回は首都ヘルシンキで食の先端を紹介しましたが、今回はフィンランドの田舎から、癒しの食体験を紹介したいと思います。


ヘルシンキから北西へおよそ210km、フィンランド一大きな湖・サイマー湖岸に位置するミッケリ郊外に、一軒の素敵なマナーハウスがあります。その名はTerttin Kartano(テルティン カルタノ)。フィンランド語のカルタノの英訳がマナーハウス、日本語では貴族の館、荘園という意味になるので、テルティン荘園とでも呼びましょうか。

その昔、スウェーデンやロシア支配下の時代、フィンランドには多くのマナーハウスが建てられたそうです。そして現存するそれらは個人所有もあれば、博物館やホテル、カフェ、パーティー会場などとなって、人々を迎え入れているところも多いのです。

テルティン カルタノは宿泊施設、レストラン、カフェ、ショップを営む、フィンランドでも人気のあるマナーハウス。貴族の館とか荘園と聞くと、何やら敷居が高そうなイメージですが、実際到着してみると、オーナー夫妻はとても感じがよく、ホスピタリティーは最高でした。

テルティン カルタノ本館建物。結婚式などもできそう。


そもそもここを旅の目的に選んだのは、ここのヴォルシュマクというフィンランド料理の缶詰が美味しかったから! その前年、ヘルシンキのセレクトショップAnton&Antonで、グルメツアーガイドが「いろいろなメーカーがヴォルシュマクを作っているけれど、テルティンのものが最高だよ」と、すすめてくれた缶詰。ラベルを頼りに調べてみると、自家菜園で収穫した野菜やハーブを使った料理が楽しめるところだとわかり、これは訪ねてみなければと思い立ちました。ちなみにヴォルシュマクとは、牛肉、子羊、ニシンをにんにく、玉ねぎ、スパイスを火入れしミンチ状にしたもので、フィンランドの英雄マンネルヘイム元帥の好物としても知られる手間のかかる古典料理。肉でもあり魚でもある、複雑な味わいが癖になります。

夏の午後、チェックインをすると、部屋の鍵と一緒に冷たいウエルカムドリンクがサーヴィスされました。

「ノンアルコールの、自家製カシスの葉のジュースです」

何これ! マスカットのような爽やかな香りと酸味が心地よく喉を流れます。ワインの香りでカシスの新芽という表現があるけれど、こんなに豊かな香りがあるなんて。いきなり美味しい発見です。敷地内にはカシスの他、カラントやラズベリーなど、さまざまな種類のベリーや果樹が植えられています。きっと美味しい瓶詰や加工品が作られるのでしょうね。カシスの葉ジュースで手作りの味をしめた私は、にんまり想像しながら散策しました。

ウエルカムドリンクのカシスの葉ジュース。爽やかでアペリティフにもいけそう。

敷地内にはいたるところに果樹が。これは白いカラント。

赤いカラント(グロゼイユ)。

ナナカマド。フィンランドではナナカマドの熟した実もゼリーに加工して、肉料理のソースにする。


客室はレストラン、レセプションのある本館とは別棟、赤い壁の伝統的な木造平屋。そのテラスから見えるフィンランドの田園風景に深呼吸。食べ物を育てるって美しいな。

宿泊棟の部屋のドアに飾ってあるのは、じゃがいもをあしらったハートのリース。

客室のテラスからは、果樹園、そして大麦か小麦か? 収穫前の輝く穀物畑が広がる。


宿
泊棟の隣にあるブティックには、テルティン・オリジナルのバラの苗や、庭で獲れたラズベリーなど、ガーデニング雑貨が並べられ…ありました、例の缶詰ヴォルシュマクが! 先のカシスの葉ジュース、様々なジャムやゼリー、スパイス、ソース、穀物などオリジナル製品の数々…。馴染のない言葉(フィンランド語)で書かれているので、ひとつずつ手に取って確かめてしまいます。ラベル裏の小さな英語表記を見ていきます。その中でお土産に選んだひとつがチャガ(Chaga:英)という白樺に生えるキノコをブレンドしたハーブティー。部屋でお試し品を飲んでみたらすっきりして気に入りました。聞けばチャガは抗酸化力が強く、民間療法では癌にきくと言われている希少なキノコ。トリュフのように見つけるのも困難なので、高く取引されるそうです。知らなかったフィンランドの知恵、食材と次々に遭遇。やはり足を運んでみるものです。

