欧には、うらやましくも驚きの自然享受権という法的権利があります。どんな権利かというと、人は宅地や畑に近寄らなければ、たとえ私有地でも森や湖へ自由に入って散策でき、きのこやベリー類など、森の恵を収穫することができるというもの。テントで寝泊りすることさえ認められているというのだから、寛大ですよね。彼らはこの共有権利と習慣によって、小さいときから節度や社会的ルールを学ぶといいます。日本に比べ人口の少ないこともそれを可能にしているのでしょうけれど、本当にどこにもゴミが見当たらないし、乱獲された様子もないのです。

そんな自然享受権を、外国人である私も使わせていただき、この夏フィンランドの森へブルーベリー摘みに行きました。今回は、その様子と楽しみ方、日本でも簡単に再現できるお菓子レシピを紹介しましょう。

森に入れば、膝元にはブルーベリーがいっぱい
こちらはオーランド島の森


地域にもよりますが、ブルーベリーの旬はだいたい7月中旬から8月中旬。昨年、フィンランドはとても寒い夏だったそうですが、今年は夏の訪れがとても早く、ヘルシンキ郊外の森では7月初旬から熟したブルーベリーが見られたと、宿のマダムから連絡が入りました。 「今年は熟すのが早いから急いだほうがよさそうよ」

場所はヘルシンキから車で1時間ほど北へ行った、森の中のB&B。昨年春、凍った湖の畔のサウナ体験をし、ルーネベリタルトを作ったリータさんのお宅です。

カラマツ、白樺、トウヒなどの木々茂る森一体がベリーの宝庫。うらやましい環境です


さあ、ブルーベリーを摘みに森へ!

その前に、服装に気をつけなければなりません。野生のブルーベリーの木は、栽培種と違って膝丈くらい。枝が引っかかるので長ズボン、それに地面が滑りやすく、稀に蛇も出るので長靴は必須です。教えられた通り着替えて出発。車でどこかの森へ行くのかと思いきや・・・歩いて1分もかからず到着。庭のすぐ先がブルーベリーの森だったのです!

「この道具を使って、こうやって収穫するのよ」 先が櫛状でちり取りのような専用道具を手にとり、リータさんがお手本を見せてくれました。

右手に持った赤いちりとりのような道具でブルーベリーの実った枝の下から掬い上げ、一度に複数粒を収穫します

櫛のような形で粒だけを取り込む仕組み  オーランド島での収穫


小さい子供用や、こぼれ落ちないストッパー付などもある。ホームセンターにて


本の栽培種ブルーベリーは、ひとつの房の中でも完熟時期が一粒一粒違うため、見極めながら指で一粒ずつ収穫するのですが(ちょっとでも早いと酸っぱく渋い。だから値段が高いのです)、フィンランドの森のブルーベリーはさして変わらないためか、少々荒々しい方法で一気にかきとります。傷ついたりしないのか心配ですが、野生種は粒の皮も厚くポロポロポロっと面白いように中に貯まっていきます。この株のは甘いとか、美味しいとか、時々味を見ながら、深呼吸しながら過ごす森の時間、気づけば指先が真っ青に染まっています。ものの1時間で、1リットルは軽く収穫できたでしょうか。腰が痛くならない程度の森林浴で気持ちが潤い、元気も拾った気分!

左の赤い実はリンゴンベリー。ブルーベリーと同じくツツジ科の植物なので似ているが、ブルーベリーよりも葉に厚みがある。今年は7月に色づいた実もあってびっくり。通常ならブルーベリーの後、9月頃に収穫シーズンを迎えるのだそう。IKEAのミートボールに添えられることで有名になりましたね

