‘オリジナリティに溢れた美味しい料理は国境地帯、人の行き交うところにあり。’

これは私の経験で感じたことです。例えばバスクにアルザス、ふたつの地域はそれぞれスペイン、ドイツとスイスとに接し、海や川の港を持つ交易の拠点でしたよね。土地の産物はもちろんですが、異なる文化を持つ人とのやり取りは、どんなに創作のエネルギーになったことか! だから私は国境地帯の食べ歩きが大好き。

北欧・交易といえば、ヴァイキングが真っ先に思い浮かびますが、その後はハンザ同盟、東インド会社と海に囲まれた国らしい歴史を歩んでいます。歴史には詳しくないので個人的な想像ですが、スウェーデンがカルダモンやサフランなど、高価な輸入スパイスをお菓子に頻繁に使うのは、彼ら海人の戦利品的なエッセンスなのかなと思ったりします。

そんな国境エリア好きな私が、昨年目をつけ訪ねたのがオーランド諸島。

「えっ、いったいどこにいるの?」

Facebookに旅先から島へ渡る写真をアップしたところ、こんな書き込みがありました。

どんなにヨーロッパや北欧好きでも知る人は少ない。当の私だって、旅程を決めている途中、地図とにらめっこしているうちに初めて知った地名なのだから。そして見つけてしまったのです。ここが、独特の道を歩み、「独特のパン」と「パンケーキ」のある島であることを!

*オーランド諸島・・・スウェーデンとフィンランドの間、ボスニア湾の入り口に散らばる6500を越える島々からなる群島。中世にヴァイキングが定住した地域ですが、近代戦争等の事情により、1921年、 ‘フィンランド’の‘自治領’となりました。しかし島民の大多数がスウェーデン系であるため‘スウェーデン語’のみを公用語とし、自治領独自の旗や郵便切手を持ちます。
かなりはしょった説明なので、詳しくは、画像も美しいVisitFinlandのサイト↓(日本語)をご覧ください。

http://www.visitfinland.com/ja/kiji/afurenbakarino-omoshirosa-gatsumatta-o-rando-sho/

・・・青に黄色い十字のスウェーデン国旗にフィンランドの国章に使われる赤を加えたオーランド自治領の旗。


パンとパンケーキの島、オーランド諸島の名物は切手にも描かれています。

4枚のうち左下がオーランドの黒パンÅlands svartbrödと島のチーズ、右下がオーランドのパンケーキÅlandspannkaka。ちなみに左上はサーモンマリネ、右上はニシンのソテー


あ、オーランド諸島の概要はこれくらいにして、そろそろ島の名物を紹介しましょう。まずは‘オーランド諸島の黒パン’から。

前回(vol.12)のレポートで、黒くて甘くて熟成するパン…マッラスレイパMallasleipäを紹介しましたが、オーランド諸島の黒パンも同じような材料を使い、同じく日ごとに熟成する性質を持ちます。お土産にも最適であることは、スウェーデンとオーランド諸島を結ぶフェリーの売店で、袋入りの真っ黒いパンが山積みされているのを見ればわかります。レシピの書かれたポストカードも売られていますし(スウェーデン語ですが)、島で入ったレストランでも、黒いパンは必ずありました。


オーランド諸島でも人気の島シルヴァシェールSilverskärのレストランで供されたパン。左下がオーランド島の黒パン。クリスマスシーズンは多忙のため、近くのパン屋から仕入れているとか

フィンランドの有名シェフ、ミカエル・ビョークルンド氏が、故郷オーランド島に帰り立ち上げたレストラン・スマークブーSmakbynのパンはローフ型の黒パンとクネッケ

甘くこくのある黒パンはビュッフェの魚介や野菜、乳製品と良く合う

オーランド諸島の黒パンÅlands svartbrödのポストカード。写真のように、丸くて表面が平らでところどころ窪みがあるのが特徴。どっしりしているので重ねても潰れない


っと気になっていた黒パン、ここまで来たら、作るところを見てみたい、できるなら自分でも焼いてみたい! やっぱりいつもの欲がでました。何件か当たったところ、幸運にもオーランド諸島の名物をレクチャーしてくださる方が見つかりました。数年前まで島にあった料理学校の先生をしていたソリさんです。19世紀に建てられた'船乗りの家'に住むソリさんは、どこか芸術家の雰囲気。
「オーランド諸島料理とキッチンの取材を、フィンランドの女優で作家のVivi-Ann Sjögrenさんから受けたことがあるのよ」。
お互い自己紹介をする中で、彼女はそのときの様子が編纂されたVivi-Ann Sjögrenの著書「kök」(=キッチン)を私に見せてくれました。美しい写真とともに掲載されたお料理の数々、オーランド島名物のパンケーキやパンを眺めているうちに、ここでの滞在が素晴らしいものになる予感がしてなりませんでした。


Vivi-Ann Sjögren著「kök」表紙(左)とソリさんのオーランド諸島料理とベイキング紹介ページ(右)。ちなみにこの本は2008年北欧料理本の賞で一位に輝いたそうです


それではソリさんに教わった、オーランド諸島の黒パンÅlands svartbrödの作り方をどうぞ!


