取材・文 佐々木 千恵美  


令和2年目のバレンタインも終わりチョコレートのお祭りもひと段落。あとはホワイトデーとイースターが待っているというところでしょうか。

気が早いかもしれませんが2021年に開催される「ワールド チョコレート マスターズ」第8回大会本選に向けた国内予選がこの10月に開催されることになり、テーマと課題が発表されました。

2005年に始まった世界最高峰のチョコレート職人を決めるコンクール「ワールド チョコレート マスターズ」。2018年より3年に一度の開催に変更され、次回は2021年。チョコレートに特化した技術・味覚・芸術性を競い合う世界で唯一の大会です。

歴代日本代表には、和泉光一シェフ、水野直己シェフ、平井茂雄シェフなど今をときめくショコラティエが名を連ね、毎回高得点を叩き出しファイナルへと進み優勝、入賞実績を築き上げてきた、日本人のチョコレート総合力を世界に知らしめ続けている「個人」の大会です。


概要が発表されたのは2019年10月18日。
東京・品川にあるバリーカレボージャパン株式会社・チョコレートアカデミーセンターにて行われたプレス発表会で、この大会の方向性の変化に大いなる衝撃を受けました。

前回大会の課題でも感じとることはできましたが、もはや一個人だけでは戦えなくなっているということ。
食のトレンドだけではなく社会全体の流れを汲みとったテーマと課題にこたえるということ。

ともあれ順を追ってお話ししましょう。


今回のテーマは#TMRW_TASTES_LOOKS_FEELS_LIKE

2020年2021年の第8回テーマ「#TMRW_TASTES_LOOKS_FEELS_LIKE」
のデザインボード。


これまでビジュアルが特徴だったワールド チョコレート マスターズ(以下WCM)のテーマが、何やらSNSのタグのように#から始まる文字列となって表されています。

TMRWとはTOMORROW(明日)を略し指す頭文字を並べたもの。
目まぐるしく変化していく世界の中で、人の味覚も進化し、期待値もあがっています。またパティシエ、ショコラティエの在り方も変化しています。その中で明日に向け何を目標にし、何ができるのか。

政治、社会、金融、法律などあらゆる体制が支配する世の中で、道に迷ってしまったかのように感じている人も多いでしょう。チョコレートのポジティヴな楽観主義力で未来を明るくしよう。

#TMRWらしいTASTE(味覚)、LOOKS(ビジュアル)、FEELS(感覚)のチョコレート作品が求められる哲学的な新しいテーマです。

さらにはサブテーマのような見出しもつけられています。

TASTES=サイエンス+クラフトマンシップ
キーワードは栄養科学と職人技の組み合わせ、斬新なセンス、健康、バランス、サステナビリティ。

LOOKS=デザイン
視覚的な魅力はマストである。新鮮かつ多様な体験をデザインで表現。

FEELS=倫理・エコロジー・サステナビリティ=テクスチャー
これからのチョコレートは人を幸せにするだけでなく、消費者に社会的責任を感じてもらえるものでなければならない。
刺激的でこれまでにない質感のチョコレート作品、感覚に訴える体験を生み出す作品。

明日のチョコレートを、これらのサブテーマを踏まえて創作する。ぱっと読んだだけでは難解で、#をつけるためには自身の考えをしっかりまとめなければ、何も手がつけられなそうです。


「次のWCMに参加し日本と世界のチョコレートの未来を形付けてください。」と挨拶するパスカル・ムルメステール氏(バリーカレボージャパン株式会社代表取締役社長)。


そして世界20カ国において開催される国内予選大会の課題は5つ。
 ※多少の変更が今後出てくることもあります

(1)YOU(あなた)
#今までにない全く新しいタイプの課題。
作品全体のコンセプトとテーマの解釈を共有するムードボード(言語化できない要素をビジュアルで表現する手法)を、アイデアがより詳しく伝わるように、写真でありテキストなどアイデアが伝わるものであれば何でも活用して作成すること。自分のインスピレーションの源がどうやってわき、このテーマにどうストーリーをもたらしているのかを表すこと。
審査員は出場者の動機、テーマに対するヴィジョンを知りたいと思っている。

(2) #DESIGN(デザイン)
木の合板材「#TMRW」の文字を模ったアイテムを使用してチョコレートアート作品を作り上げる。最大5sのチョコを使用し、空間をデザインする。

