ウェーデン北部の小さなパン祭りとパンにまつわる体験記。今回はプロのパン職人に直接サワー種パンと薄焼きパンを教えていただいた時のことを綴っていきたいと思います。

(前回のお話しに登場した)ハガブロード Hagabrödを後に、コーディネーターのマルクスさんと共に向かったのはウーメオから45kmほど西の小さな湖のほとり。何でもそこにあるパン焼き小屋で友人のパン職人がパンを教えてくれるというのです。

信号などない、ひたすら森林の広がる道を走り続け到着したのは湖の前に建つログハウス。玄関先で、この日の先生、ニッセさんが笑顔で迎えてくれました。

パン焼き小屋の前で。ニッセさん(左)とマルクスさん(右)。 パン焼き小屋の目の前に広がる森と湖。牛が草を食むのどかな光景。

ニッセさんは、ウーメオで二年前までパン屋を営んでいました。大変人気のあるパン屋で、セムラの日には6000個を作って売ったそうですよ。ちょっと耳を疑う数字ですが、ウーメオ市内の人口が8万人強なので、ありえなくもなさそう…。今はこの近くに住み、パンのコンサルティングなどをされているそうです。

そして湖畔のパン焼き小屋は、ニッセさんの友人ヘレンさんが建てたもの。あいにくこの日、彼女は旅行中。お会いすることはできなかったのですが、快く貸してくださったことに感謝します。

ヘレンさんのパン焼き小屋には麦のアートが!

外観だけでなく、小屋の中にもかわいい仕掛けが! フォークを利用した麺棒のフック、真似したい!


あ、エプロンをつけてパンレッスンのはじまりです。
用意してくださったのは3種類の生地。ライサワー種のパン、大麦粉入りの薄焼きパン(Tunnbröd)生地、そしてシロップ入りの甘いライ麦生地です。

作業台に準備されたパン生地。自然光が気持ちいい。

はじめに窯に薪をくべて温度を上げる準備から。ピッツァ用のドーム窯ではありますが、薪は下段で燃焼させ、上の段で生地を焼く二段式。電気でもガスでもない、普段から薪窯でパンを焼いているなんてあまりに本格的。ヘレンさんのことがますます気になります。

連続燃焼できる二段式の薪窯。


奥の部屋でニッセさんが仕込んでおいた生地や種を見せていただきました。口頭で簡単な説明を受けたのですが、基本粉と水分、酵母が材料のパン生地は、微妙な色の違いこそあれど、見た目だけではどれが何だかわかりにくい。ですが匂いを嗅いだりちょっと味見をすると、時間とともに微生物が働いていることを実感。複雑な味とテクスチャーが創り出されていました。

日本ではあまり馴染みのない素材、大麦粉は湯種にしてありました。しっとり甘いクラムができるそうで、スウェーデンではライ麦粉を湯種にして使うことがあります。大麦粉湯種は薄焼きパン生地に混ぜて使うのですが、小麦の流通が良くなったこのごろでは、べたついて扱いにくい大麦粉はあまり使われなくなってきたそうです。小麦粉は生地にして扱いやすく、焼けばふんわり食べやすい。本当に万能で、あらゆる穀物にとって代わるだけの魅力があるのですよね。

大麦粉の湯種。グレーがかった色調になる。 大麦粉は打ち粉にも使う。挽き方は粗めで味は少し渋みがある。


まずはライサワー種のパンから分割、成形です。
ライ麦粉にスペルト小麦を合わせ、一晩発酵させた生地は水分多めなゆるさ。手でのばすとしっかりグルテン膜も出来ていてうっとり見とれてしまいます。しかしこの手の生地は扱い慣れていないと手にべたべたくっついて、きれいに成形するのが難しい!

きれいなグルテン膜。


ニッセ先生の見事な手つきを真剣に観察するも、同じようにはいきません。ナマコ型のパネトンに入れ、しばし膨らんでいくのを待ちます。

「大きく丸く焼けば中はふっくらで美味しいけれど、スライスすると大きさがまちまちになり、お客さん側からはいやがられる。だから今はナマコ型のような長方形が好まれる。」と先生。

「サワー種だけで発酵させると酸味が強すぎる場合があるし、求められる軽さを出すためにイーストも併用している。」とも。長年パン屋をやっていただけに考えは合理的です。

ライサワー種パン生地はナマコ型のパネトンに入れて。


に見せてくれたのは、シロップ入りの甘いライ麦生地。ライ麦サワー種、ライ麦粉、小麦粉、イースト等にダークシロップで色と甘みをつけた、いかにもスウェーデンらしい茶色い生地。やわらかくてベトベトするところを、打ち粉をたくさんつけて8oほどの厚さにやさしくのばし、凸凹をつけたらカードで長方形にカット。200℃位になった窯で焼いていきました。