オーランド諸島産のサワーミルク。乳酸発酵させた酸っぱい乳。日本ではなじみのない乳製品ですが、北欧やドイツ語圏などではポピュラーで、そのまま飲むほか、これでチーズを作ったりもします

前回のレポートでも登場したライ麦の麦芽。この香りがこのパンの特徴になる

ポメランスカルPomeransskal は、ビターオレンジの皮粉末。柚子にも通じる柑橘香は、ライ麦との相性がよいのだそう。独特の苦味がパンの味わいに深みを与えるような気もする

材料は、イースト、サワーミルク、ライ麦芽、粗挽きライ麦粉、小麦粉、シロップ、塩、そしてポメランスカル(ビターオレンジの皮粉末)。

人肌に温めたサワーミルクにイーストを溶かし、シロップ、塩、粒の粗いものから粉類を混ぜ、捏ねあげ、発酵させます。やっとまとまるくらいの固さです。


イーストを溶かしたサワーミルクにライ麦芽を入れ水分を吸わせる


生地はやっとまとまるくらいの固さ
ライ麦を混ぜ、小麦粉を入れ混ぜていく


発酵後は、丸めて麺棒で厚さ3cm位に平たくのばし、指で数箇所くぼみを作り、しばらく置きます。

くぼみを作ると見た目フォカッチャのよう

中温のオーブンでじっくり焼きます。ほぼ焼けたところで、一度取り出し、水でのばしたシロップを表面に塗り、再びオーブンに入れます。火からおろした後に、もう一度シロップを塗って、予熱のオーブンに入れたままゆっくり冷まします。こうすることで中はしっとり、表面は艶やかなカラメル状態になるのですね。

焼いた翌日の'オーランド諸島の黒パン'。クリスマスシーズンらしく、テーブルにはお決まりのミカンも

やさしいキャラメル色の断面


日、朝食のテーブルには‘オーランド諸島の黒パン’がありました。このパンは焼きたてよりも日を置くほどに美味しくなるパン。だから翌日ではまだ深い味がでないけれど、自家製のフレッシュチーズや森のキノコの甘酸っぱいマリネ、島特産のバターをたっぷりのせ食べると、口の中でじわじわと甘み旨みが引き出され、ついもうちょっとと、癖になる美味しさ。パンとバター、パンとチーズ、こんなシンプルな食べ方が劇的に美味しいと、ああ、生きていてよかった、と思えるものです!

朝食に、自家製フレッシュチーズと森のきのこマリネを添えて。相性はいうまでもないが、このきのこマリネが今まで食べたことのない味付けで絶品。スパイスやハーブの香りが甘酸っぱいマリネ液にぴりっとパンチ。いくらでも食べられそう

ソーセージの端っこがぶら下げてあるソリさんのキッチン窓には、毎朝いろんな鳥がやってくる

フィンランド本国とは違う独自の切手を発行するオーランド。2012年版クリスマス郵便シールにも鳥が描かれている


「オーランド諸島の黒パンは、一般の島民は自宅であまり作りません。本来の作り方は発酵にもっと時間がかかり、熟成させて食べるからです。そうして焼いた黒パンは、日持ちが長く、味わいも深いものになります」と、ソリさん。そういえば、帰路のフェリー待ち時間にマリエハムン(オーランド諸島唯一の町)のホテルロビーで、たまたま話しかけられた元パン職人という男性、彼からはこんな台詞が・・・。
「オーランドの黒パンを作ったのかい? はははっ、あれはとても手間がかかるよ。なにせ焼くのに4時間かかるし、その間も1時間ごとにオーブンから取り出し、シロップを塗るのだからもう大変。はははっ」。

保存がきいて腹持ちもよく、乳製品はもちろん、魚介類やマリネともよく合う、丸くてフラットで重ねられるパン。オーランド諸島の黒パンは、船乗りや漁師の生活に寄り添う形で生まれたパンなのでしょうね。日本で手に入るお魚ではどうかと、スモークサーモンや魚の南蛮漬けなどのせてみたら、実によく合います。お魚が美味しい国同士、なんだかうれしいですね。

今のところ日本ではなかなか体験できない黒パンですが、もしヨーロッパ旅行でヘルシンキ空港にトランジットする機会があったら、甘くて熟成するフィンランドの黒パンをお土産にされてはいかがでしょうか。ポワラーヌのパンと同じくらい、抱えて帰る幸せに浸れますよ。


オーランドで出会った美味しいもの、次回はパンケーキを紹介します。





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