このレポートが公開されるのはお正月も過ぎた頃だと思いますが、実は先日(12月頭)、クリスマスシーズンにしか登場しないあるパンを狙って、ストックホルムに行ってきたばかり。せっかくなので、ほやほやのお土産話をお届けします。

回ストックホルム入りしたのは12月2日日曜の朝7時。いつもは朝の早いパン&菓子屋も、日曜はお昼近くの開店、目的のローゼンダール・トレーゴートカフェのオープンも11時だったので、駅のカフェでコーヒーを飲みながら、郊外に行ってみることを思いつきました。電車とバスを乗り継ぎ、およそ1時間でスウェーデン最古の町のひとつ、シグトゥーナSigtunaに到着です。'最古の町'も今となってはとても小さな町。パステルカラーに塗られた木造の建物が並ぶ通りに、歩くリズムも弾みます。ここはスウェーデン最古のタウンストリートだそう。

スウェーデン最古のタウンストリート
〜シグトゥーナのストラガータン

ストラガータンに面した建物の窓。仕切り24個をアドヴェントカレンダーにしている。毎日何が登場するのか楽しみですね!

こちらの窓には、ルシア祭の人形が飾られています。左から2番目、頭にロウソクを立てているのがルシア


のうっすら積もった通りはクリスマスモード。それぞれが工夫を凝らし、建物のウインドウを見る楽しみを与えています。特に窓枠24面を上手に使ったアドヴェントカレンダーなど、寒さもほどける可愛さ。手づくり感あふれるこの町の魅力が伝わってきます。どんどん歩いて教会前広場に着くと、何やらクリスマスマーケットを準備している様子。そこで魚屋台を準備していた男性にたずねると、「その通り。アドヴェントに4回ある日曜に開催するのさ。今日はその1回目のクリスマスマーケットだよ」と教えてくれました。なんてラッキーなのでしょう!

シグトゥーナのクリスマスマーケット。GOD JUL(発音はゴッユール)はスウェーデン語のメリークリスマス。玄関に飾るリースやオーナメントなど、クリスマス飾りを売る屋台。こういうのを見ると日本のお正月と似ているなと感じる

何の魚か・・・わかりませんが、上顎に突起が見えると自慢げに見せてくれた屋台のお兄さん。クリスマスのマリネやスモーク用でしょうか?

お昼に近づくにつれてクリスマス屋台も人も賑わってきた。お菓子、チーズ、クリスマス飾り、衣類、クラフトなど、様々な屋台が並ぶメイン通りのストラガータン

らに歩いていくうちに、ふわ〜んといい香りが漂ってきました。間違いなくパン屋の香り! そしてウインドウを覗いた瞬間、目に飛び込んできたのが黄色い生地とS字に成型されたパン。そう、これぞこの旅最大の目的、サフランを生地に練りこんだ、スウェーデンのクリスマス菓子パン、‘ルッセカット’だったのです。通りのウインドウ越しに、職人4人の手と身体が動く様子を、窓にぴたっと張り付いて、一体何分見ていたことでしょう(笑)。

パン屋BAGARBODENのおすすめボードにもサフランブレッド、ルッセカットの文字が 通りの窓から厨房の様子が見られる。S字形のルッセカットがぎっしりのった天板。もうすぐ焼くところ

サフラン生地を薄くのばし、アーモンドペースト(と思われる)を塗り、レーズンを散らして、ロール状に その後、3cm幅位にカットし、断面を上にしていくつかをくっつけ、お花のようにまとめ・・・

店内のルッセカット。本物のロウソクに火を灯し雰囲気もたっぷり サフラン生地は様々な形やトッピングでアレンジもされる。これはグラニュー糖まぶしのシンプルなもの

‘ルッセカット’とはルシア祭につきものの黄金色に輝くS字の形をした掌サイズの菓子パン。バターやミルク入りのほんのり甘い生地に、パエリヤでお馴染みのスパイス・サフランを贅沢に練りこんだハレの日のパンです。そしてルシア祭は、一年で最も夜が長くなる冬至に近い12月13日=光の聖女ルシアをたたえ、白装束に赤い腰帯、頭にロウソクをたてた女の子をルシアに見立てて、♪サンタルチア〜(あの有名なナポリ民謡の!)を歌い行列し、お菓子を振舞い、少しずつ長くなる昼の到来、再生を祝うお祭りです。この時期のストックホルムは朝8時を過ぎたころ明るくなり、4時前にはもう真っ暗。だから、ロウソクの灯火や、南国からやって来るオレンジ、黄金色のサフランは、太陽のように恋しく、ありがたく、憧れの的なのだと実感します。ちなみにルッセカットの直訳は'ルシアの猫'。初めはこのS字、どう見ても猫には見えず、なぜこの名前がついたのか不思議でした。調べていくうちに、昔は動物を、冬の魔物や霊を追い払う生贄にしていたことから、猫が犠牲の象徴とされた説が有力のようです。

