回からはスウェーデン南部。2015年夏のお菓子旅をお届けします。

ひとつめのお菓子はスペッテカーカ spettekaka/spettkaka、直訳では‘串ケーキ’となるスコーネ地方の伝統菓子です。

いきなりですが、みなさんくるくる回るケーキは大好きですよね。実は私もフランス式バウムクーヘン、ガトー・ア・ラ・ブロッシュを焼く会を毎年開催するほど、あの回転焼きに目がないのです。味はもちろんのこと、道具と知恵とライブ感、そして天にそびえるように立つ姿はいつだって憧れ。

そんな私が、ある年ストックホルムの老舗デパートNK(エヌコー)のパン屋さんで見つけてしまったのです。バウムクーヘンに似た形のお菓子を。‘串ケーキ’というネーミングもガトー・ア・ラ・ブロッシュと同じ。それがスペッテカーカとの出会いでした。

「スコーネ地方で作られたお菓子です。ストックホルムにはないですよ」と店員さん。

よく見るとガトー・ア・ラ・ブロッシュとは質感が違います。ラベルを見れば材料はじゃがいもでんぷん、卵、砂糖(デコレーション用には粉砂糖と色粉が使われているが)の3つだけ。

とするとビスキュイ・ド・サヴォアのような感じ? いいえ、小麦粉なしだからメレンゲっぽい? でも全卵使っているみたいだし…。想像がつくようでつかないこのお菓子、ちょうど小さいサイズがあり、賞味期限も3か月以上先だったのでお土産に買ってみました。


スーツケースの中でも崩れないように、パッキンを巻き箱に入れて大事に日本に持ち帰ったのです。ところが家に着いて荷物をほどき、取り出した瞬間、異変に気づきました。


ちっ…小さくなってる!

買った日にホテルの部屋で撮影したもの。

帰国して荷物を取り出したときのもの。ラベルの位置からしてほぼ半分にしぼんでいることがわかる。


確かに成田着後は雨でした。たった数時間でここまで縮んでしまうとは! しばらく呆然と立ちつくしてしまいました。夏の日本は湿度が高くスペッテカーカの環境には酷だったわけです。食べられなくはないけれど、本来の味わいはわからなくなっていました。ああ、ショック。


あれから2年、スコーネ地方に行くことになりました。本場のスペッテカーカを見て食べるチャンスが来たのです。

「ニルスの不思議な旅」の舞台としても知られるスコーネ地方はスウェーデン最南のエリア。中心都市マルメ Malmöはデンマークと長い橋で結ばれており、コペンハーゲンからも日帰りできるほど。実際国境をまたいで通勤なんていう日常を送っている人も少なくないとか。しかし今回私はエアチケットの関係で、ストックホルムから列車で4時間半かけてマルメにアクセス。ニルスが空から見た風景を車窓から眺め向かったのです。早朝出発した高速列車Snabbtågでは、チケットと一緒に事前予約した朝食が想像以上にかわいくて〜駅弁の国から来た私はちょっと興奮。ライ麦パンにシリアル、ヨーグルト…すべてではないけれど、オーガニックを意識した、気持ち元気になる内容です。

メニューカード入りの高速列車 Snabbtågでの朝食。オーガニックヨーグルト、オーガニックミューズリ、ゆで卵とたらこペースト、チーズ、ミニトマト、オーガニックスプレッド、ライ麦パン、フレッシュオレンジジュース、カフェ、ヴァローナチョコレート入り。

ライ麦パンにバタースプレッド、チーズ、ゆで卵、たらこペーストを重ねてナイフ&フォークでいただくのがスウェーデン流なんだそう。


ルメ到着後は、出発前にマークしておいたスペッテカーカを作るお店へ。そこへ行く手段は1時間に1本のバス、そして終点からは3kmの道のりを歩かなければなりませんでした。公共交通機関がないのは不便だけれど、Googleストリートビューでどんな道なのか、事前イメージができたので不安はさほどなし。この世界の進歩ってすごいですね。

8月下旬、夏のピークは過ぎたものの、日中の日差しは強く、さえぎる物のないゆるやかなアップダウンの田舎道を30〜40分歩き、身体はほてり、農家のような建物のカフェに到着したときには、額から背中から汗が流れ落ちてしばらく止まりませんでした。

麦畑や牧草地を通る車道をカフェに向かって歩く。

やっとカフェの標識が見えてきた。

広い敷地に古い農家のような建物がVismarlövs Café。

「こんにちは。日本からスペッテカーカを探してやってきました」

そう話しかけると、お店の女性が出て来て何やら厨房へ相談に。うれしいことに、地下のスペッテカーカを作る場所を見せてくれるといいます。すごい! 今度は興奮が止まりません。どきどきしながら階段を下りると、広い厨房の真ん中に金属の長い箱状の炉が、その脇の棚には大中小コルネ型がたくさん並べられています。そして、食事を終えたばかりのこのお店Vismarlövs Caféの女主人Carinaさんとご主人が出てこられ、スペッテカーカについて説明をしてくれました。