(3) #TASTE(テイスト)
フレッシュペイストリーの作成。3種類の必須材料(チョコレート、フルーツ、地元の生産者から調達したローカルな素材)を使用し、すべて現場で作り上げる。
冷凍庫、ドライアイス、液体窒素、冷却スプレーなど、0℃以下にするものの使用は不可。(一部例外あり)

(4) #SNACK(スナック)
前回大会はスナックトゥーゴーという手軽に持ち運んで食べられるものという課題があったが、今回は全て植物由来の材料を使用したクリーンラベルのチョコレートスナックを作成。添加物、着色料などの使用は最小限に抑えること。もちろんビジュアルデザインも求められる。

(5) #BONBON(ボンボン)
TOMORROWのテーマに沿って数日以内に食べきるフレッシュな型抜きのボンボンを作成。ローカル素材をひとつ使用し、合成着色料、人工香料、保存料など食品添加物、化学物質は使用不可で低糖質が望ましい。
2種類以上の異なる食感で構成する。


今までお菓子やチョコレートのコンクールで、そのものを作る以外の課題があったでしょうか。(1)はデザインの知識とセンス、活かし方、プレゼン力が求められます。デザイナーの協力、英語力は必須でしょう。
余談ですが、昨年8月末に開催されたチョコレートアカデミーセンター™東京主催「チョコレート イノベーション コンテスト2019」にフォト部門があったことと、本選はすべて5分間のプレゼンテーションで審査員に作品をアピールする形式だったことを思うと、プレゼンテーション力をつけるための機会を設けた意味合いもあったのではと感じました。黙って良い物を作るだけの職人では通用しない世の中になってきているのですね。

(2)はピエスモンテとも捉えられるが、使用できるチョコレートが最大たったの5kg。一般に分かりやすく言うとお米1袋分しか使わずに、いかに大きく見せるか、合板のテーマ文字を配して何を表現するのか。昨今のフードロス問題を考慮してなのか、少ない使用量で先を行く技法と表現力が問われるのでしょう。ちなみに垣本シェフの話しでは前回70kgくらいは使ったとのこと。今回がいかに少ないかがわかります。

(3)(4)(5)に共通するのはエコロジーとビジュアルの両立。そして健康や環境に配慮した素材使い。植物性の材料のみ使用したスナックチョコレートなど、欧米で増えているヴィーガンに連動して生まれた課題なのでしょうか。洋菓子では当たり前のバターや生クリーム、ゼラチン、卵等動物性素材。それらが使えないわけですが、もともと日本は植物性材料のみで作る和菓子文化の国。何か新しいスナックが生まれることを期待したいですね。


「美味しいチョコレートを作るだけの時代は終わりました。」

WCMが明日のチョコレートに求めているものは、デザイン性、持続可能性、節度、起業家精神。既存の枠を取り払う次世代のシェフ達に期待していると言っています。

いかがですか?
あまりに壮大で、難題で、ひとりの力ではどうにもならないことが伝わったでしょうか。

発表会に来場された歴代日本代表シェフはWCMについてどのように感じているのかコメントを添えます。


歴代日本代表シェフ(2011年第4回大会準優勝の植ア義明シェフは都合により欠席)


2005年の第1回「シューレアリズム」テーマに出場し、ずっと大会を見続けてきた和泉光一シェフ(アステリスク)。

「日本はこれまでいい順位をとり続け、歴史ある大会になってきた。審査員、選手、サポート役、いろんな面で見てきたが、近年はデザイン性、創造性いろんな面でチョコレートのスキル+他のこと、例えば画像、音、いろいろなものを使いながら、ひとつのテーマを表現していく今までにないコンクールに変化してきている。前回など会場の設営から普通のコンクールと違う雰囲気を醸していた。」