ともあれ、象徴を形にするのがハレの日の伝統パン。私はルッセカットのS成型がどのようにされるのか知りたかった・・・。というのは、この2日前、現地の方と一緒にサフランブレッド作りを体験したのですが、小さな棒状の生地をS字等にまとめるのは意外と手間で、素早くきれいにやる方法を考えていたところだったのです。(まあ素人ですからそんなものかもしれませんが!)

現地の方に教わり成型した伝統のサフランブレッド。形によって名前がかわります。右下の形は、‘司祭の髪(prästens hår)’。その左となりが‘ルッセカット(lussekatter)’

ところがしばらく見ていると、すでにS字成型は終了したようで、職人さんたちは、次のサフランブレッド成型に取り掛かるところでした。シーターで生地を薄くのばし、アーモンドペーストとレーズンを巻いて3cm幅くらいにカットした面を上にし、6個くらいをくっつけ花を咲かせたような大きいサイズのペストリー。シナモンロール応用編のごとく、このサフランブレッドもただ丸めたものから、巻いたり、レーズンやナッツなどの具を入れたり、カットしたり、くっつけたりと、様々な現代風ヴァリエーションがあるようです。

れではここでストックホルムの街中で実際見たり、買ってみたルッセカット、およびサフランブレッドの一部を紹介します。一店舗のみ食べただけでは自分の中で理解できないと思って、少なくとも8つは食べたでしょうか。レーズンも、生地に練りこんであるものから、渦のところだけのせてあるものまで色々。見た目、サフランの香りの強弱、色、食感、塩加減など、微妙に違っていて面白かったです。いずれにしても、日本のふわふわしっとりリッチな菓子パンの食感を期待すると裏切られる、甘さ控えめで素朴な食べ口。だからやっぱりサフランと粉の香りが決め手なのかなと思いました。

本場のルッセカットお試し第一号は、空港バスが到着するストックホルム・シティターミナル内のカフェで。意外や意外、サフランがしっかり香りあっという間にぺろり。さすがに29クローネ(≒420円位)するだけあるのかな!?

中央駅構内のスターバックスに似たスタイルのカフェでも、ルッセカット(上段、右 から2つめ)の黄金色は目立つ
O helga katt(オー・ホーリー・キャッツ)のポスターで、セブンイレブンもしっかりプロモーション。コーヒーとセットで22クローネは安い!

アーモンドペーストを巻き長方形に成型したSaffranlangdやリング状にしたものもヴァリエーションのひとつ。Stinasにて

この日のMAGNUS JOHNSSONのショーケースには、サフランブレッドが4種。右下から逆S字のルッセカット、その左隣はアーモンドペーストを巻き込んだもの、その上はアーモンドペースト+レーズンを巻き込んだもの、その右隣はプレーンなサフラン生地のグラニュー糖がけ。こちらのルッセカットは、菓子職人だけあって、サフラン香も濃いけれどバターがリッチなふんわりタイプで食べやすい 本来は、このルッセカットのように、逆S字とする説あり


この日買った3種を部屋で食べ比べ。中身の色や気泡の感じも違います!

ルッセカットのイラストがかわいい。SKORPORはラスクのことを指しますが、ポピュラーなのは半月の形をしたもので、甘さ控えめカリッと固めのスウェーデン版ビスコッティ。多くのパン屋菓子屋でみかけたのが、サフラン風味のクリスマス限定版 こちらはローゼンダール・トレーゴートカフェのもの。鼻に抜けるサフランの後味がお酒を誘う

て、日曜の続きです。趣のあるシグトゥーナの町に後ろ髪を引かれながら、ローゼンダール・トレーゴートカフェでランチを楽しみ、お隣のスカンセンへ急ぎました。前回もお話ししたスカンセンは世界最古の野外民族博物館。この時期の週末は、クリスマスマーケットやコンサートなどのプログラムも盛りだくさん。そのため、入場門の周りは大人から子供連れまでたくさんの人が列をなしていました。私のお目当ては、昔のクリスマスディナーのテーブル展示。19世紀スウェーデンの一般人が、どんな食卓を囲んでいたのか、どんなパンがそこにあったのか、とても興味があったからです。