ブティックの入り口に並べられたガーデニング雑貨とラズベリー。

広い店内には、テルティンラベルのジャムや調味料などがいっぱい。

缶詰コーナーにヴォルシュマクの缶詰発見。温めてサワークリームやピクルスと一緒に食べます。


夕食はマナーハウス本館で。案内されたダイニングの一角には貴族の館らしく、狩りで仕留めた動物のはく製(?)やアンティークの調度品が設えてあり、レースのテーブルクロスがかかっていました。

お料理はお任せの3コースメニュー。自家菜園のお野菜やベリー、ハーブ、お花をふんだんに使ったナチュラルでクラシックなお料理に、自家製のパンが3種。目にもお腹にも心地よいディナーでした。

古城博物館のようなインテリアにちょっとドキッとする小ダイニングルーム。

その隣のメインダイニングルームの窓際に用意されたテーブル。

前菜の自家菜園の人参、ベリーとリコリスのソース。何にでもリコリス!?これは味を引き締める隠し味的使い方でしょうか。白いカラントがピーチっぽくておいしい。

メインは地元鹿肉のロースト・茸クリームソース。柔らかく癖のない鹿肉にはニュージーランドの赤ワインを合わせて。

口どけなめらか&ミルキーなアイスクリームを添えたチョコレートケーキのデザート。

3種の自家製パン。黒いのがつい食べ進んでしまう糖蜜入りのマッラスレイパ。酸味が癖になるライ麦パンと食べやすい白パン。


して夕食以上に感激したのがここでの朝食。品数こそ多くはないけれど、都会のホテルにはない手作り感と優雅なコーディネートに心が躍ります。ビュッフェスタイルなので見れば何かは大方見当がつくものですが…ありました。ここにも初めて見る品が! テリーヌ型に入ったグラタンのようなもの…これは一体何?

スタッフに尋ねると、オーブンで焼いた大麦のポリッジ(お粥)で、リンゴンベリーシュガーやシナモンをかけて食べるとのこと。言われた通り試してびっくり。目がまるくなるほど美味しいのです! 焼き目がカリッと香ばしく、ひき割り大麦の粒感が玄米を噛むのに似て快感。ミルクの甘さをリンゴンベリーシュガーの甘酸っぱさが引き立て、どんどん食べ進んでしまいます。デザートのようでデザートではない、ポリッジの概念を塗り替えられたひと品。

「ブティックでこれと同じひき割り大麦を買えますよ。レシピもついているのでお家でも楽しんでください」

何度もお代わりする私を見て、スタッフが教えてくれました。もちろんお土産に決定です。

朝食メニュー。大麦ポリッジ・リンゴンベリーシュガーはトップに書かれている。

サーモンやチーズ、燻製小魚のムイック、ジュース、フルーツ、ヨーグルトなど、高低差をつけた朝食ビュッフェのテーブルセッティング。

クネッケと旬のベリー、ジャム…。

コーヒーや紅茶は、昔ながらのケトルに入れて。

森のきのこのマリネ。甘い味付けにびっくりするけれど何故かはまる。

夏のビュッフェ朝食はテラスで。

これがひき割り大麦のオーブン焼きポリッジ。リンゴンベリーシュガーの赤がそそる。

オーガニックヨーグルトとベリー、コーンフラワー入りミューズリー。このオリジナルミューズリーもお土産に。


チェックアウトの前に敷地内のカフェでケーキタイム。あれだけ朝食を食べたのに、目の前に並べられたお菓子を見たら我慢できず、別腹が働き出しました。テルティン・オリジナルのフラワーハーブを混ぜ込んで、大きなバラの花型で焼いたケーキは、女性ならちょっとうっとりするルックス。日本やフランスのケーキのような繊細さはないけれど、農園の香りはたっぷり堪能しました。

ハーブガーデン前のカフェではビュッフェランチが楽しめる

シナモンロールや生ケーキなど、スイーツも数種並ぶ。

フラワーハーブを混ぜ込んだオリジナルケーキ Kukkaissokeri kakku。レシピも用意されている。

バス旅のランチにと持たせてくれたサーモンサンドイッチ。真心も美味しさも忘れられない


出発のとき、北へ向かうバス旅のお供にと、オーナーがサンドイッチボックスを用意してくれました。最後まで居心地の良い、味のあるマナーハウスでした。とれたてって美味しいな!

テルティン カルタノ Tertin Kartano(英語あり)
 http://www.tertinkartano.fi/en/






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