リスマスのおよそ1ヶ月前になると、フィンランドの人は友人や職場の同僚に、ピックヨウル(pikkujoulu)を呼びかけます。ピックヨウルとは、ピック=小さい、ヨウル=クリスマスという意味で、いわゆるクリスマスパーティーのこと。クリスマス当日は家族水いらずで過ごすので、その前に気の置けない仲間とわいわい飲んで食べる、楽しむ・・・そう、ピックヨウルはいわば日本の忘年会のようなもの。普段はあまり外食をしないフィンランド人も、ここぞとばかり高めのレストランを予約して大いに盛り上がるそうです。そのときレストランが用意するのが、ヨウルポユタ(Joulupöytä、スウェーデン語だとユールボードjulbord )といって、テーブルいっぱいにクリスマス料理を並べたビュッフェ。さてさて、北欧が元祖といわれるビュッフェ、そのクリスマス料理とは、一体どんなものなのでしょうか?

今回は、昨年訪れたオーランド諸島のクリスマスビュッフェを紹介します。レストランの名前はシルヴァシャール(Silverskär)。ここは中心の町マリエハムンから40kmほど離れたプライベート所有の小島で、レストランはその付随施設。宿泊は、基本グループでしか受け付けていません。だから食べ終わってベッドへ直行するわけにはいかず、クリスマスビュッフェのためだけに、みな車を走らすのです。にもかかわらず大変人気があり、連日ほぼ満席状態。宿泊先のマダムが満席の隙間をぬってなんとか予約をとり、同行してくれることになりました。

シルヴァシャール島の船着場。お昼だというのに怖いくらいの暗さ

この怖さから開放されるのが、窓辺の灯り。だから北欧の窓に外から見える照明は欠かせない


メインアイランドの船着場に車をとめたら、モーターボートの送迎でシルヴァシャール島へ。揺れは気になりませんが、凍結した足場に転倒しないか緊張します。モノトーンの景色の中に、やわらかい照明の灯った北欧の赤い建物が見えると少しほっとしました。でもやっぱり寒い! 数メートル雪道を歩き、最初に見えた小屋へと通されました。ここがレストランと思っていたら、薪ストーブの上にはグロッギ、テーブルにはピカルカックが用意されていました。グロッギとはスパイスと一緒に煮込んだホットワイン。北欧ではこれにアーモンドとレーズンをお好みでトッピングするのが慣わしです。沈殿したレーズンやアーモンドがふやけたところを掬って食べるとおいしいのです。ピパルカックは胡椒クッキー、つまりフランスのパンデピスやドイツのレープクーヘンにあたるクリスマス菓子ですが、はちみつではなくシロップで甘みをつけ、油脂も加え、ごく薄く焼くのが特徴です。ピカルカックとグロッギとの組み合わせは鉄板! 北欧ではブルーチーズをのせて食べるのも人気です。こちらのピパルカックはスタッフ女性の手づくり。あまりに美味しくてお土産にしていただきました(市販品もありますが、スパイスなど、レシピの微妙な配合で個性がでます)。 スパイスとアルコールで体は温まり、そしてテンションは徐々にあがっていきます。

最初に通された小屋では、薪ストーブで温めたグロッギのいい香りが漂っていました。伝統的な造りの窯ではパンも焼けるのだそう

グロッギにピパルカックのもてなしにほっと一息。テーブルのレーズンとナッツを好きなだけ入れたり食べたり

ウエルカムドリンクのテーブル。北欧ではロウソクは欠かせない

窓辺の飾りにもGOD JUL(メリークリスマス)


ストランの扉を開け、いよいよヨウルポユタの席へ。マダムと私は、ボートで一緒になった地元カップルと同じテーブルに着きました。周りを見回すと地元らしきグループだらけ・・・この足元悪いオフシーズンに観光客は極少数、ピックヨウルにかける島民の意気込みを感じました!

レストラン棟の入り口。扉のリースにも雪が・・・

木をふんだんに使ったトラディショナルな店内。海と共に暮らすオーランド島らしく、船の模型がところどころに。ピックヨウル仲間で盛り上がれるようなテーブル配置


飲み物を注文したら早速ビュッフェへ。マダムが種類や食べ方などを説明してくれました。まずは冷たい食べ物からお皿にきれいに盛ります。代表的なのは海の幸。ニシン類のマリネはニシンの種類と漬け込む味付けやソースで変化があります。森のジュニパーやディルなどのハーブ、サワークリーム和えなど彩りも考えられ、まるで日本のお漬物や和え物のよう。ヨーロッパでは珍しく、北欧の人は魚卵好き。イクラよりも小ぶりのマス類の卵を、マダムが目の色を変えてたっぷり盛り付け、私にもしきりにすすめます。もちろんイクラ好きの私にはたまりません! それから北欧といえばサーモン類と燻製。魚を食す日本人にとっては、臭みもなくほっこりした身のお魚料理の数々がとてもありがたい。



豊富な種類のニシン類マリネ。オーランド島の黒パンもあります

手前はアーティーチョーク・あんず茸添え
魚のスモーク類も色々
フィンランドのクリスマスには欠かせないビーツ入り赤のサラダ・ロソリ




ラベルもかわいいオーランド島地ビール・スタルハゲン醸造所のクリスマスビールと一皿目。魚卵のクリーム和えは黒パンにもぴったり
2皿目。一度では盛りきれないほど魚のお料理は多い


