なさんは「ニューノルディック・キュイジーヌ」という言葉を知っていますか? デンマークはコペンハーゲンの「ノーマ」が、世界の食通達が選ぶ「世界のレストラン50」で2010年から3年連続一位を獲得したことは、ちょっとした食いしん坊なら記憶に新しいはず。それより少し前まで北欧料理といえば、サーモンやニシン、ミートボールといった素朴な料理しか思い浮かばないほど、美食からはかけ離れたイメージでした。それが2003年、世界的有名店「エルブリ」のシェフであったフェラン・アドリア氏の「今後可能性があるのは北欧だ」という発言により、北欧の料理人たちが触発されたのです。翌2004年には「ニューノルディック・キュイジーヌのマニフェスト10か条」が発表され、北欧料理はめきめきと、その新鮮な素材で個性、魅力を引き出す方法を追及し、進化していきました。

そのマニフェストとは具体的にどんなものかというと・・・
1:北欧という地域を思い起こさせる、純粋さ、新鮮さ、シンプルさ、倫理観を表現する。
2:食に、季節の移り変わりを反映させる。
3:北欧の素晴らしい気候、地形。水が生み出した個性ある食材をベースにする。
4:美味しさと、健康で幸せに生きるための現代の知識とを結びつける。
5:北欧の食材と多様な生産者に光を当て、その背景にある文化的知識を広める。
6:動物を無用に苦しめず、海、農地、大地における健全な生産を推進する。
7:伝統的な北欧食材の新しい利用価値を発展させる。
8:外国の影響をよい形で取り入れ、北欧の料理法と食文化に刺激を与える。
9:自給自足されてきたローカル食材を、高品質な地方産品に結びつける。
10:消費者の代表、料理人、農業、漁業、食品工業、小売り、卸売り、研究者、教師、政治家、このプロジェクトの専門家が力を合わせ、北欧諸国全体に利益とメリットを生み出す。

とてもわかりやすい内容で、日本における地産地消の動きと通じる部分もありますよね。それもそのはずで、このマニフェストは、ミシュランの星つきレストランに限ったものではなく、田舎の民宿や病院、学食、一般家庭のキッチンにまで及ぶことを目指しているものだそう。結果、星つきレストランは増え、「世界のレストラン50」に選ばれるなど、ニューノルディック・キュイジーヌは世界の注目の的となっていったのです。

さて、その新北欧料理、せっかく旅行で訪れるなら、体験しないではいられません。今回は運良く予約の取れた、2011年にオープンしたストックホルムのレストラン「ガストロロジック」でのディナーを紹介します。

ヤコブとアントン。ふたりの若手料理人が立ち上げたガストロロジックGastrologik は、ストックホルムのショッピング街、エステルマルム地区の武器博物館前の静かな通りに面しています。

スタイリッシュな表看板、お店のある通りがメタルに映し出されています

メニューは日替わりシェフのおまかせのみで3品か6品かを選びます。ヤコブシェフがパリの「ラストランス」にいた影響でしょうか? メニューカードもありません。もちろんアレルギーなどは事前申告すれば考慮されますが、次のお皿さえわからないのはサプライズですね。この際6品、二人のシェフワールドを楽しむことにしました。

アペリティフにはグラスシャンパーニュをいただきました。ブラン・ド・ブラン2006年

シャンパーニュのお通しには、ポテトの透け透けチップ。いきなり不思議の世界へ。普通にお水が飲める国なので、ミネラル水は頼まなくてもOK。好みでガスを注入してくれます

カトラリー置きも、北欧の自然素材を使って。テーブルウエアにもいちいち五感がくすぐられます

アミューズ、手前、牡蠣のクリームと奥は? 小指の先の半分ほどなのにちゃんと牡蠣の味がします


ーロッパのファインダイニングというと、格式が高くて緊張してしまいがちですが、ここは扉を開けてコートを預け、席に通された途端にほどけてしまいました。シンプルな北欧インテリア、白い木の椅子とランプは、シャープすぎず甘すぎず。それに私の席からは奥にシェフたちの調理カウンターが見えます。低めのカウンターは美しくライティングされ、清潔で機敏な動きにしばしば見入ることも・・・。この居心地のよさ、日本でも知られるヨーナス・リンドヴァルの空間デザインなのだそう。

