取材・文 佐々木 千恵美  


第7回「ワールド チョコレート マスターズ2018」が、あと3か月と迫った7月25日。ワールド チョコレート マスターズ日本運営委員会による特別講習会が開催されました。

講師は2015年大会の優勝者ヴァンサン・ヴァレー氏(フランス)と、準優勝の小野林範氏のお二人。世界のワン・ツーが揃って見せてくれるのだから、「特別」に超がつくくらいレアなのでしょう。会場の洋菓子会館は、真剣な眼差しの若い受講者たちであふれ、質問も飛び交う密度の濃い一日となりました。


今回のプログラムは午前中が小野林範氏で午後がヴァンサン・ヴァレー氏のデモンストレーション。4月に自身のお店を出された小野林氏は、実際お店に並んでいるペイストリー、ボンボンショコラの2品を、ヴァンサン・ヴァレー氏は2015年の大会作品のうち、ペイストリーとボンボンショコラ、そしてスイート・スナック・オン・ザ・ゴーの3品という内容で進められました。

ヴァンサン・ヴァレー氏 Vincent Vallée
「ワールド チョコレート マスターズ2015」優勝
ミシュラン星付きレストランのオーナーである両親をもち、幼い頃からペイストリーの世界に関心を抱く。有名シェフ達のもとで修業を積み、2015年に世界一の「ワールド チョコレート マスター」に輝いた。現在は世界各地から声がかかるトップショコラティエである。


小野林範氏 Hisashi Onobayasi
「ワールド チョコレート マスターズ2015」準優勝 同時に「ピエスモンテ」及び「スイート・スナック・オン・ザ・ゴー」にて部門賞も獲得。その他数々の大会でチョコレートの素晴らしい功績を収めている。2018年4月、京都の東山に初の自店「Chocolaterie HISASHI」をオープンした。



それでは小野林氏のデモから紹介しましょう。
今回教えていただいたプティガトーとボンボンはいずれも「ワールド チョコレート マスターズ2015」(以下WCMとします)作品ではありませんが、プティガトーはWCM課題の一つである「マイ オールノワール ストーリー」のために創作した「オールノワール」で、小野林氏だけが使えるオリジナルのクーベルチュール「GAIA 71%」を使っています。
その名も「GAIA(ガイア)」。小野林氏のシグネチャーとしてお店のショーケースを飾っているそうです。

「GAIA(ガイア)」について語る小野林氏。右に見えるピエスモンテも小野林氏によるもの


ネーミングは2015年のテーマ「自然からのインスピレーション」から。自然の素材が素晴らしいストーリーへと姿を変え、どのように形作られていくのか。色や形、香りや質感…等を自由に駆使した作品で、審査員の心をくすぐりました。

GAIAはギリシア神話に登場する大地を象徴する女神とのことから名づけ、味の方向は好みであるヴェネズエラ産カカオを軸に、ガーナ等をブレンドして調和をとったと、小野林氏は言います。カレット状のオールノワール GAIA 71%をテイスティングしましたが、ゆっくりと口の中で溶かすうちに酸味や香ばしさが広がるほどよい余韻のある美味しさ。ガトーにすることで、さらに深みのあるカカオの風味が表現されそうです。

オールノワールの「GAIA 71%」は小野林氏オリジナルのクーベルチュール


大きなトリュフのようなドーム型の構成は、底からパータシュクレショコラ、ビスキュイショコラ(GAIA 71%使用)、クレームショコラ(GAIA 71%使用)、ムースショコラ(GAIA 71%使用)。ムースの周りをトランパージュショコラ(GAIA 71%使用)でコーティングし、表面にコポーショコラとココアプードルでデコール。トップにはGAIA 71%で作ったお店のエンブレムがあしらわれています。

トリュフのようなちょっとクラシックなデザイン


デモの中のポイントで印象に残ったことをいくつか紹介しましょう。
ひとつは凝固剤の使い分け。クレームにはルカンテンウルトラを、ムースにはゼラチンを使い、食べた時の融ける順番、時間差を表現しています。融点の低いゼラチンが先にとけ、高いカンテンが後、それに食感もわずかに違うと思います。最低でも3種類以上のテクスチャーを用いるというWCMの規定をやり抜いてきただけに、細部の仕掛けは流石です。