2013年の第5回「アーキテクチャー・オブ・テイスト」テーマと前回2018年「フュートロポリス」テーマに出場した垣本晃宏シェフ(アッサンブラージュ カキモト)。

「項目も多く、1年ですべて完璧にもっていくのがしんどかった。デザイン性も重視されていると感じた。動画制作などデザイナーの協力が必要だと考える。」



2007年の第2回「自国の伝説と神話」テーマに優賞し、前回大会ではアートの審査員を務めた水野直己シェフ(洋菓子マウンテン)。

「選手として出た2007年やその後の2009年くらいまではパティシエ、ショコラティエの仕事をしている人達だけでデザインを考えて賞をとることができたが、それ以降はもっと広い視野での表現に変化していっている。ピエスモンテを例にとると曲線直線抽象具象のバランスをとって創り上げていくというのが通常であるが、そういう部分ではなくて、よりはっきりした表現というものが見えてこないと本当に表現したと評価されない。
平井さん(2009年)くらいまではフランス語で仕事が出来たが、小野林さん(2015年)のときからリアルタイムで世界に発信されるようになり、自分で作ったもの、表現したものを世界へ英語で伝えていかなければならない。英語のスキルは今後の課題。実際2018年大会のアート部門で感じたのは、デザイン性で日本がひけをとったとは僕は思わなくて、それを意欲的に伝える部分が少し足りず、会場を盛り上げるためにもっともっと力を注いでも良かったのかなと思う。
味覚においても全部食べさせてもらったが、どの国も作りこんでいるなと思ったし、点数を見てもそこまで差がなかったのかなと。日本の作品は味覚部門の審査員セドリックが称賛し、おかわりしたくらい。
今後は表現をしっかり伝える力をつけ、チームをお菓子屋さんだけで組まない。次の選手をなんとかサポートできたらと思う。」



さらに今回のテーマと課題に対して、チョコレートアカデミーの尾形剛平シェフのMCでトークセッションが行われました。

司会進行でさまざまな意見を引き出すチョコレートアカデミーセンター尾形剛平シェフ。


#YOUについて。

前回大会で動画を作成された垣本シェフは、
「いつもお菓子を作っている人たちが急にこういうことをやるとなると非常に難しい。外部のプロに説明と解釈をしてもらって多くの引き出しからアイデアをいただくほうがいいと思う。」とコメントしました。

#DESIGNについては
フードロスの問題もあり、チョコレートをたくさん使えばいいというものではなく、限られた使用量の中で競技をすることがトレンドだと提唱していかなければならない。それによって費用の負担が少なくなり、たくさんのエントリーを期待したい。
高さ77o 横300oの「#TMRW」の木製デザインベースを50p×50p×120pのショートピースにどういかしていくのか?

2009年の第3回「オートクチュール」テーマで優賞した平井茂雄シェフはこう語りました。

「その国がかかえていること。デザインはそのときのトレンドで、ちょっと先を見据えたところをわかりやすさとストーリー性をもたせて。デザインだからクラフトマンシップの部分が薄れてくると思う。」

平井茂雄シェフ(ラヴニュー)


また水野シェフはこう考えます。

「「#TMRW」のベース、結局は誰と組むかだと思う。天才鬼才より一般消費者に近いデザイナーさんについてもらって考える。そろそろ女性にも活躍してほしい。」


和泉シェフからはこんなコメントが。

「明日って、変わらないことも劇的に変化することもある。変わらない&変わっていくものをうまく表現できたらうまく成立するのではと思う。例えばチョコレート。変わってきていないか。デザインなのか表現なのか面白いと思う。デザイナーの友人は多いが見方が全く違う。」



#TASTEについて。

2005年の第1回「シューレアリズム」テーマに出場した山本健シェフの考えはこうでした。

「細く長生きしたいから選ぶのは健康食品。フレッシュフルーツを使い、えごまオイルを入れるなど。それをムードボードに反映したい。」

山本健シェフ(シェラトン都ホテル東京)




#SNACKについて。

2015年の第6回大会「自然からのインスピレーション」テーマで準優勝した小野林シェフは、たこ焼きのデザインでフォンダンショコラのようなスナックを作られましたね。

「その通りの感じ。そういう食材を選び、見せ方でがんばる。食材選びはプレゼンでカバーできる。審査員に対してお客さんみたいな感じでやればいいと思う。」

小野林範シェフ(ショコラトリー ヒサシ)




#BONBONについて。

今まで着色が多い中で、化学物質不使用はどうとらえているか? 健康志向での商品開発はされているか?