焼き上がりを食べてみると甘くて酸味もあって、ほんのりスパイシー。パンの名前を聞くと、これはニッセさんオリジナルの試作品とのこと。伝統的なパンばかりでなく、多くのパンが生みだされ販売される現代。そこは日本と同じなんですね。

ライ麦主体の脆い生地をやさしくのばしカットしていく。 一枚ずつ窯へ


そして3種類目は薄焼きパンのTunnbröd。
これが作りたくてここまでやってきたのですから興奮せずにはいられません。

ニッセ先生の仕込んでくれた大麦粉、ライ麦粉、スペルト小麦粉、発芽小麦胚芽入り生地は、一般的なピッツァの生地よりずっと脆くて柔らかく、触った瞬間ドキッとしました。

棒状にした生地を分割し丸め、打ち粉をたっぷりしてのばしていきます。はじめはストライプ状に凹凸のついた麺棒で四方八方に丸くのばしていき、1〜2o厚さになったらチェックの凸凹麺棒をかけます。この凸凹麺棒、ちょうどフォークで空気穴をあける役目があります。薄焼きパンにはピタパンのような空洞はNGなのです。


分割し丸めたら手である程度平らにし、麺棒で薄くのばいしていく。

はじめはきれいにのばせなかったのが、枚数を重ねるごとにコツがつかめそうな…。薄くのばせたとしても、切れやすい生地はピールに移すときも大変です。

本場の薄焼きパン生地を自分でのばすのは初めて。真剣です。


460℃の窯へさっと入れ、2分位でしょうか。端っこがキャラメライズされ真ん中が薄く色づいたら理想の焼き上がりだそうです。私の初薄焼きパンは、厚さが均一でなかった部分があり、焼きむらができてしまいました。わずか0コンマの差も、焼くと出てしまうんですね。

ごく薄く大きくのばした生地をピールにのせ薪窯へ。

それでも焼き上がりはクリスピーで粉の甘さが感じられ美味しい! 自分で焼いたことに感動です。のばしては焼き、窯の前で焼き上がりを見極める。これだけのことですが毎回違うので飽きません。

焼き上がりは周りが香ばしい焼き色がつき、ごつごつした表情。


こでランチの準備。一番目のライサワー種生地でピッツァを作りました。
マルクスさんが用意してくれた具材は、旬のあんず茸、ミニトマト、モツァレラチーズ、ヴェステルボッテンチーズ、ハム。それらを薄くのばした生地にのせ、焼きあがった後にルッコラを散らしてスウェーデンスタイルピッツァの完成です。

あんず茸やヴェステルボッテンチーズといったスウェーデン名物もピッツァの具に。


さあ、テラス席に運び、ベリーのジュースで乾杯。なんて気持ちの良いランチでしょうか! サワー種ピッツァ、クリスピーで美味しいじゃないですか。

この景色を眺めながら、最高のピッツァランチ。

ランチの間にパネトンで寝かせて大きくなったライサワー種パンを窯に入れます。ピッツァを焼いた後なので温度を下げ、鉄板を一枚入れました。

窯に入ったばかりのサワー種ライ麦パン。

何分くらい経ってからだったか、焼き色がついたところでニッセ先生が窯からひとつ取り出し、中心温度を確かめました。98℃になっていれば焼き上がりですが、片方は95℃でした。しかしこれ以上焼いても皮が固くなるからか、時間のためか、ここで終了しました。 少し時間をおいてカットすると、ニッセ先生はやはり、というような表情。

「見てごらん。最初の温度が高すぎたので、底の部分が膨らむ前に固まってしまっている。」

全てお見通しだけれど、初めて使う他所の厨房、しかも薪窯で、限られた時間内に終了させるには仕方がなかったのだと思います。何よりワクワクさせてくれたし、プロならではの丁寧な説明と発想はとても刺激になりました。

焼きあがったライサワー種パンの断面。大きい気泡が見えるが、底に近い部分は詰まったまま。


温度のあがった方のパンを半分と、薄焼きパンを少し、お土産にいただきました。サワー種のパンは薪の香りが心地よく、食べる前からそそられます。パリッと香ばしい皮としっとりクラムのコントラスト、噛めばじわじわっと唾液があがる旨味。サワー種の風味はあるのに酸味はおだやかで食べやすく、どんどん食べ進んでしまいました。薄焼きパンも、様々な穀物と粉の風味が複雑にからんで印象深い味わい。ニッセさんが腕を振るっていたパン屋さんが、どれだけ素晴らしいパンを揃えていたかが想像できます。6000個売ったというセムラもさぞやおいしかったのでしょうね。

こんなに貴重な体験をさせていただき、マルクスさん、ニッセさん、ヘレンさんに心から感謝します。


ヘレンさんからのウエルカムメッセージを手にするニッセ先生。お世話になりました。ありがとうございます。





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