まずは、シャンパーニュを一杯。北欧ではほぼワインは生産されないため、ワインだけは外国のもの。自国生産のお酒にはビールやスピリッツがありますが、食事にはワインをあわせることが多く、コース料理にはお皿に合わせたワインコースを設けているお店も多いです。スコッチやエールの国、イギリスがワインにこだわるように、スウェーデン人もワインが大好き。そして、次々とアミューズが運ばれてきます。英語で説明されますが、正確には覚えていないのであしからず。少しぶれ気味ですが、どうぞ写真をご覧いただきながら想像してみてください。

スペルト小麦粉のブリオッシュ。ジュニパーのバターのせ。北欧の森ではよく見られるジュニパー(杜松)のすがすがしい香りを楽しむ

これは何かメモし忘れましたが、軽くするっと入っていくものでした

しっとりしたトナカイの舌肉燻製と鶉の卵の自家製醤油漬け。醤油はスウェーデンでは家庭でも結構使われるらしく、イエロービーンズから作ったものだと説明されました

鱈のクリームコロッケ(奥)とローストしたライ麦のコンソメ。澄んだ味が和風出汁のよう

自家製パン3種。手前がスウェーデン伝統の薄焼き乾燥パンのクネッケ。奥左がライ麦パン、右がサワー種のパン

パンのお供は2種。ほんのり塩味のバターと、スウェーデン産山羊のフレッシュチーズ(右)


になるパンは自家製の3種。スウェーデン伝統の薄焼きでクリスピーなクネッケは、風味の濃いスペルト小麦使用。パリッと手で割っては食べが止まらなくなる危険も。そして黒いライ麦パン、サワー種で仕込んだというカンパーニュみたいなパン。添えられたバターや山羊のフレッシュチーズをのせると病み付きに。ここで食べすぎるのを押さえることがどんなに大変だったことか・・・。

スウェーデンの牡蠣。凍ったフレーク状のふりかけが口の中ですっと溶けると、濃くてぷりぷりの牡蠣が・・・

ノルウェー産帆立貝柱のグリル。白子と焦がしバターソース

リ・ド・ヴォーのグリル、スペルト麦のポリッジ、南スウェーデン産黒トリュフのスライス、冬のスプラウト添え。スプラウトがトリュフ香る大地からのびてくるような盛り付けに見入ってしまう。合わせる赤ワインは、ボルドー・コート・ドカスティヨン

仔牛の低温長時間ロースト、キャベツのロースト。ジュとチーズクリームソース

一体どこまでがアミューズで、どこからが6皿コースの1皿目なのかわからなくなるほどの品数。お皿や盛り付けの美しさにため息が出るばかりでなく、一皿ずつに素材の味を感じます。何より、スウェーデンやその周辺北欧で、新鮮な牡蠣や帆立貝、艶かしく香る黒トリュフがあることを知り、興奮せずにはいられませんでした。ふたりのシェフはそれぞれパリのラストランスやピエール・ガニエールといったフランス料理の今を極めるレストランで修業を積んでいるので、フランス料理のようにも感じます。しかしフォアグラなどの定番高級食材を使わず、トリュフも国産、調理法は最先端でも行き過ぎず、すべてがほどよいのです。

洋梨のコンポートと野菜にチーズをあわせた一皿。チーズもそのままではなく、食べ方を提案した一皿に

りんごのソルベ、リンゴンベリーのゼリー

山羊のフレッシュチーズのアイスクリーム、スウェーデンで栽培されたサリコーンを散らして。器使いがどこか和食器っぽい雰囲気

パースニップのピュレ、シーバクソンのアイス、キャラメルソース

ザートは全てがシンプルな中に、奥深い味わいが印象的。北欧らしく生き生きとした酸味のベリー系は外せませんが、意外にも2皿目の山羊のフレッシュチーズのアイスクリームに、お皿使いからしてノックアウト。ハーブのように見えるグリーンは、サリコーンという、フランス・ブルターニュ地方の沿岸に見られる海藻の一種をみじん切りにしてトッピングしたもの。(ここではスウェーデンで栽培したサリコーンを使用)。適度に塩味を含んだサリコーンは噛むとサクサク、クリーミーな乳味にランダムな刺激、もう病み付きです。このサリコーン、最近スーパーでも目にするアイスプラントに食味食感が近いかもしれません。