平井シェフの意見を聞きました。

「この課題に関してはちょっと前から問題になってきているところだと思う。着色料に関しては天然由来のものも出てきているし、色は使った方がいいと思う。その他のデキストロースすら使えないということはその場で甘みの出る素材を使うとか、野菜やフルーツピュレを使うなど当たり前を崩すところか。
それから健康志向品開発は今現在やっていないが、明日のこととして考えると興味がある。世界全般で求められていることというより、作り手としてお店に並べたときに同じものだと面白くないので。お客さんがチョイスしたときにこれかっていう印象を与えるものはいいと思う。」


尾形シェフも自身の感じるところを語りました。

「これまで砂糖を使っていたが、それが違うものに置き換わったり使えなくなったりすることで起きる新しさを、今後の健康志向を含め、チョコレート業界のトレンドにしていったらいいのではということが含まれている気がする。」

そのあたりに関連して、シェフ達は現在自身の仕事場で動物性素材を使わないもの、低糖質のものを作られているかを聞いてみたところ、やっていないとの答えが多い中、「ホテルという環境にあるため依頼もいただくが、今のところ専門的な勉強のための時間が割けず、ネットで調べたり自分の知識だけでしかやっていないし、それが合っているかはわからない(山本シェフ)。」「前の会社(クラブハリエ)の和菓子で一部やっていた(小野林シェフ)。」 「もともと添加物は好きではない。砂糖の使い方はだいぶ工夫、勉強をしていて、フルーツの糖分を使ったスイーツが何種類か並んでいる。父が和菓子の出身なので意識している。自分の欲と求められるものに対しハザマでゆれている。WCMのテーマが次の未来へのきっかけになればいいと思う。選手を指導していくなかで自分自身も勉強していくので、それを落とし込みできれば面白いお菓子ができるのではないかと思っている。(和泉シェフ)。」

といった意見もあがりました。

まさにみなさんのお店でも明日以降の可能性を秘めた動物性不使用や、糖質を抑えたスイーツが生まれてくるかもしれませんね。


4人の代表シェフが持つチョコレート「オールノワール」は、大会ごとに代表シェフが味のイメージを伝えオリジナルを作ったもの。そのシェフのオールノワールはそのシェフしかオーダーできないが、後にお店のシグネチャーチョコレートとして販売もできる。実はコンクール出場者でなくてもフランスに行き、味、カカオの生産国や%等選んで最低50kgからオールノワール オリジナルチョコレートが製造可能なのだそう。



最近はこんなコンセプトのお菓子が作りたいといった、デザインから生まれるスイーツのビジネスが日本でも見受けられます。これまでにないチームを組んで、来年の世界大会では大いにアピールをし、優勝を勝ち取って欲しいと願っています。
5月のエントリー開始まであと数か月、ぜひ明日への可能性を試してください。

「国内予選ではシェフとの間に入るような形で、チョコレートアカデミーは参加者をサポートする。今まで以上にチョコレートアカデミーとWCMが一体となって、盛り上げていこうと思う。」と最後にしめくくった。



WCM今後のスケジュール

2020年4月 歴代代表者による講習会 東京、大阪 各1日

2020年5月 募集の開始(ガトー5月号)

2020年8月 書類審査実地(連合会様洋菓子会館)

2020年10月 日本国内予選大会 開催

2021年2月 ワールドファイナルのルール&課題発表 試食会開催(日本)

2021年3月 各国代表者のブートキャンプ開催(WCM委員会主催)

2021年6月 Ramon Morato (Barry Callebaut)によるクリエイティブおよびビジネス開発チームとのデジタルコーチングセッション
今までになかったものだが、デザインそしてコンセプトを伝える、各国約2時間のビデオカンファレンス。代表者がラモン・モラート氏とセッションしてフィードバックをする。

2021年月 ワールドファイナル

本選ルールに関しては2021年2月に改めて発表される。


発表会後の集合写真。興味深いお話をありがとうございました。



CACAO BARRY WORLD CHOCOLATE MASTERS (英語)
 http://www.worldchocolatemasters.com/

バリーカレボージャパン株式会社チョコレートアカデミーセンター
 http://www.chocolate-academy.com/jp/jp/

カカオバリー(日仏商事株式会社web内)
 https://www.nichifutsu.co.jp/products/foods/brand/cacaobarry/



「ワールド チョコレート マスターズ 2021 国内予選大会」延期のお知らせ

「ワールド チョコレート マスターズ 2021国内予選大会」は本年11月に開催を予定していましたが、新型コロナウイルス感染症の蔓延により本選「WORLD CHOCOLATE MASTERS 2021」の開催が当初予定されていた2021年10月から2022年10月に延期されたことに伴い、国内予選大会も開催延期となりました。



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