ルカンテンウルトラを入れたクレームショコラを型に流す

球体シリコン型に絞ったゼラチン使用のムースショコラにクレームショコラを入れる


そしてパータシュクレショコラの作業性。食感を出したいのでしっかりバターモンテするが、生地は休ませずそのままシート状にのばします。休ませて吸水させない方がグルテンは出ないし、お店では一人で製造しているため、労働時間の問題を考えるようになったからだそう。人を入れるための準備として、効率化はとても重要なこと。でも一番素材を理解することに違いはないと、小野林氏は語ります。

「コンクールをやってきて良かったのは、より狭い部分を考えるようになった。無駄なく在庫管理することが身に着いた。」

技術だけでなく、仕事のあらゆる面も磨かれていったのですね。

竹串を刺してトランパージュショコラでコーティングし、表面にコポーショコラとココアプードルでデコール



2品目はボンボンショコラの「アラビカ」。
こちらも見た目はとてもシンプルなのに、フィリングは二層、フレーバーもとても凝っています。

上がガナッシュカフェ、下がホワイトチョコレートのゼフィールをベースとしたクランチウォールナッツ、コーティングはミルクチョコレート。コーヒー、クルミ、ミルクチョコレートというだけで相性が良いことは容易に想像できますよね。

「アラビカ」のデコールには斜めに金粉が光る


さらに香りの広がりと奥行きを出すための仕掛けが随所に散りばめられていました。

一般的にガナッシュの香りづけは生クリームや液体に浸して行いますが、こちらのガナッシュカフェに関しては、コーヒー豆を液体に、トンカ豆をクーベルチュール(ガーナ、エキストラビター)と密閉袋に入れ数日置いて香りを移す2つの方法を合わせていました。

ドライアンフュゼと呼ばれるこの方法は、小野林氏がクラブハリエ時代、品質確認のために商品を30日間食べ続ける必要があったことから、より美味しさが持続するにはどうしたらいいか、考えだされたのだといいます。油脂と水、香りが持続するのはどちらか…。
バニラ棒をお砂糖に突っ込んでおけばバニラシュガーができるのだから、チョコレートで応用したと考えれば納得です。ただし、油脂と水、どちらが相性良いのかは素材によると小野林氏はいいます。それでコーヒーは水なのだそうです。
トンカ豆のドライアンフュゼはコーティングのラクテスペリオールにも施されていました。

クランチウォールナッツの作業。常に温度をチェックしながらすすめられる

ガナッシュのプロセス。チョコレートに注いだ熱い液体を一部ボールに戻してから乳化作業に入る


トンカ豆のふんわりした香りとコーヒーとヌガティンの苦味とナッティーさ、噛むと様々なザクザク食感が広がりとても複雑な味わいの一粒でした。



午後はヴァンサン・ヴァレー氏の登場です。

コンクール作品はどのジャッジにも好まれるような味を考えたというヴァンサン・ヴァレー氏


小野林氏より9歳年下のヴァンサン氏、「アステリスク」の和泉シェフ曰く、すごく仕事のできる人とか。M.O.F. パティシエのティエリー・バマス氏のお店に在籍中、WCMで優勝し、現在は起業準備中というヴァンサン氏の最初のデモンストレーションは「パティスリー オブ ザ デイ」で製作した「キャトル フルール ロテュス」。後に彼のアイコン的作品ともなった一品です。

