で出会った美味しいものが、また次の旅へとつながる。

あの味が忘れられずもう一度食べたい。
前回予約が取れなかったから今度こそ。

今回紹介するストックホルムのレストランは、そんな繰り返しを楽しませてくれた私にとってのとっておき。お料理の味だけでなく、ロケーション、スタイル、ホスピタリティに至るまで、また帰ってきたいと思わせる大好きなお店です。

お店の名前はOaxen Krog & Slip(オアクセン・クローグ & スリープ)。

最初の出会いは2012年の冬、ストックホルムのセーデルマルムにあるデリカテッセンショップOaxen Skafferi(オアクセン・スカッフェリ Skafferiは、食品庫を意味するようです) に立ち寄ったことからでした。生ハム、ソーセージやスウェーデン産のチーズなどが売っていると聞き、お土産探しのために入ったのです。

日本にはほとんど入荷のないスウェーデンのチーズ。しかしここには農家製チーズや、聞いたことのない地域生産者の乳製品が冷蔵ケースに陳列されていました。どれを選んでいいのか迷っていると、お店の方が丁寧に教えてくださり、好みのタイプで日本までの持ち運びが容易なものを買うことができました。

もちろんハム、ソーセージ類にもひかれましたが検疫の問題もあるので眺めるだけ。でも、鹿やトナカイのハムなど、北欧ならではの加工品があることを知ると恨めしい…何度ため息をもらしたことか。

肉加工品の冷蔵ケース。一体何種類あるのだろう!?

ふとbröd(パン)の文字が書かれたボードが目に入りました。

「あれは何ですか?」と尋ねると、
「ランチメニューの肉と野菜の煮込み、パンが付いて75クローネです。」とのこと。

ポトフ。豚肉、フェンネル、にんじん、キャベツ、パン付きで75クローネ

食いしん坊の心に一瞬で火がつきました。テイクアウトがメインですが、一席だけある小さなテーブルで食べてもいいと快く案内してくださったのです。このポトフ風の煮込みが美味しいのなんの! ボリュームもしっかりあって、カンパーニュ風のパンも噛むほどに旨みが…。

気になっていたトナカイやヘラジカの乾燥肉も試食を出してくださり、すっかり私はこのお店のファンになってしまいました。

窓際の小さなテーブルであたたまる一皿を。

干した鹿肉を試食。噛むほどに旨みが。


店には一冊の本が展示してありました。 「以前はここから60km離れたOaxen島というアーキペラゴ(群島)でレストランをやっていたのですが、そこをたたんで今はストックホルムに移転する準備をしているところです。」

 レストラン Oaxen Skargardskrogの写真集のような本をめくりながら、その時はスウェーデンの有名レストランのことなど知らなかったので、なるほど…位にしか受け止めなかったのですが、その後の旅行計画中にふと思い出し、調べて驚きました。移転オープンしたお店 Oaxen Krog & Slipは、ミシュランで星をとるほど有名だったのです。


2013年の5月、野外博物館スカンセンや、チョコレートフェステバルの会場にも使われた北方民族博物館、ローゼンダールスガーデンなど、文化的な施設の集まるユールゴーデン島に、以前の屋号Oaxenを残し、Oaxen Krog & Slipとして新しくオープン。グランメゾン的なKrogと、ビストロ風の Slip、2つの食空間を持つお店が誕生しました。


2015年8月末、どうせならコース料理を堪能しようと、 websiteの予約カレンダーを見てみると滞在中のKrogは連日満席。キャンセル待ちも入れましたが期待はできないので、早い時間のSlipに席を確保しました。

ユールゴーデン島には、トラムやバス、ボートという3種の公共交通機関で気軽に行くことができます。Oaxen島にあったストーリーを想像するならボートでのアクセスもいいでしょうね。トラムやバスなら、公園の中を散歩するような気分でたどり着きます。

海に面した黄色い建物は、以前ここにあった造船所を模して建てられたとのこと。エントランスを抜けると、高い天井にガラス張りの明るい空間が広がっていました。

造船所のあった場所に建つOaxen Krog & Slip

海を眺めながらの食事が楽しめる。


8月末と言っても北欧の18時台はまだまだ明るく、夕食という雰囲気でもないのですが、席についてまずは一杯。お店のオリジナルカクテルを頼んでみました。運ばれてきたのは氷とレモンと(たぶん)ウォッカの入ったグラスと瓶入りのルバーブソーダ。何でもこのソーダが自家製だそうで、ウォッカに自分の好みの量を入れて飲むというスタイル。これがまた美味しいのなんのって! ルバーブソーダのフレッシュ&フルーティーさでごくごく飲めてしまう、ちょっと危険なカクテル。ルバーブって日本ではほとんどジャムでしか知られてないけれど、ドリンクにすると色もきれいでとっても魅力的。

