常のパティスリーの仕事からはあまり馴染みのない内容だったので疑問に思っている方も多いようでした。

チョコレートスナック トゥ ゴーは、「パティスリーまたはグルメショップのカウンター等でさっとつまんで食べる、もしくはテイクアウトして移動しながら食べることが可能なスナック」というものです。

歩きながら気軽に食べられて、それがチョコレートを感じるもの且つフュートロポリスを感じるフレーバーであることというもの。今までパティスリーの仕事ではあまりなかった分野ですが、屋台の様な感覚で斬新なスイーツが生み出されるのではないだろうか?という期待感が沸く分野でもありますね。ちなみに、小野林シェフは2015年大会で、タコ焼き器を使用したチョコレートスナックを作り、審査員たちの注目を浴び見事部門賞も獲得したそうです。

大阪講習会を終えて
水野シェフによるデモンストレーション

東京講習会の2日後には大阪講習会が開催され、和泉シェフの進行で、小野林シェフのピエスモンテと、2007年大会で優勝したマウンテンの水野直己シェフによるチョコレートスナック トゥ ゴーが披露されました。

2018年ワールド チョコレート マスターズ本選に向けて、日本では5月から募集が開始(製菓専門誌「ガトー5月号」に掲載)され、10月には国内予選大会が開催されます。

『フュートロポリス』、というテーマのもと一体どのような作品が誕生するのか、今後もワールド チョコレート マスターズのコンテストに注目していきたいと思います。




CACAO BARRY WORLD CHOCOLATE MASTERS (英語)
 http://www.worldchocolatemasters.com/

チョコレートアカデミーセンター東京
 http://www.chocolate-academy.com/jp/jp/32

チョコレートアカデミーセンター東京 Facebookページ
 https://www.facebook.com/Chocolate-Academy-Centre-Tokyo-938156546247693/#




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