近くで見るほど繊細さにはっとする「キャトル フルール ロテュス」。中心のおしべに見立てた金粉がゴージャス


「パティスリー オブ ザ デイ」はなるべく冷凍をしないで作るという規定がありますが、何より動きが早いったらありません。ち密で繊細な作業なのに早い、仕上がりが美しいのです。
テーマに沿って、蓮の花をイメージしたデザインの型をオリジナルで作成し、組み立てていくアントルメは、蓮の花びら6枚、7層(クルスティアンノワゼット、ビスキュイショコラ、クレームディプロマットパッションマンゴ、クレームショコラ、チョコレート、コンポテ)が、同じ高さになるように組み立てていくのです。
「コンクールでは時間も限られるので細かい作業は緊張しました。」と語りながらも、こちらがシャッターを押すタイミングを逃すほど、あっという間に完成させてしまいました。

ポリカーボネートで作ったオリジナルデザインの型

クレームディプロマットパッションマンゴをドット状に早く美しく絞る

その上に薄いチョコレートをのせていく


パッションフルーツ、マンゴ、フレッシュバナナといった黄色いフルーツの甘酸っぱさ、チョコレートのコク、バニラの甘さと、見た目通り繊細な食感で口の中は感動の渦。

試食用の断面。高さはだいたい2.5cm、オペラくらいか…


自分のお店をオープンしたら、商品とするのかという質問には「持って2日なのでお店では出さない」そう。いただくことができたのは、講習会の特典です。


2品目は「スイート・スナック・オン・ザ ・ゴー」の作品「クラブ ケーク ショコラ オランジュ」。
フィンガーフードの意味あいがあるクラブハウスサンドイッチをイメージし、ビスキュイショコラをパンに見立て、プラリネ入りのクルスティヤン ノワゼット、ガナッシュショコラオコア、コンポートオレンジユズといったフィリングを挟み層にして二等辺三角形に切り分け、常温でいただく一品です。

「クラブ ケーク ショコラ オランジュ」。ガナッシュにはクーベルチュール ピストール オコア70%を使用。奥はプラリネ入りのクルスティヤン ノワゼットをトップにかけ竿状に仕上げたもの


ビスキュイショコラはコンクール用との説明があった「キャトル フルール ロテュス」と同じ製法。どこがコンクール用なのかはよくわからなかったのですが、チョコレートをグレープシードオイルと一緒に溶かすこと、メレンゲは立てずベーキングパウダーを使い、ブレンダーで混ぜカードルに流して焼くという、スピーディーな工程でした。植物オイルを使うと生地が固くならないし、味もあっさりになりますが弱点はあるのでしょうか。

ビスキュイ表面のマーブル模様を出すパータシガレット作り

ハンドブレンダーですべてを混ぜるビスキュイショコラの仕込み


「この作品は変化をつけてお店に出していきたい」と語るヴァンサン氏。味わってみると、ビスキュイのむちっとした食感とクルスティヤンのサクサクのコントラストがサンドイッチを噛む感じで面白く、オレンジ風味とチョコレートのハーモニーはいうまでもなくぴったり。

小野林氏は、ビスキュイ両面のパータシガレットに施されたマーブル模様が、ピエスモンテと共通して世界観が表現されていたことに感心したそうです。


3品目は「型抜きボンボンショコラ」課題の「フォイユ ド ロテュス」。蓮の葉っぱに見立てた型抜きですが、見た目の美しさと質感にただただ驚くばかり。フィリングはヘーゼルナッツのプラランクロカンとガナッシュパッションバナナガーナの二層構造で、食べると卵の殻のようにパリンと割れるコーティングチョコレートに驚いたと思えば、プラリネクロカンの香ばしさとトロピカルフルーツの酸味が心地よく、五感を楽しませてくれる一粒でした。

「フォイユ ド ロテュス」。型はもちろんオリジナルで製作したもの。型抜きたてはマットな色合いだが、温度とともにつやが出てくる。


こちらは国内予選の作品ですが、他の国が本選で同じ手法を使っていたというから、よほど注目されたのでしょう。
どんな手法かというと、型に着色したカカオバターを四方向にまんべんなく吹きつけ、その後ピストールガーナを流すのですが、この時予めポリカーボネート型を20〜22℃の部屋に置いておくことがポイント。温度が少しでも高いと綺麗な仕上がりにならないそうです。その後片方の型にガナッシュを、もう一方の型にはプラランクロカンノワゼットを絞り、固めて型から外したら、ガナッシュのくっつく特性を活かし、2つを丁寧に合わせ立体的に仕上げるというもの。