こちらは底がストライプ状になったブルーベリー掃除ザル。ゆすると細かい枝や葉などが落ちる仕組み


収穫したブルーベリーは、専用のザルで、一緒に入ってしまった葉っぱや細かい枝などを振るい落とします。その後は洗わずすぐにパック詰をして冷蔵もしくは冷凍するのが北欧流。リータさんも、こうして一年分を冷凍ストックしておくのだそう。ちなみに今年はちょっと少なく、収穫は20リットルとのこと。フィンランド家庭の平均がどのくらいかわかりませんが、牛乳パック20個分が冷凍庫にあるってすごい! (この後もラズベリー、リンゴンベリー、シーバクソンと冷凍保存するベリー摘みは続くのですよ)

摘み立てのフレッシュな森のブルーベリーを使って、早速お菓子作りが始まりました。フィンランドには、山ほどブルーベリーのレシピがありますが、今回は夏にぴったりの、オーブンを使わないケーキを作ることに。材料を揃えたテーブルには、フィンランドで長年親しまれているドミノというクリームサンドココアクッキーの箱がありました。その姿や、オレオそっくり。どこの国にも似たようなお菓子があるものですね。それを大胆にフードプロセッサーで砕き、タルト型に敷き詰め、ミントとライム風味のクリームをフィリングに、ブルーベリーで表面を覆って出来上がりという、昔懐かしいグラハムクラッカー敷きのレアチーズケーキを思わせるお手軽プロセス。ところが食べてみると、ミントとライムの青々しい清涼感と発酵クリームのこく、クッキー台の香ばしさと食感、ブルーベリーの酸味と瑞々しさがかみ合って新感覚の美味しさ! 

「オーブンを使わない夏のおやつ」のレシピ特集を参考に。フィンランドではオーブン設備のないサマーハウスもあるので、こういったレシピは重宝される

フィンランドの国民的クッキーDOMINOは、ココア風味のザクザク生地にヴァニラクリームサンドが基本で、いくつかヴァリエーションがある。今回は中に詰めるクリームに合わせてミントクリーム版を選んだ

冷蔵庫でしっかり冷やし固めるだけでOK。ブルーベリーのたっぷり盛りが快感



これは日本でも作ってみたいと、帰国後日本で調達できる材料でアレンジして試作。食いしん坊仲間に試食いただいたところ、目新しさと簡単さが好評だったので、ここにレシピを紹介します。国産ブルーベリーの季節は終わってしまったけれど、ノーワックスの国産ライムは11月頃までが旬です。今年の夏を偲んでぜひ。

ブルベリーのサマーケーキ


●材料:(直径20cm位のタルト型1個分)
オレオ(またはザクッと
したチョコクッキー)
170g
溶かしバター約20g (*クリームサンドビスケット以外を使ったときは、つながりにくいので量を増やし調整)
クレームエペス200g (脂肪分の低い発酵クリーム)
ブラウンシュガー50g
生クリーム(34%)200g
ライム皮すりおろし1個分
ライム汁小さじ1
生スペアミント 粗みじん切り 大さじ2
生ブルーベリー250gくらい
飾り用スペアミント適量
●作り方:
1)フードプロセッサーでクッキーを粉砕し、ボウルに移し、溶かしバターを混ぜたら、底の抜けるタルト型に2〜3mm厚さに指で側面と底に敷き詰める。
2)ボウルにクレームエペスとブラウンシュガーをホイッパーで混ぜる。
3)別の冷たいボウルで生クリームを9分ほど(しっかりめ)に泡立て、2)とライムの皮、ミントをゴムベラで混ぜ、1)に縁高さまで入れ、ブルーベリーを盛り、冷蔵庫で冷やし固める。ミントを飾る。
オレオはフィンランドのドミノより味が濃いので、お好みでグラハムクッキーをブレンドするとよい。
レアチーズのような雰囲気ですがゼラチンも卵も使わないのでもっと簡単。フレッシュブルーベリー、ライム&ミントの清涼感と、ブラウンシュガー&ココアクッキーのコクのある甘さ、このコントラストが癖になる


ちなみに北欧の人はレモンやミントが大好き。紅白ストライプの包みで人気の「Marianne(マリアンヌ)」は、チョコレート入りのミントキャンディー。それを粉砕した製菓材料まであるほどです。