べ終わったお皿はそのままテーブルに置き、お肉料理に進みます。クリスマス料理というと、日本では鶏肉のイメージですが、北欧では豚肉の塊を塩漬けし火入れしたハムが代表です。厚めにカットして、甘めのマスタードをつけて食べるのですが、すでに塊は全てスライスされ、残り少なく寂しい状態・・・さすがにメインを飾るだけあって、人気のほどがわかります。それでもここはビュッフェ。冷たいお肉類だけで何種類あったでしょうか。パテ、レバーペースト、ローストビーフにソーセージ、エルク(ヘラジカ)や子羊など、魚類に負けないくらいのお皿が並んでいました。

お肉の煮こごり、レバーペースト、タン、テリーヌ、ポテトサラダ、赤キャベツの酢漬けなど

ほとんど形がなくなってしまったけれど、クリスマス料理に欠かせないハムとマスタード

エルク(ヘラジカ)肉のマリネや同ソーセージのようなジビエ料理も登場

ソーセージ類、ローストビーフ、ソースはホースラディッシュのクリームやリンゴンベリーで


盛り付けたお肉のお皿。我慢できず、温かいものも一緒にとってしまいました(苦笑)


あたたかいお料理もいくつか並びます。お肉の煮込み料理と、フィンランドのクリスマスには欠かせない伝統のキャセロール3種。その3種とは、じゃがいも、にんじん、ルタバガ(スウェーデン蕪)をそれぞれ茹でてから潰して牛乳やクリーム、卵、シロップ、塩コショウなどで甘めの味付けをし、オーブンで焼きあげた、何とも形容しがたい素朴で温かい土もの料理。野菜が採れない冬に、保存のきく根菜類で栄養をとろうとしたのでしょう(大人の離乳食というたとえもあるようで・・・笑)。

あたたかい料理は、ご存知ミートボール、ヤンソンの誘惑(じゃがいものグラタン)をはじめ、じっくり煮込んだお肉類が保温状態で並びます

キャセロール3兄弟。奥から人参のキャセロール、右がルタバガ(スウェーデン蕪)のキャセロール、左がじゃがいものキャセロール。いずれも粗いピュレ状で甘めの味付け


よいよ大詰め、デザートへ進みます。でもこの時点でお腹は相当きつい。欲張ったつもりはないけれど、ひととおり食べないと気がすまないのがビュッフェの悩ましいところ。ふと隣のテーブルに目をやると、恰幅のよい男性がお料理をテンコ盛りし、ビュッフェとテーブルを何度も行き来しているではありませんか。さすが地元、さすがピックヨウル! しかしこちらはモーターボートで波に揺られ帰ることを考えなければなりません。半分諦めなみだ目で少しずつ、興味のあるものだけに絞ってお皿にとりました。島のミルクで作ったチーズも珍しい島育ちぶどうのジュレもあります。

一息入れて、選んだデザートを食べ始めました。「おっ、おいしい。でも何なのこれ?」 キャセロールに入ったプリンのようなブリュレのような・・・でもずっとあっさりしていて甘ったるくなくミルキーで・・・。もう一度確認すると「Kalvdans」という名がついています。お店の人によると、牛の一番ミルク(濃い部分)とアニスを混ぜ、ほんの少しの砂糖と焼いたものだそう。卵は使わないと聞いたのに、この絶妙なふるふる感はバスク地方のマミヤ(クワハダ)に通じる幸せ味。そこにオレンジ色をしたシーバクソンソースのキュンとした酸味が心地よい。あんなに苦しかったのに、これだけは別腹、おかわりをしてしまいました。

オーランド島Önningebyで露地育ちのぶどうジェリーと島のチーズ。チーズはともかく、こんな北の地でも露地でぶどうが育つなんて驚きです

Kalvdansと名札のついたプリンのようなものは、シーバクソン(海沿いに自生し秋にオレンジ色の酸っぱい実をつける果物)のソースを添えていただきます




最後はデザートコーナー。洋梨のコンポート、メレンゲクリーム、ムースショコラ、クッキーやチョコレートなど、名前もわかりやすく、見かけも想像のつくものが並ぶ中、想像以上に気に入ったデザートがひとつ。それは・・・


オーランド島のクリスマス料理は、フィンランドのキャセロールと、スウェーデンの肉料理をうまく取り入れ、海の幸森の幸を盛り込んだハイブリッドだといわれます。はじめてのクリスマスビュッフェ体験では、種類が多くて困るくらいしあわせな味を堪能しました。

こちらでは本物のもみの木がツリーに。本来は家の中に飾るのは24日になってからだそう

オーランド島は遠いですし、行く機会はなかなかないかもしれませんが、もしクリスマスシーズンにフィンランドを訪れることがあれば、ぜひそこでのクリスマスビュフェを味わってみてください。

Silverskär(シルヴァシャール)サイト (英語ページあり)
 http://www.silverskar.ax/en

オーランド島観光局サイト(英語ページあり)には、美しい島の写真がたくさん
 http://www.visitaland.com/en








旅日記・トップに戻る