お店地下の厨房にて。Vismarlövs Caféの女主人Carinaさんとご主人。

「スペッテカーカの材料は卵、砂糖、ポテトフラワー(じゃがいもでんぷん)の3つで、このスコーネ地方で作られなければスペッテカーカと名乗れないことになっています(シャンパーニュなどと同様の呼称保護)。卵を卵黄と卵白に分けて砂糖と泡立て、ポテトフラワーと混ぜて生地を作ります。うちでは平飼いの鶏卵のみを使っているから卵黄の味が濃いのが自慢なんですよ。
コルネ型に紙を巻き、串に通して回転させながら生地を絞り、乾燥焼きします。大きいものは焼くのに10時間かかる大変手間のかかるお菓子です。焼き上がりにピンクのアイシングシュガーをリボンのように絞って仕上げます」

スペッテカーカ用のコルネ。大、中、小とあり、小さいものは一度に16個焼けるそうだ。

どんな時に食べるのですか?

「誕生日、結婚式など、様々なお祝いの席で登場します。それに合わせたメッセージをデコレーションに入れたり、トップにクッキーなどをのせることもできます。食べるときはナイフで窓を作るようにカットするのですが、いっぱい窓が出来る光景は楽しいですよ」


どんな風に食べるのですか?

「そのままで、アイスクリームやホイップクリームを添えて食べることもあります」

わざわざ蓋をとって中を見せてくれた。大きいのは真ん中の串に。小さいのを焼くときは両端の串に通して回転させるのだそう。下の電熱線からじっくり伝わる熱で、焼き色をつけずしっかり乾燥焼きする。

スコーネにはスペッテカーカを作る人はたくさんいますか?

「歴史があるお菓子だから(発祥は17世紀に遡るのだとか)、昔はたくさん作る人もいたし、お店もあったけれど、今はおそらくスコーネで5〜6軒くらいしかないと思います。私はこのお店を2010年にオープンしましたが、スペッテカーカの製法を知り作れるのは私ともう一人しかいません。昔はこのお菓子を食べられるのはリッチな階級だけだったのですよ。今は誰もが食べられるようになりましたけれどね」

お店に展示されている大きなサイズのスペッテカーカ。ピンクの差し色がかわいい。保存には乾燥した環境が大事だから高い場所に!?

お話しを伺ったら、もう食べたくて仕方ありません。

「ここでスペッテカーカを食べてみたいです!」

すると親切にCarinaさんは袋から少し切り分けてくれました。1階にあがり、カフェスペースでいただくことにしました。ちょうどカフェではケーキビュッフェタイム。中心のテーブルにはバラエティ豊かなホームメイドケーキやクッキーが並び、甘党の心を誘惑します。せっかくなのでビュッフェもいただくことにしました。お菓子の名札は特にないので適当に目で選んで席へ。コーヒーももちろんセルフ。棚にぎっしり積まれたカップからひとつ選んで、素敵なカントリーサイドでのお菓子タイム。私にとってはこの日の遅いランチとなりました。

カフェでケーキビュッフェのお菓子とともに。カントリーなテーブルクロスが雰囲気に合う。

スペッテカーカを裏側から見たところ。平飼いの鶏卵の旨みが生きている。

あ、ついにスペッテカーカの食体験です。ナイフでサクッと切り、口に入れると、ほろりほろりと崩れます。ビスキュイ・ド・サヴォワを乾燥させたみたいな軽さ、素朴だけれど卵の味がよく出ていてちょっと懐かしい感じ。この独特の食感に感動です。ここに来るまでにスウェーデン人何人かに聞いたところ、ほとんどの人は好きではないと言っていたので、さぞかし甘いだろう、固いだろうと想像していましたが、私は嫌いではなかったです。

ケーキビュッフェのテーブル。ブルーベリーサワークリームケーキ、クラッドカーカ、エルダーフラワーケーキ、発酵生地のブッレ、クッキーなど、並んだお菓子は10種類以上。

土曜の午後、周辺には何もない場所なのに車での来店は途絶えません。帰りにパンかお菓子を買って帰ろうと売場を見渡すとパン棚はすっからかん。どうやら石窯で焼かれるこの店のパンは大人気のよう。パンは諦め、若奥さまのおすすめ、マンゴーとクルミのマザリン、ジルバを買い、バス停までの3kmをまた歩きだしました。

息子さんのお嫁さんという若奥さまは、グルテンフリーのお菓子作りを担当されているそう。笑顔で迎えてくれた。

彼女のおすすめがこれ。マンゴーとクルミのマザリン。マザリンはスウェーデンのアーモンドタルト。上のクランブルがサクサクでマンゴーの甘酸っぱさとクルミの香ばしさ、バター感がリッチで後を引く。

ジルバ。バタークッキー生地とメレンゲを巻いてからスライスして焼く、ふたつの食感が口の中で楽しい焼き菓子。

この二つ、とんでもなくおいしかった! もしスウェーデンのお菓子ツアーを私がやるとしたら、ここは何としても組み込みたい。Vismarlövs Caféにはリアルスペッテカーカに出会った以上の感激がありました。




Vismarlövs Caféのサイトとfacebook
 http://www.vismarlovscafe.se/se/
 https://www.facebook.com/Vismarlovs-Cafe-Bagarstuga-691174827628052/






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