界のレストランランキング上位の独占、フランス料理のワールドカップ〜ボキューズ・ドールで前回表彰台を総なめするなど、ここ数年、北欧の料理界が熱いですね! 彼ら料理人が学んだフランスや、世界各国の要素が、今のストックホルムのパン屋さんにも反映されているのか、バゲットやカンパーニュなど、東京都心のパン屋さんっぽい、見たことのある種類のパンが目立ちます。

ストックホルム中心のパン屋にはバゲット、
アルザス風ライ麦パンなどが並ぶ

北欧というとオープンサンドのイメージだったのに、ここにはバゲットサンドがずらり

れこれ18年前、オーロラを観にスウェーデンの北極圏を旅したとき、スノーモービル・アクティビティの日に持たされたお弁当はいわゆるラップサンドでした。薄くてフラットでほんのり甘くソフトなパンに、バターやハム、野菜などを手巻き寿司のように巻いて食べる初めての体験に、所変わればパンもサンドイッチも変わるものだなと、好奇心をそそられたものです。個性ある伝統的なスウェーデンのパンは、今もスーパーのパン屋などに行けばありますし、むしろそのほうが一般的だと思われます。なぜならB&Bの朝食パンが、オーロラ目的で訪問したときと変わらぬスタイルだったから!

B&Bの朝食。日本のコッペパンのような白いパン、ライ麦入りのフラットな長方形パンなど。スーパーで売られている袋パンは、ほとんどが予め横にスライスされています そういうわけで、簡単にオープンサンドができてしまいます。なんて合理的!

ストックホルム郊外駅のホーム広告に北極圏(サーミ)の薄くて平たいソフトなパン


種類か用意された朝食パンの中には白い小麦のパンもありましたが、大概は黒っぽいライ麦ベースのパン。それに、胚芽や、雑穀などが練りこまれ、粒々を感じるのが特徴です。こう書くと、ドイツパンのように見えますが、北欧のパンは全体にソフトで、独特の甘い香りがあります。このような食感は食パンやロールパンにも通じ食べやすく、粒々を噛む感覚は米食の私達日本人には違和感がありません。北欧のパン、かなり面白そう!
この粒々感にすっかりはまってしまった私をさらに盛り上げたのが、世界最古の野外博物館・スカンセンでの伝統パン作りの実演です。広大な敷地にスウェーデン全国から移築された1700年から1900年代の建築物を利用して、昔の生活品展示や手仕事の実演が楽しめるという、ちょうど日本の沖縄琉球村にも似たテーマパークがスカンセン。場所はチョコレートフェスティバル会場の北方民族博物館と同じくユールゴーデン島にあり、ストックホルム中央駅からバスかトラムで簡単に行くことができます。風光明媚な‘北欧のヴェニス’を存分体感できるフェリーでのアクセスもおすすめ。

それではスカンセンでのパン体験をご紹介しましょう。

1830年代のパン焼き実演が行われていた木造建物

1830年代、サーメ人の住む北部では、大麦だけでも足りず、樹皮を石臼で何度も挽いて混ぜていたそう。大麦はコレステロールを下げる効能があるのよと、実演女性は説明してくれた

このパンはシレ・ライピ Sjijle-laejpie(Glödkaor)、ごつごつ面のローラーで薄くのばした後、木の枝束で穴をあけ、 鉄パンにのせ、薪火で両面焼きにする

初に入った小屋では、スウェーデン北部ダーラナ地方のパン、‘シレ・ライピ’を作っていました。いきなり驚いたのは、粉が麦などの穀物だけでなく、樹皮を挽いて混ぜ込むこと。寒さの厳しい北部の土地では、一瞬で終わる夏に収穫できる穀物は限られているので、不足すると樹皮やジャガイモなどを混ぜていたそう。薪の炎が醸すような、ちょっとビターだけど、クリスピーで素朴で慎ましやかな味でした。

Tunnbrödは、フラットブレッドのこと
Tunnbrödの生地を、凹凸の麺棒で薄く(3mmくらいだったか)のばしたら、ピッツアの要領でボードにのせて石窯で焼く
Tunnbrödの隠し味は、
フェンネルシードとアニスシード


Tunnbröd2種。オーツ麦入りと大麦入り。どちらがどちらだか忘れました(笑)


