にとって旅で最も楽しみなのが食事。これはもう言わずもがな・・・ですよね。なかでもその国の人が普段食べている家庭料理を口にすると、お寿司や天ぷら、すき焼きばかりが日本食じゃない、と外国人に言いたい気持ちと重なって、とても刺激になります。だからお料理上手なB&Bなどに泊まっては、しばしば家庭料理を習い、食べさせてもらっています。よく西洋料理は野菜が少ない、といわれますが、私の経験からすると、家庭ではお肉と同じくらいお野菜をとります。フランスではスープとサラダはお味噌汁と副菜のように毎日テーブルにのぼりました。もちろんデザートはマスト。例えば板チョコの包装紙に書かれたレシピで簡単にムース・オ・ショコラを作ってしまいます。でもどうせ行くなら、それとは別にハレの日の食事だってしてみたい。その国トップクラスのプロが仕立てる上質なお料理を味わって、国全体を感じとることが出来ればこれほど面白いことはないのです。

さて、昨今注目の北欧ガストロノミー。
フィンランドでの食事はどうしたかというと・・・?

昨年3月、三度目の渡芬にしてやっと、ヘルシンキ最先端の味を確かめるべく、ミシュラン星付きレストランでランチをいただくことができました。

ここでレストラン紹介の前に少し余談を。
「TORi」という、フィンランド大使館商務部発行の雑誌06号(2008年9月)の、特集'おいしいフィンランド'に、ある衝撃的なくだりがありました。以下、そのまま引用します。

「TORi」: http://www.fcc.or.jp/vf/pamphlet.php

2005年の夏に当時のフランス大統領、ジャック・シラク氏がイギリスを皮肉るための発言で「我々は料理のまずい国の国民は信用できない。イギリス料理はフィンランド料理に次いで不味い」と、思わずフィンランド料理をだしに使ってしまった事件。その直前にイタリアのベルルスコーニ首相も「フィンランドに行けばフィンランド料理に我慢しなければならない」と発言した伏線があった。両発言を受けたほとんどのフィンランド人の反応は、怒りではなく脱力だった。


いやはや、シラクさんもベルルスコーニさんも、一体どんな料理を召し上がったのでしょうね。国のトップともなれば、それ相応の料理であったはずですが。両国に比べたら、気候の厳しさゆえ農産物の種類が少ないし、調理法も単純、味付けもシンプル薄味というのがつまらなかったとか・・・!? 確かにヘルシンキのカフェで食べたフィンランド名物のロヒケイット(サーモンスープ)も、よく言えば具沢山で身体にやさしい薄味、でもフランス料理と比べたら、ぼやけた味と表現したくなります(笑)。

ヘルシンキ市内にあるセルフのカフェで食べたロヒケイット(サーモンスープ)は、ミルク仕立ての汁に大きめ野菜とサーモンの切り身がゴロゴロ、食べきれないほどのボリューム

てさてこの問題発言から7年、状況やいかに!? 私がランチをしたのは、首都ヘルシンキにあるミシュラン星付き店の中でも、ロケーション的に行きやすい1つ星のポストレス(Postres)。ヘルシンキの目抜き通り、エテラエスプラナーディに面し、店内は北欧モダンなインテリアで落ちついた雰囲気。ランチメニュは29ユーロと53ユーロの二種類が用意されていましたが、デザートのチョコレートフレンチトーストも気になることだし、せっかくなのでシェフズメニューの後者をと奮発しました。

ポストレスの入り口にあった「本日のランチコースメニュー」

北欧を代表する魚・タラをメインにした一皿。タラのブレゼ、キャビアと燻製卵黄と共に。燻製の香りに、サウナ小屋の煙や湖畔のBBQの情景が浮かびます。タラは中にムースが包んであり、ふわっと、繊細な海の味



ガラスの器に細かく彩りよく盛られた前菜トナカイのパストラミ、栗とセロリ添え。丸いリンゴンベリーゼリーの赤やスプラウトが、森をイメージさせます

デザートのチョコレートフレンチトーストも、くねくね曲げたガナッシュに森のベリーをアクセント添え動きのある盛り付け

写真でご覧の通り、センスある繊細な盛り付け。さすがにミシュラン星付きだけあります。これってフレンチ?と一見疑いながらも(盛り付けがきれいだとフレンチに見えてしまう日本人!)、食べていくうちに、どのお皿も、フレンチの手法を取り入れながら、基本はフィンランドの食材中心で、フィンランドの伝統を表現しているのかな、と感じました。お供だけはフランスワイン、この国ではワイン用ぶどうは栽培不可能なので仕方ないですね。輸入品のうえに税金も加わり、日本以上に高いので、フランスやイタリアと同じ感覚では頼めません(苦笑)。

POSTRES: http://www.postres.fi/lang/en

そしてこのレストランで、私がお料理以上に感動したのがパン。プレゼンも美しく、手にとる前から何か予感がしました。



POSTRESの自家製パン2種と石に載せられたバター。丸くて白っぽいものは馴染みあるフランスパンのようにさっくり、しかしローフ状の黒くツヤのあるパンは初体験、衝撃的