食後の小菓子〜チョコレート

食後の小菓子4種もスウェーデンの伝統菓子をアレンジしたような感じでした。いただいた冊子の中の二人のシェフ、ヤコブ(左)とアントン(右)の写真

3時間以上に及ぶディナーも、最後の小菓子が出たらおしまい。この日の記念に、お店の立派な冊子をお土産にいただきました。農業生産者やデザイナーなど、彼らのパートナーを写真つきでまとめたものです。今考えたら、ここに紹介されていたこだわりの北欧コーヒーを頼めばよかった!

2013年はミシュラン1つ星を獲得。誇らしい赤いステッカー

スウェーデンのグルメガイド〜ホワイトガイド。写真はカフェ編

感激は翌日にも。これだけの品数、すべて食べ終わっても苦しくならず、翌朝もたれなかったのです。個人差があると思いますが、私にはぴったりだったのでしょう。訪れたのは2012年の12月でしたが、2013年版ミシュランガイドではひとつ星に、さらにスウェーデンのグルメガイド、「ホワイトガイド」のレストラン編2013年番ではスウェーデン全土でベスト5に入りました。

スウェーデン人は思うにランキング好きなようです。ホワイトガイド 「White Guide」とは、マニフェスト発表と同じ年、2004年にスタートしました。内容を簡単に説明すると100点満点で、そのうち味が40点、ドリンク40点、サーヴィス25点、雰囲気15点の構成 。毎年更新され、ガストロロジックは38/90(味が38点、総合90点)となっています。今やレストラン編だけでなく、バーやカフェ編もあり、サイトを覗くと、学食にも活動が及んでいるようです。これもマニフェストの影響なのでしょうか。興味深いです。今のところスウェーデン語版だけなのが難解ですが、翻訳ツールでお店のリストは読めるので、スウェーデンに行かれる方は参考になさってはいかがでしょうか。

隣のSpecerietはランチ営業もするビストロ。使用している食材、食器などの販売も

Specerietの英語版メニュー

自家製パンとバターつき。グラスのロゼワインはフランスのもの

ロティサリーグリルしたKnared産チキン、マヨネーズ&サラダ添え。ボリューミーなのに完食!

ストロロジックでの冬の食事があまりに印象的だったので、昨夏も行ってみることにしました。とはいっても、ストックホルム滞在が到着日1泊のみのため、ホテルに荷物を置いて隣接の同経営ビストロSpecerietにふらっと。背の高い大きなテーブルは相席もOK。普段使いのようでいて、ワインもお料理も本気のクオリティ。スウェーン南部Knared産チキンのグリル、半身はあったでしょうか。スパイスで味付けされた皮はパリッ、身はしっとり味わいがあり、気付けば完食していました。フライト疲れもどこへやら、隣の人の注文したデザートが気になり、想定外のオーダーをすることに。ルバーブのクラフティをハーフサイズでお願いすると、スプーンですくって一旦お皿に盛りつけられ、奥の厨房でヴァニラソースとカリカリのクランブルがトッピングされ運ばれてきました。ルバーブの酸味とヴァニラソースの香りと甘さ、温度差、テクスチャーのコントラストなどが夢ごこち。北欧では、ミルクに浸すセムラを、この連載の1回目に紹介しましたが、このヴァニラソースの量を見たとたん、浸す食べ方が好きなのだなあと思いました。

カウンターにお目見えしたキャセロールのクラフティに別腹センサーが反応

オーダーしたクラフティは、ヴァニラソースとクランブルのふりかけが添えられ、提供される

このように数回、北欧の今を食べてみて、改めて日本の食を振り返ってみたくなりました。昨年は日本食がユネスコ無形文化遺産に登録されましたが、その趣旨が、ニューノルディック・キュイジーヌのマニフェストにどこか通じるように思えてなりません。日本と北欧の食文化の共通点、まだ距離が遠すぎてピンとこないかもしれませんが、今後の交流に、北欧ファンとしては大いに期待をしたいところです。


Gastrologik (ガストロロジック)サイト (英語ページあり)
 http://www.gastrologik.se/?lang=en

White Guide サイト
 http://www.whiteguide.se/








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