回から2回に分けて、デンマークの小さな島ボーンホルムBornholmを紹介します。

デンマークといっても島が位置するのはバルト海のスウェーデンよりの南。地図をぱっと見たら、スウェーデンの島と思われてもおかしくないほど、デンマークからは距離があります。

バルト海を挟んでスウェーデンとポーランドの間、デンマークの飛び地のような位置にあるボーンホルム島は「バルト海の宝石」とも称されている。


ボーンホルム島はかつてロシアや東ヨーロッパに対する重要な軍事拠点でもあったため、デンマークとスウェーデンの領土争いに巻き込まれ、そのたびに島の帰属国が変わったという苦難の歴史がありました。島にはそのような過去を物語る名所も数々あるのですが、私がこの島を訪れたいと思ったのは、おいしい農産物、食べ物がデンマーク一ある島だと聞いたからです。

オリーヴオイルにもひけを取らない風味を持つ低温圧搾の菜種油、そのまま舐めても美味しいマスタード、ニシンの燻製小屋で燻した、びっくりするほどスモーキーなお塩…。

輸入元でお話しを聞きながら試食したそれらは、今まで味わったことのないものばかり。そしてどれも温かみのある香りに溢れていました。

また、ボーンホルムは多くのアーティストや工芸作家が活動の拠点にしていることでも有名です。以前この島から来日したアーティストが、ライ麦パンのワークショップを開催したときのこと。彼は島で栽培されたオーガニックのライ麦やシリアル、サワー種を持参しパンを作ってみせただけでなく、野原で摘んだイネ科の雑草を見せ、これもライ麦の親戚だと説明したり、オープンサンドの伝統的な具の組み合わせを実践したりと、食育のエキスパートでもありました。こうして私は豊かなボーンホルムの食文化とアートに思いを馳せていったのです。


スコーネでのおいしい出会いも、ボーンホルム島行きがあったからこそ。つながりに感謝して、夕方イスタ発のフェリーに乗って、ボーンホルム島の玄関ロンネ Ronneに向かいました。

スウェーデンのイスタとデンマークのボーンホルム島ロンネを結ぶフェリー。本土からは車ごと乗船する人も多い。

およそ1時間半の船旅。広い船内にはゆったりくつろげる椅子やテーブルがあり、海を眺めながら過ごすこともできますが、やっぱり気になるのは売店やカフェテリアの食べ物。

セルフサーヴィスのカフェテリアに並んでいる菓子パンをみると、スウェーデンで見慣れたカルダモン入りシナモンロールの姿が見当たりません。並んでいたのはいわゆる‘デニッシュペストリー’類だったのです! スコーネのパン屋さんでは仲良く肩を並べていたスウェーデン式とデンマーク式のパンたちですが、船に乗った途端デンマーク一色に。国境を超えたことをはっきり認識した瞬間です。

フェリーのカフェテリアに並ぶのはデニッシュペストリー。

スイーツもマジパン系が占めていてデンマークらしい。


せっかくなのでデンマークスタイルのオープンサンドをいただいてみることに。7種類ある中から選んだのは、魚のミートボール Fiskefrikadeller、タルタルソース、にんじんとディル添え。魚のすり身と野菜、卵などを混ぜ炒め揚げしたFiskefrikadellerは、ちょっとさつま揚げのような感覚。そういえばスウェーデンではあまり見かけなかったような…。食べ物で国境越え、再びです。

サンドイッチとスモーブロー(オープンサンド)のコーナー。

この魚のミートボール Fiskefrikadellerも、ボーンホルム島の燻製小屋製。下はライ麦パン。フォーク&ナイフでいただきます。


日は宿のマダムの強力なすすめにより、自転車で島を巡ることに。普段鍛えていないのでどこまで行けるか、暗くなる前に帰って来られるのか、不安もありましたが、「大丈夫よ。辛くなったら自転車ごとバスに乗ったらいいのだから」とあっさり。私よりふたまわりほど年上の彼女は、自転車で20分の菜園に颯爽と水やりに出かけてしまうほどタフ。それに折りたたんだりしなくても、路線バスに乗れるなんて羨ましい。さすが自転車がポピュラーなお国柄です。(*ただし自転車と乗車するには、運賃の他に自転車持ち込み料が必要)

出発後すぐにロンネの中心でパン屋さんを発見。

ロンネのバス停近くで見つけたパン屋さんJensens Bageri


あっ、スパンダワーだ! カイングラだ!