種類のうち、とても気になったのが黒いローフ。ツヤツヤの上部は、手に取ると少々手につくけれど、どっしりしっとり、そして素晴らしく甘い香り。黒蜜と炒った穀物のような深い味わい。日本人の心を掴む懐かしい甘さと旨み・・・一体これは何と言うパンで、何が材料でどうやって作るのか? たちまち私の興味はパンに注がれていきました。帰りがけに、お店の方にたずねたところ、フィンランドの伝統的なライ麦パンとのこと。ちゃんと名前を聞いたかどうかはもう覚えてないのですが、この後ヘルシンキ散策中に、同じ種類のパンを見つけることができたのです。こういう発見の連鎖があるから旅はやめられません!

そのパンの名前はマッラスレイパ Mallasleipä。直訳してみるとマッラスがモルト(麦芽)、レイパがパン。ということで調べてみると、ビールの原料にもなっている麦芽(麦を発芽させたもの)と、ライ麦粉、糖蜜等で作られていることがわかりました。さらに前述の「TORi」では、'魔法の黒パン'の見出しで大きく紹介されていたのです。その記事を読んでいくと、いくつかのキーワードにひっかかります。
(1)日本人には一見どれも同じように見える黒パンでも地方によりかなり材料や製法に特色がある。
(2)恐ろしくバターと相性のパン。
(3)熟成が進むほど旨みが増すので2週間後くらいが一番の食べごろ。
(1)については、地方をまわったわけではないけれど、売り場に並ぶ黒いパン=酸っぱいだけでなく、甘かったり、スパイス入りだったり、乾いたもの、しっとりもっちり、平たいもの、穴のあいたドーナツ状のものなど、バラエティの豊かさに圧倒されます。(2)は、ずばりその通り。(3)シュトレンやパネトーネといった菓子パンはさておき、2週間かけて熟成する食事パンなんて、他にあるでしょうか!?

私は偶然入ったオーガニック系のグロサリーショップ Juuren puoti(どうやら昨年秋にクローズしてしまったようです)で見つけ、日本へ買って帰りました。すぐに食べ始めなかったので熟成の段階はわかりませんが、香りと旨みは抜群。見た目ではわからなくても、穀物を発酵熟成させる醤油や味噌文化を持つ日本人なら、この旨みにはピンとくるはずです!

Juuren puotiの店内。ショーケースの奥にある棚には黒パン系があれこれ並ぶ
その棚にひときわ黒くつややかなパン・マッラスレイパを発見。店員さんと話しながら、レストランで食べたのと同じ種類だと確信し、購入
日本に持ち帰り、数日後にカット、試食。断面をよく見ると、黒く粒粒した何かが入っている。麦芽、それとも?


パンを包んでくれたJuuren puotiのオーガニック系らしいかわいい袋

ッラスレイパ(マッラスリンプともいうようです)は、ストックマンデパートの広大なパンコーナーでも売っていました。日持ちがするマッラスレイパはお土産にはもってこいです。

お料理のバラエティではフランスやイタリアに一歩譲るフィンランドだけど、パンのジャンルでは負けていない、いえいえ、世界有数ではないでしょうか。ああ、もっとフィンランドパンが日本に紹介されてもいいのに!


ここからは蛇足。帰国後、マッラスレイパの作り方を調べた私は、その後の渡芬で日本では売っていない材料のライ麦モルト MALTAITAを購入。さらに色々見聞きするうちに、イースター(復活祭)頃に食べられるマンミ Mammiというデザートも、これを材料に混ぜ焼き、数日置いてから食べる熟成&旨み系だと知り、先日、ちょうどイースターの頃に面白がって作ってみました。混ぜては寝かすという作業を、2時間ごとに何度も行うため、手間はかかるけれど至って簡単。見た目は黒くてどろり、ぱっとしませんが、酸味や苦味の角が取れ、日に日に甘み旨みが増していき本当にびっくり。マッラスレイパに通じます!

ライ麦モルトMALTAITAのパッケージと中身(ガラスボール下、上はライ麦粉)。このままちょっと試食すると炒った香ばしさが広がる。裏にはマッラスレイパのレシピが書かれています。用意する材料は、ライ麦モルトの他、水、バターミルク、イースト、塩、シロップ、溶かしバター、ライ麦粉、小麦粉。さて、‘魔法のパン’は果たして日本でも作れるかな?

自作のマンミ。クリームや牛乳、お砂糖をかけて食べるのだそう。市販品の種類も多く、フィンランド在住の日本人には餡子のような感覚!? で、意外とはまるとか

いやはや・・・見たことのない黒い食べ物というのは、一瞬不気味でとっつきにくく、損をしていますね。
その後ろに隠された美味しさは、やっぱり食べてみないとわからない。改めてそれを実感した経験となりました。





旅日記・トップに戻る