ルバーブのイラストラベルがかわいい。好みで割って飲むカクテルは、季節ごとにソーダの種類も変わるらしい。


はメニュー選びです。 Slipにはコースはなくて全てアラカルト。取り分けて食べるのもよし、自分だけで堪能するのもよしな自由さはビストロならでは。スウェーデン語と英語併記のメニューには、夏の終わりの風物詩‘ザリガニ’があるじゃないですか! イェルマレン湖(ストックホルム近くにある)産のザリガニに、ヴェッドー産のスパイスチーズ添え。メインには、Oaxen Skafferiのショーケースを思い出し、牛肉の自家製ソーセージを注文してみました。

ディルのクラウンも爽やかな茹でザリガニは、手で殻をさいて身を取り出して食べます。最後は殻に残ったミソと汁に舌鼓。新鮮で泥臭さもなく、甲殻類好きの日本人なら黙って食べ続けてしまうはず。付け合わせがチーズとは不思議ですが、ザリガニパーティーにはチーズパイがつきものというスウェーデンならではの習慣なのでしょう。

出て来てそのボリュームに目をまるくしてしまった牛肉の自家製ソーセージ。太さ3cm、長さ15cmほどのそれは、ナイフを入れると中心がややミディアム。まるでステーキのようにジューシーで、チャンク状に詰められたお肉が噛むほどに旨みを感じます。こんなソーセージははじめて。つけ合わせのコールラビサラダの助けもあって気付けば完食。
そうは言ってもデザートの胃袋は微妙となり、菜種油とフルール・ド・セルがけのラズベリーソルベでしめました。

スターターのザリガニは5尾。色からしておいしそう!

牛肉の自家製ソーセージ。コールラビとマスタード、ホースラディッシュを添えて。

なめらかなラズベリーソルベにトッピングされたコールドプレスの菜種オイルと岩塩が風味のアクセントに。


2時間の食事を終えると空は黄昏色。多くのお客様で賑わうSlipを後に、次回はKrogで食べてみたいと心の中で計画が始まったのでした。

水辺のトワイライトはイルミネーションも美しい。


れから1年経った昨年10月、念願のレストランOaxen Krog で夢の時間を体験してきました。ミシュラン2つ星のお店に一人で行くのはかなり勇気がいることですが、このお店にはそれを受け入れてくれる素晴らしいシステムがありました。それがコミュニティーテーブル。言ってみれば合席のことですが、知らない人でも美味しい食事体験をしたいという希望が同じなら、打ち解けて会話も弾み、思い出に残るディナーになるのではとのコンセプト。このシステム、日本にもあったらなと思うくらい楽しめました。さて、どんなディナーだったのかというと…。

Oaxen Krog & Slipのエントランスは同じ。 Krogのお客はSlipを通り抜け、バーカウンター奥の壁面扉の前に通されます。雰囲気ががらりと変わる扉の奥。シックなインテリアとオープンキッチンが一体となった大人の空間。うれしいことに、コミュニティーテーブルはキッチンの目の前。シェフの仕事が間近で見られるなんて興奮するではないですか。
同席者はスウェーデン人の食べることが大好きな男性と、ニュージーランド出身の女性とカナダ人カップル。計4人でひとつのテーブルを囲んだのです。出身国も違うとあって、会話は当然英語。私の語学力ではついていけない感もありましたが、時折スマートフォンの自動翻訳機能を使って、日本語に訳してくれるフォローもあり、一人でテーブルにつくより楽しい時間を過ごすことができました。

コミュニティーテーブルのすぐ後ろがオープンキッチン。マグヌスシェフ(手前後姿)の仕事も近い距離で見ることができる。


お料理はコースのみ。それにドリンクのペアリングコースをつけることができます。この時私のチョイスはノンアルコールのペアリング。飲めないわけではないけれど、ルバーブソーダカクテルの衝撃が忘れられず、ワイン産地でない北欧ではノンアルコールも面白い選択だなと思ったのです。

一杯が結構な量で何種類もでるので、全て空にすることはできなかったけれど、メイン料理にはワインを思わせるようなスパイス使いのリンゴンベリージュースなど、刺激を受けることいっぱい。他の3名はアルコールペアリングだったので、時々香りをかがせていただきました。そうはいってもまずはシャンパーニュで乾杯です。

ノンアルコールペアリングで供された6種のうち3種。ケールとフェンネル入りリンゴジュース、タイム等スパイスで香り付けたリンゴンベリージュース、ルバーブとアニスのスパークリング等、オリジナルばかり。