温度をチェックし、着色したカカオバターを四方向に吹きつけていく

ガナッシュパッションバナナガーナを絞る。とにかく動作が早い

ガナッシュ入りとプラランクロカンノワゼット入りを合わせ丁寧にくっつける


このような繊細なボンボンを味わうと型抜きチョコレートの概念がかわります。しかし、コンクール用なので日持ちはぜず、お店売りはしないと聞き残念。生菓子に近い感覚の新ジャンルとして、道が開けるといいのですが。


コンクールならではのテクニックと芸術性あふれる作品と、お店の商品として作られる作品、合理性と日持ちなど現実問題の差こそあれ、どちらもコンクールを経験したからこそのスキルと創造性を感じました。


そんなお二人に、チョコレートアカデミーの尾形剛平シェフがいくつか問いかけました。

Q:コンクールに向けてどういう取り組みをしましたか?

ヴァンサン氏:フランスは国内予選が他国より多いので、代表を選ぶのに2年かかります。当時はバマス氏のお店で働いていたので、バカンスや有休を使ってラボで練習を積み、勝負に関係なく力を出し切るようにしました。その結果、国内予選で大体の形が出来たのです。

WCMを振り返って、今後の方向を語る


Q:ジャッジへのアピールは?

小野林氏:ピエスモンテでは世界観が表現されていると後で聞かされました。ちょっとした問題があっても見せないなど、大会に対する姿勢が大事。それまではピエスモンテで高得点者がチャンピオンになりましたが、ヴァンサンは他のものでも高得点でした。

ヴァンサン氏:すべての要素で高得点をとることが大事。ピエスモンテは壊れるシーンを何回も見ているから、3日間保てるものでなければと思いました。出来た時点でジャッジされるけれど、自分はそうは思わない。

小野林氏:日本予選では言葉が通じるが、本選では通じない。笑顔で作品を置きに行きました。全部門1位は難しいが、自分の強みを出すようにしました。


今回の講習会のために製作された小野林氏のピエスモンテ。華道で身につけたバランスと豊かな質感、世界観が感じられる


Q:小野林氏に。4月にお店をオープンしましたが、それに向けた準備と今後のことを。

小野林氏:親方の出るクープデュモンドを見に行って、スイッチが入ったら自分のお店をやろうと思った。

人を喜ばすには自分に負荷をかけることだと思い、4月にお店をオープンしたという小野林氏。今後については「自分の賞味期限を決めて、いずれは今より大きくし、京都東山から世界に発信していきたい。」と、述べました。

一方、開店に向け準備中のヴァンサン氏は、「新しいお店では、カラフルできれいで見た目に気を付けた作品を並べていきたい。フランスではまだ珍しいモールドショコラに力を入れて行きたい。またSNSにあげることで、他の国からも仕事のオファーが来るようになった。新たなスターも出てくるので初心を忘れないようにしている。」と、抱負を語ってくれました。

10月30日、日本出発の「ワールドチョコレートマスターズ2018日本応援ツアー」も発表され、大会まではもうカウントダウンモード。日本代表の垣本晃宏氏への応援メッセージが受講者からもよせられました。


寄せ書きされた日の丸は、パリの本選会場へ

垣本晃宏シェフ、がんばってください!

今回の講習を受け、次の代表を狙うと決めた人もいることでしょう。日本のレベルがさらに上がっていくことを期待しましょう。


コンクールの詳細などは下記サイトをご覧ください。


CACAO BARRY WORLD CHOCOLATE MASTERS (英語)
  http://www.worldchocolatemasters.com/

バリーカレボージャパン株式会社チョコレートアカデミーセンター東京
  http://www.chocolate-academy.com/jp/jp/

Chocolaterie HISASHI
  https://www.chocolaterie-hisashi-kyoto.com/

Vincent Vallée インスタグラム
  https://www.instagram.com/vincent_vallee/




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