ウェーデン北部の小さなパン祭りとパンにまつわる体験記。今回からは昨年9月に開催されたオーセレの薄焼きパン祭り(フェア)Tunnbrödsmässan i Åseleの様子を紹介します。

パン祭りと聞くと、日本では今やあちこちで催され大人気のイベントですが、スウェーデンではどうなのでしょうか? どんなスタイルで行われているのかが気になるところ。しかも、パン全般ではなくて薄焼きパンに特化するなんて、何とコアなイベント! 

ちょうど薄焼きパンのことを調べていたこともあって、すぐに心動かされ、旅するきっかけとなったオーセレの薄焼きパンフェア。しかしどんな場所なのか、どういったプログラムがあるのか等のイベント専門サイトもなく、主催者とただメールでやるとりをするところからプラン作りは始まりました。

前にも書いたかもしれませんが、スウェーデンの薄焼きパンが好きになったのはもう20年以上前。オーロラを見に冬の北極圏に滞在した際、ホテルやサーメ人のツアーで食べた薄焼きパンサンドが忘れられず、日本でも食べられないかな、自分でも作れないのかなと密かに思っていました。

インドのナン、チャパティ、中東のピタ、エジプトのエイシ、イタリアのピッツァ、アルザスのタルトフランベ、メキシコのタコスなど、薄焼きパンというのは世界のあちこちにあって、それらはその国その土地のシグネチャーフードでもあります。

スウェーデンの薄焼きパン〜Tunnbröd(以下トゥーンブロードと記します)も、北部の人々には欠かせない食べ物。どんなカルチャーがあるのか、とにかく楽しみでなりません。

オーセレÅseleへの足はバス。ウーメオから西へおよそ160km、朝8時に出発し、2時間ほど走って到着です。北西部を除いてほぼ高い山はないスウェーデンですが、オーセレあたりまで来ると標高を感じます。空気が違う! (実際オーセレの標高は350m弱。ウーメオは5m。)

オーセレへ向かうイベント専用バス。車窓に広がる湖と森と青空が気持ちいい。


さっそくフェア会場である文化会館へ。入り口でプログラムと抽選券を引いて入場です。学校の体育館ほどの広さのホールに、トゥーンブロード、地元の特産品、クラフト品、カフェ等のブースが並び、ちょっとしたマルシェのよう。

町の中心にあるオーセレの文化会館。

入り口でプログラムと抽選券を引いて。入場は無料です。


いくつかあるトゥーンブロードのブースは、ほとんどがオーセレ近辺の個人のもの。それぞれに作り方にこだわりがあり、うちのが一番!とばかりに語り出します。

「うちのは一晩生地を寝かせて焼くから熟成感があるの。」とか、「サワー種で仕込んだ。」といった具合に。


その人ならではのレシピで焼いたトゥーンブロードを試食販売。

地元の魚のスモークも一緒に紹介する女性。


たった1、2mm厚さなのに、食べてみると見事に味わいが違います。試食では、バターやスプレッド、この地方のチーズ・ヴェステルボッテンをバターに混ぜて塗ったり、チョコレートをディップしたりと食べ方のアイデアも様々。

チョコレートをディップしたものと、ヴェステルボッテンチーズとバターをまぜて塗ったもの。


料理人のブースでは、小さくカットしたトゥーンブロードを揚げてカリカリのチップにして、茸クリームチーズをディップしたスナックや、白カビチーズとクラウドベリージャムを巻いたアペリティフを実演提案。

白カビチーズとオレンジ色のクラウドベリージャムをトゥーンブロードで巻いてスライス。乳製品は間違いなく合います。

トゥーンブロードをフライドチップにして、茸クリームとクルミ、クリームと魚卵などをトッピング。


また、カフェコーナーにはトゥーンブロードを使ったサンドイッチと手作りのお菓子が並んでいました。トゥーンブロードをパフェグラスに入れコーン型にしたサンドイッチを食べてみました。ポテトとお肉、お野菜等の具でボリューム満点。日本でいえば手巻き寿司かおにぎりか、やさしいお袋の味に気分はほっこり。

トゥーンブロードで具を包んだTunnbrödstrut。具は牛肉、ポテト、サラダ菜、玉ネギ、ビーツ、にんじん、リンゴンベリードレッシング。

トゥーンブロードのサンドイッチ。具はハムサラダ、ハム、ハム&チーズ。

カフェにはチョコレートボールやクッキー等、お馴染みのスウェーデン菓子が。


ゥーンブロードを作るうえで必要な道具、麺棒 brödkavlarを作る職人のBjörkさん。趣味で20数年前から趣味で始めたという彼の製法は、木材の中を空洞にしてから棒状にして、ノミで丁寧に凹凸を作っていきます。1本完成させるのに2日間かかる根気のいる作業。そう考えると価格380クローネ(およそ6000円)は高くはない気がします。日本では凹凸の大きな麺棒は見かけないので、ひとつ持って帰ることにしました。いい道具はがぜんやる気を起こさせますから。