て、ブルーベリーに戻りましょう。次に作ったのはコーヒータイムの定番プッラ(たいていはカルダモンを練りこんだ菓子パン)。生地にブルーベリーとヴァニラクリームを包んで焼くこと10分、中身が蒸されとろ〜っとジャム状に。口の中で甘いクリームと混ざって甘酸っぱさが広がり、ついもうひとつと手がのびます。フィンランド人ファミリーは、一人3つは軽く食していましたよ。野生のブルーベリーは栽培種よりひとまわり粒が小さいので、火が通りやすいのだと思います。そのまま日本のブルーベリーで作ってみたものの、短時間の焼成ではジャム状まで至らず、酸味とコクが物足りないのです。日本のブルーベリー(または輸入の栽培種)を使う場合、レシピによっては工夫が必要だと実感。あの味になんとか近づきたいものです。

カルダモン入りのプッラ(菓子パン)生地に、野生のブルーベリーとヴァニラクリームをのせて包む

焼きたてのブルーベリークリームプッラでコーヒータイム。昼の長い夏のフィンランドでは、食事もおやつも外で食べることが多い

冷凍ストックのブルーベリーを使って、昨年冬の訪問時に教えていただいたお菓子がこちら。周りがサクッ、中がソフトで甘酸っぱいこの焼き菓子は、リータさん自慢のブルーベリーパイ(mustikkapiirakka)。パイといってもフィユタージュではなく、ガトー・バスクのようなやわらかいバター生地のタルトといった趣。

リータさんのブルーベリーパイ(mustikkapiirakka)は、数種類の粉とブラウンシュガーの使用で味に深みがあります

フィンランドでブルーベリーパイ(mustikkapiirakka)と呼ばれるお菓子には、スタンダードがあってないようなもの。お店によって、家庭によって様々なスタイル、レシピがあり、どれもがその‘うちのブルーベリーパイ’なのです。オーランド島のソリ先生は、多くのレシピを持ちながら、「地味だけれど昔ながらの発酵生地に焼きこんだmustikkapiirakkaが一番好きだから」と教えてくれました。

カルダモン入りの菓子パン生地をタルト型に敷き、ブルーベリーと砂糖をのせて焼きこんだソリ先生のブルーベリーパイ(mustikkapiirakka)。このタイプは本当に飽きが来ない。ケーキっぽくホイップクリームをたっぷり添えても

また、「生のブルーベリーはこの食べ方が最高なのよ」と見せてくれたのが、ヴィーリ(Viili)という発酵乳製品と一緒に食べるというもの。フィンランドにはたくさんの乳製品がありますが、ヴィーリはひとパックを少し温ためた牛乳に溶いて時間を置くだけで、再び発酵して固まる乳酸菌食品だそう(もちろん売っているままでも食べられます)。 朝食用に、前日に作って器で発酵させたヴィーリは、粘り加減といい乳風味のマイルドな酸味といい、カスピ海ヨーグルトのよう。

朝食に森で摘んだブルーベリーをヴィーリにたっぷりのせたら、お砂糖をかけていただきます。極めて単純だけれど、収穫や発酵に手をかけた分、ここにしかない贅沢を味わった気分。ブルーベリー盛り放題で幸せ


おしまいに辛口のものをひとつ。

オーランド島唯一のクラフトビール醸造所〜スタルハゲン(STALLHAGEN)の季節限定ブルーベリーエールは、ベルギーのチェリービールのように甘いのかと思いきや、きりっとした辛口。材料のブルーベリーはオーランド島産だけではないとのことですが、アロマにふわっとブルーベリーを感じます。長時間発酵させたここのビールはシャンパーニュのように泡が細かく深みがあり、他も試したくなりました。

夏限定ブルーベリーエール。ブルワリーではサーバーからサーヴされる

そのままでも手をかけてもおいしい、北欧のブルーベリー&ベリー類についての話は尽きません。今回もれてしまったことは、またの機会に紹介したいと思います。







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