隣は、北部サーメのフラットブレッドを焼くベーカリー(実演&販売)。玄関を開けると、大きな石窯が目に入ります。その奥で、力のありそうな女性が、直径50cmはあろうかというパーラに薄くのばしたパン生地をのせ、薪窯に入れる準備をしていました。イタリアのピッツァ焼きによく似た光景ですが、漂う香りと雰囲気はまるで違います。部屋はにんにくやオリーブオイルといったワインが欲しくなる匂いではなく、コーヒーが飲みたくなる、ほわ〜んと甘い北欧パンの香りで満ちていました。これが18年前に初めて見て、食べた、あのラップサンドの薄焼きパンです。そしてカウンターの端っこに、甘い香りの秘密を発見! フェンネルシードとアニスシードの粉末、これらセリ科のスパイスが隠し味だったのです。やさしい雰囲気を醸すフラットブレッドは、バターとの相性が抜群。せっかくなのでオーツ麦入りと大麦入りの2種類を購入、焼き立てにバターをたっぷり塗ってもらいました。ちなみに大麦は短い夏でも完熟する北の大地の貴重な穀物なのだそう。オーツ麦や大麦など普段さほど食べないので、どちらがそれかはわからなくなってしまいましたが、色の黒いほうが固め、白いほうがソフトで甘め(たぶんこちらが大麦かと・・・)。どちらも薄いのに噛み締めるほど粉の味がじんわり伝わりおいしかったこと!

1867年飢饉頃、スウェーデン西南部のどんぐりの粉を混ぜた薄焼きパン。長期保存できるよう、穴の部分を竿にかけ乾燥させる

調理ストーブの煙突壁に立てかけてある、女性の頭の上にあるのが、穴あき薄焼きパンの抜き型。その右隣はパン生地をピケする道具

1910年代の南西部、鉄のオーブンでイーストを使って焼くライ麦パンも、 やはりレシピにはアニスとフェンネル入り。


んの100年前までは、貧しい北の国だったスウェーデン。その頃の農家の家は、厨房も寝室も兼ねたワンルーム。そこでは、飢えをしのぐために、どんぐりを粉にしてライ麦パン生地に混ぜたり、一度に焼いて乾燥させたりして保存。カチカチになったパンは、スープで戻すなどして日々の糧にしていたそう。今やチーズやハムのお供に便利な北欧乾パン・クネッケは、このような生活の知恵から生まれたのでしょうか。
1910年代の実演試食は、鉄製オーブンで焼いたイーストのライ麦パン。ここでもフェンネルとアニスは欠かせないようです。保存のためか、健康への効能を期待したためか、やっぱり味のためか、何故それを使い出したかはわかりませんが・・・。

1920年代の脱穀作業を実演

南部スコーネ地方の農家の家では、1920年代のサワー種ライ麦パン作りを実演中

サワー種ライ麦パンの材料

建物の前の庭で、石窯で焼きあがったサワー種ライ麦パンの試食、バターをたっぷりのっけて!


トックホルムより南、「ニルスの不思議な旅」の舞台となったスコーネ地方の農家に来ると、今までの厳しい冬のイメージから一転、南の明るい大陸的な雰囲気が建物やパンにも表れていました。石窯で焼いたサワー種のライ麦パンをどんどんスライスし、バターをたっぷりのっけて振舞う実演のお母さんも陽気。皮はパリッと、中身はふっくら、それにクリーミーなバターのマッチング、あぁ、思わずおかわりの手がのびそう!

古い町並みも見事に再現されたスカンセン

スカンセン内で実演販売するパン屋さん。シナモンロールにパールシュガーをかけたら窯へ

パン屋さんの売り場も古き時代を再現。右奥の竿にかかっているのが、乾燥したフラットブレッド

甘いパンを実演する女性が手にしているのはスパイスミル。昔のように、作るたびにカルダモンなどをすり潰すほうが香りもよいはず

後に、様々な種類のパンを実演販売するベーカリーに入りました。厨房では、ちょうどシナモンロール(カニエルブッレ)の仕上げに入ったところで、甘い香りが店内いっぱいに漂っていました。レトロ調の売り場には、シナモンロールのようなおやつパンをはじめ、実演で見てきたライ麦パンや、竿にかけられたフラットブレッドもありました。

気候的に作物の育つ条件が厳しく、決して豊かではなかったけれど、知恵と工夫で乗り越え、生まれた北欧のパン。小麦だけでなく、ライ麦、大麦、オーツ麦、その他雑穀類にスパイスetc.パンの中に感じるいろんな粒は、この土地で生き抜いた歴史の粒なのかもしれない・・・。ますます、北欧のパンが好きになりました。現代北欧料理に添えられるパンにだって、そのDNAが生きているのかも!?

スカンセンはパンだけでなく、ガラス細工実演、織物実演など、スウェーデンの伝統文化を知るには素晴らしい博物館だと思います。もしストックホルムに行く機会があれば、スケジュールに組み込むことをおすすめします。クリスマスシーズンには、スペシャルなプログラムがたくさんあるようですよ!

スカンセンのサイト
http://www.skansen.se/en/





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