ースの前にたくさんのアミューズが運ばれてきました。ほとんど指でつまんで食べるスタイルですが、器などサーヴィス小物がいちいちすてきで見とれてしまいます。聞けばほとんどマグヌスシェフの手作りとか。料理そのものだけにとどまらず、食べるシーンまで創作する。現代の料理人たちはもはやアーティストですね。

アミューズの数々










スキレットの黒パンは、マグヌスシェフに縁のあるスコーネ地方のスペシャリテ、カーヴリンク。ほんのり甘く複雑な香りが癖になる。


出来る限りスウェーデン産の肉や魚介といった食材、自家菜園Oaxen farmのオーガニック栽培のお野菜を使うなど、新鮮で安全、サステナブルな方法を選ぶ姿勢は、メニューの説明からも受け取ることができました。日本から来た私にとっては、スウェーデンや北欧にはこんな食材があるのかという発見もあり、食材をリスペクトしたお料理は塩加減もちょうどよく、最後までワクワクが止まりませんでした。



下の料理写真には、お店からいただいた当日の英語メニューをそのまま記し、メイン素材だけ日本語にしました。

Reindeer fermented with plums & beetroot, red cabbage, wild pineapple weed & vendace roe(トナカイ)



Luke warm trout with sturgeon roe, grilled parsley & rhubarb(鱒)

鱒のお料理にはきゅうりのジュースをペアリング。青々しさがマッチ。



Raw shrimp, fat from aged entrecote with beef, sorrel & fresh leaves from our farm(生海老、熟成牛リブロ―ス)

Kohlrabi baked in browned smen, potatoes cooked in ramson & pickled peas(コールラビ)



Lightly smoked scallop with sour unripe black currants, mushrooms & wild leaves(ホタテ貝)

Turbot with Jerusalem artichoke & pickled black radish from our farm(鰈)



Quail from Vinköl with celeriac in dandelion capers & grilled spruce cream(うずら)

Linderöd pork glazed with garlic from Skilleby & cabbage from our farm in roasted almonds & sage(豚)



Sweet cicely sorbet in hay baked milk foam with rhubarb from our farm & hackberry blossom syrup(スイートチャービルのソルベ、ルバーブ)

Pears with cinnamon caramel, woodruff ice cream & fermented fennel(洋梨、車葉草アイスクリーム)


あれだけたくさんのアミューズの後に10品のコース。テーブルに全て並べたら一人でどれだけ食べたことになるのだろう! ホタテ貝やうずらなどは調理する前の素材を見せてくれたり、熱い石で焼いた肉を目の前で取り分けてくれるなどのライブ感もご馳走に。そして旬のルバーブ使い。デザートはもちろん、お料理にも活かすなど、北欧ならではの使い方にハッとさせられました。そのデザートも、ハーブやスパイスで食べさせるようなスタイルで、コースの流れが美しい。

デザートの後、ひとつずつ立派な箱がテーブルに運ばれました。中を開けてみると、なんとボンボンショコラやコンフィズリーが二段! ショコラ好きには最高のお土産です。そのフレイバー使いはフランスや日本のものとはひと味違う。特に気になったのがSpelt miso。スペルト小麦の味噌?? でも食べるといわゆるお味噌の味はせず、一体何だろうと帰国後お店にメールで問い合わせてみました。

気になるSpelt misoは右下。他にもひよこ豆のヌガー入りなど、ほうれん草と月桂樹のクリームをサンドしたマカロンなど、レストランならではの素材使いがユニーク。


数日後、返事はマグナスシェフから届きました。

「私がボンボンショコラに使用したスペルト味噌は2012年に作ったので、確かなことは言えません。 しかし、私が味噌を作るときはいつも穀物を蒸すなど調理し、それから30〜40℃で2〜3日間麹菌と一緒にコンタクトします。それを毎日かき混ぜ、可能な限り形にして2.5%の塩と水の溶液を加えます。 そしてそれをわずかな圧力とそれをきれいな布で覆い37℃の場所に1ヶ月間置き、その後室温で使うまで保管します。 Magnus Ek 」


これを読む限り、大豆の代わりにスペルト小麦でお味噌を作っていることになりますね。日本人の調味料である味噌が、北欧の穀物と発酵文化を掛け合わせ、新たな進化を遂げていることに驚きました。

北欧の新しい料理、ニューノルディックキュイジーヌという言葉が聞かれるようになって10年。美しいプレゼンテーションだけでなく、核の部分に触れることでもっと深く味わうことができる。感動できることを知りました。次もまた行きたい。Oaxen Krog & Slipは、私にとってそう思わせてくれる一軒なのです。




Oaxen Krog & Slip
 http://oaxen.com/en/

はじめに紹介したOaxen Skafferiは営業を終了しています。





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