日本の「アンデルセン」などでもお馴染みのデニッシュペストリーたちが並んだショウウインドウに胸を躍らせ入店。

一番下の段には大きなカイングラ(ブレッツェルの形をしたお祝いのパン)やスモーケアなど数々の甘いペストリーが並ぶ。

小さいペストリーは、クリーム、チョコレート、シナモン、アーモンドなど、フィリングとトッピングのバラエティが豊か。小さいといっても1つ1つは日本のものより大きい。


店員さんに聞いたデンマークで一番ポピュラーな菓子パン〜スモーケア Smørkageと、国別比較のためにシナモンロール kanelsneglを買ってみました。

見た感じ直径10cm以上のシナモンロールは手に取るとずっしり、200gはありそう。バターたっぷりの生地はかなりリッチな口当たり。またスウェーデンやフィンランドのそれと違い、カルダモンははっきり感じず、トッピングもパールシュガーではなくグレーズです。そこが、アメリカンタイプにも通じるところでしょうか。やや甘めのお菓子といった感じです。

そしてスモーケア、以前デンマーク人に教わったそれがあまりに美味しく、現地に行ったら絶対食べなければと思っていたお菓子です。スモーがバター、ケアがケーキという意味も、発酵生地にたくさんのバター、お砂糖を巻き込んで大きく焼いた感じも、乳製品が豊富な地で生まれた伝統菓子という点も、どこかフランス・ブルターニュのクイニーアマン(古いブルトン語で'バターケーキ'という意味)と通じていて、人間の考えることって同じなんだなと微笑ましく思ったものです。
ヴァニラクリームとコクのあるブラウンシュガーがたっぷり、リッチな甘さを堪能しました。

バターのケーキという名のスモーケア、こちらはカット売り


ケーキのショーケースにはムースやクリーム系のいわゆる生ケーキはほとんどなく、焼きこみやチョコレートコーティングもの、シンプルなマジパンものがほとんど。その中で異色の存在がカエルやニワトリのような顔をしたケーキ。一体どんなケーキなの?とたずねると、マジパンの中はストロベリークリームなんだそう(マジパンの切り口からピンク色のクリームが見えていますね!)。いかにも子供向けの味を想像しましたが、これはカイとアンドレアKaj&Andreaというデンマークの人気番組キャラクターをモデルにしたケーキであることを後から知りました。島の複数のパン屋で見かけたので、もうライセンスなどは関係なく定番化しているのでしょうね。

冷蔵ケーキのショーケースには、カイとアンドレアの他にもねずみ形のようなユニークな形のケーキが。


食事パンも小麦系からライ麦系、シリアル系までバラエティ豊富。デンマークでは大きいものはローフ型が多いようです。

上段にはバゲットや小麦系、中段にはローフ型のライ麦パンやシリアル系、下の籠には小型パンがいろいろ。


ンネからは西海岸沿いに北上。ハスル Hasle という町に着くと、白い煙突がそびえる建物が見えてきました。これがボーンホルム島名物の燻製小屋〜ロエリ Røgeriです。

ロエリは昔、島の漁師たちが獲ったニシンを保存するため燻製にかけたのがはじまり。そのため、今でも島の海沿いに点在し、燻製された品はその場で買うことができたり、レストランが併設されている場合がほとんど。ボーンホルムのニシンの燻製は質が高く、コペンハーゲンなど本土でもブランドとなっているのだそう。Hasle Røgeriでは、昔ながらの燻製小屋の様子を見ることができました。

昔の雰囲気を残すHasle の燻製小屋。

西海岸沿いの道。この辺りは平坦でサイクリングするには気持ちが良かった。


さらに北上していくうちに道はアップダウンも激しい未舗装に。確かに車道より景色ははるかにいいけれど、運動不足、体力のなさに途中挫けそうになりました。

それでも涼しい顔で走り抜けるデンマーク人たちに負けじと、ヴューポイントで何度か休みながらランチ目標の燻製小屋のある、北東部の町アリンゲ Allingeへと、ペダルをこぎ続けました。

およそ26kmの道のりを3時間近くかけ、Nordbornholms Røgeriへ到着したのはランチタイムも終わる頃。ちょうどお客さんも引いたタイミングで窓際の席に着くことができました。

Nordbornholms Røgeriの目印は自転車!