移築した赤い壁の木造建物。入り口には靴底についた雪を取り除くため、針葉樹の枝が敷かれている。左に刺してあるのは、鳥の餌になるよう籾がらか?。クリスマスマーケットにも売られていた

19世紀 Hälsingland地方のクリスマスディナーテーブルと書かれた外の案内板。かわいいイラストがわかりやすい

民族楽器のコンサートとともに展示されていたテーブルには、チーズ、お肉のロースト、干しだらの煮込み、お粥、まわし飲むビールとともに、一番目立っていたのが重ねられたパン

初に入った19世紀、ストックホルムより北のそこそこの農家(と学芸員さんから聞きました)のテーブルには、メインであるお肉のローストや魚の煮込み、チーズ、お粥が並ぶなか、一番目立っていたのはパン。日本のお供え餅を思わせるように、パンが重ねられていたのです。しかもてっぺんはあのルッセカットに似た形! 多くの見学客で慌しい中、学芸員と思われる女性に尋ねると、当時は一番下にいつもの黒いパン、雑穀入りのパン、そして上になるにつれ、白い小麦粉のパンと、ハレの日に近づくイメージなのだそう。それでは一番上はルッセカット、サフランブレッドかと聞くと首を横に振ります。サフランはスウェーデンでは生産されず高価だから入ってないとのこと。この後、いくつかの地方、階級のクリスマステーブルを見学したものの、サフランブレッドは見当たらず・・・。ただこの形は昔からあったことに間違いなしでしょう。

最初にサフランをパンに練りこんだのはどこの誰なのか、もしかしたら交易が盛んな港町を持つこの国のお金持ちが持ち込んだのかもしれません。そうそう、シナモンロールに使うカルダモンだっていまだ高価な部類のスパイスなのだから! 見学やコンサートに夢中になり、気づけば外は真っ暗。ロウソクの灯火と薪火の暖のみで、電気不使用のリアルな当時を再現するスカンセンの展示会場は、日の入り4時でクローズ。クリスマスマーケットをひやかす時間もなく退場です。その代わり、スーパーでかわいいクリスマスパッケージのサフランを見つけ、ルッセカットの旅土産としました。(これで作ってみよう!)

閉店間際のスカンセン・クリスマスマーケット。他と違うのは、屋台のスタッフが昔の衣装を纏っていることでしょうか。メルヘンチックな気分で買い物ができます

スウェーデンらしいトムテのクリスマス柄紙ナプキンと、パッケージデザインで買ってしまった高価なサフラン(イラン産)。0.5g入り2袋で一応特売の24.9クローネ

して最終日の午前、老舗のコンディトリVETE−KATTENに入ると、幸運が待っていました。オープンキッチン部分で、ルッセカットの成型を一人の職人さんが絶え間なく行っているではありませんか! 長方形に分割してある生地を、両手でころころ棒状にのばしたと思ったら、空中でくるくるっと指を使い、あっという間にS字に成型してしまいます。スローで動画再生したいくらい、一瞬の業。それを一日何回やるのでしょうか!?

VETE-KATTENのルッセカット成型後。きれいに並べてこの後休ませてから焼くのでしょうね 焼きあがっていた同店のルッセカットは、形も色つやも香りも魅力的。25クローネ

お店の方に聞きました。一日に作る数はシーズン中600から800個。ルシア祭当日となると、実に1000個ものルッセカットを焼き、売り切るのだそう。ちなみに近代ルシア祭の流れは1927年、ストックホルムの新聞社が、その年のルシア役を新聞で公募したのがきっかけとなって、国中で盛り上がるようになったそうです。美しく知的な少女を選び、それにまつわる黄金の菓子パンを食べる、こうして現在、サフラン入りのパンは、クリスマスシーズンには欠かせない国民食になっていたのでしょう。何はともあれ、良い年を迎えるために、ありがたくご馳走を頂かなくてはね! ルッセカットを追いかけた旅が、そう囁いてくれました。


シグトゥーナのサイト(英語)
http://destinationsigtuna.se/en/
スカンセンのサイト(英語)
http://www.skansen.se/en/
VETE-KATTEN
http://www.vetekatten.se/





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