建物は白くてシンプル。レストランの他に売店もある。


ここではアラカルトも注文できますが、大して料金は変わらなかったのでビュッフェをチョイス。氷を敷いたコーナーには燻製の魚介類やサラダ、マリネ、テリーヌ類。その向かいのコーナーにはスープ類、焼き物、揚げ物など、何種類の皿が並んでいたでしょうか! パンやアイスクリームもあり、当然はしゃぎ気味に。

冷たいビュッフェに並ぶ燻製、シーフード、サラダなど。

温かいビュッフェに並ぶのはシーフードスープやフライなど。

隣のテーブルで男性のグループが食べている魚が気になって、ちらっと見ているとこんな声が。

「骨と皮を外して生卵黄とネギ、オニオンをぐちゃぐちゃにあえる。これが燻製ニシンの食べ方だ。やってごらん」
親切に食べ方を教えてくれたのです。

それにしても、まるで鯵のたたきの黄身和えみたいな食べ方! ニシンの燻製の横に生卵黄が置いてあったのはこのためだったのか。ヨーロッパ人が生卵を食べるのは珍しいことだけれど、日本人は大歓迎。これにご飯があったら丼にしたいと思ったほど、生臭みもなくしっとり。他のものがなければお代わりしたいほどでした。

名物の燻製ニシン。手前右が生卵黄、左が薬味のネギ。

走った後にはたまらないごちそう。

燻製ニシンを教えてもらった通り黄身和えに。皮ははがれるが、ニシンは小骨が多くて取り除くのは結構難しい。それでも美味しいからノンストップで食べ進む。


魚三昧の後はさらに北へ3km。ほぼ北端にあるサンヴィグ Sandvigという町にあるアイスクリーム屋を目指します。
ランチビュッフェのバルクアイスやソフトだけでは気持ち口寂しいし、島ならではの素材で作られた手作りアイスが食べたい。そんな期待を胸に、宿のマダムも太鼓判、島民の間でもファンが多いSandvig Is Kalasへ走りました。

燻製小屋の煙突と美しい色彩の家並みの坂を下ると、海が開け、真っ白な壁の建物が。まるで映画のワンシーンようなアプローチです!

昔ながらの家並みが続く道を下っていくと、燻製小屋の煙突、そしてSandvig Is Kalasの建物が現れる。Isはデンマークでアイスクリームのこと。


新鮮なボーンホルム島の果物やミルクを使い、全て自家製というイタリア式アイスクリームはこの日7種類。あれこれ迷ったけれど、ここならではの旬のおすすめ、レッドカラント(赤房すぐり)とレッドグーズベリー、ヴァニラのトリプルをいただきました。特にベリー類は、粒々果肉感を残したフレッシュな酸味がたまらなく美味、それに海を眺めながら舐めるアイスは最高。ここまで走った甲斐があったというものです!

チョコレート、ヴァニラ、ヘーゼルナッツ、リコリス、レモン、レッドカラント、レッドグーズベリーと7種類の中から選んだのは赤いベリー2種とヴァニラ。


時計を見ると5時近く。もう自転車で帰ったら暗くなってしまいます。Allingeまで戻り、自転車ごとバスに乗り込むことにしました。
食べて走って食べた一日が終わりました。

エローの壁に赤い鎧戸が遠くからも目立つAllingeの教会。

バス停の待合所はボーンホルム島のフラッグカラーでデザインされている。


次回は路線バスで巡った島の一日を紹介します。お楽しみに。




ボーンホルム島の案内サイト
  http://bornholm.info/en
Jensens Bageriのサイト(パン屋さん)
  http://www.jensensbageribornholm.dk/Knirkeline.17.aspx
Nordbornholms Røgeriのサイト(燻製小屋)
  http://www.nbr.dk/
Sandvig Is Kalasのサイトとfacebook(アイスクリームカフェ)
  http://www.sandvigiskalas.dk/
  https://www.facebook.com/SandvigIsKalas






旅日記・トップに戻る