麺棒のプレゼンテーションをするBjörkさん。

麺棒のできるまでがずらりと並ぶ。

印をつけた部分を一か所ずつ削って凸凹を作る。


隣のホールではアカデミックなトークセミナーも開かれていました。ヴェステルボッテン博物館リーダーでトゥーンブロードアカデミーのメンバーのAnkiさんによるTunnbröd文化のお話しは、言葉こそわからなかったけれど、スクリーンの様子から大変興味深い内容でした。
ヴェステルボッテンとは県名で博物館はウーメオにある。オーセレも同県に属する。

パンのタイプについて講義するAnkiさん。


同じヴェステルボッテン県内でも、北と南では名称が違っているとのこと。樹の皮を削って生地に混ぜたり、家畜の血を入れたり! 流通の良くなった現代では考えられないかもしれないけれど、スウェーデンの北西部は耕地に適していないので小麦は貴重。カラス麦、大麦、豆などあるものは何でも粉にして、樹皮まで入れてパンを焼いていたのです。そういうものはグルテンがないので膨らまないから必然的に薄く焼くことに。一度にたくさん焼いて、保存できるよう乾燥させたのがトゥーンブロードなのです。

また、トゥーンブロードはオーブンではなく、鉄板で焼く文化もあります。最初は直火鉄板焼きだったとも。何故ならここはトナカイとともに移動するサーメ人の地だから。遊牧民に固定の窯はなかったからとAnkiさんは教えてくれました。なるほど、必然が文化を生むわけですね。中東のピタもそうなのでしょうか。世界のパン文化がちらっとよぎります。

「Brödkult」というヴェステルボッテンのパン文化を本にまとめたというAnkiさん。学者というかたいイメージではなく、とても気さくで素敵な方。ああ、本当に言葉が出来たらもっと面白かったと思います。

Ankiさんが執筆された本「Brödkult」。トゥーンブロードを焼く人々を取材。集めたレシピを掲載している。スウェーデン語は読めないけれど、好きな人にとってはたくさん掲載された画像を見るだけでも面白い。


うそう、Ankiさんもメンバーであるトゥーンブロードアカデミーのことを紹介しなくては! 同アカデミーは、このパン旅のコーディネートをしてくださったマルクスさんをはじめ、数名で2015年に結成されたトゥーンブロードの普及促進団体です。このフェア〜Tunnbrödsmässan i Åseleは、2015年11月に1回目が開催され、2017年は3回目。2日間で200名ほどの来場を見込んでいるとのこと。人口2800人ほどのオーセレ市ですから、この数はまあまあなのでしょう。

トゥーンブロードアカデミーTunnbrödsakademinsのサイト
 http://www.tunnbrodsakademin.se/

トゥーンブロードアカデミーのブースに立つマルクスさん。

トゥーンブロードアカデミーのブースには、スーパー等で市販されている何種類ものトゥーンブロードがずらり。マルクスさんはそれらを紹介、小さく割って試食をすすめていました。大きさ、形、厚さ、粉や材料による色の違い、かたいタイプ、やわらかいタイプ、メーカーによって名称も様々。なんとAnkiさんのお話しにも出た家畜の血入りもありました! フランスにもフィンランドにも豚の血入りソーセージはあるし、抵抗なく食べてみましたが、特に癖もなくクリスピー。箱の食べ方例を見ると、塩を入れたお湯で2分ほどゆでて豚肉ソテー、リンゴソースなどと食べるようです。

トゥーンブロードアカデミーが用意した市販のトゥーンブロードたち。

試食用に並べられた市販品。子供たちがやっているのは各ブースに用意されたクイズ。

家畜の血入りトゥーンブレッド(右)とオーガニックの大麦トゥーンブロード(左)。血入りのお団子やプディングは、スーパーにも並ぶスウェーデンの伝統食ですが、血入りのトゥーンブロードまであるとは!


「市販のトゥーンブロードはほぼ工場製です。町のパン屋が焼いて売ることはありません。あとは手作りするしかないです。」とマルクスさん。確かにあの薄いパンを一枚ずつ何枚も焼く手間を考えたら、他のパンを焼くことができなくなってしまいます。トゥーンブロードだけで何種類も製造するポーラブロードのような大手メーカーがあるから、ストックホルムやスウェーデン全土で楽しむことができるわけですね。

ポーラブロード Polarbrödのサイト
 https://www.polarbrod.se/

左から3種類がポーラブロード Polarbrödの品。今はフランスにも輸出されているとか!

規模こそ小さいけれど、発見も多かったトゥーンブロードのイベント。この後実際作ったり伝統的な食べ方を教わったりと続きます。お楽しみに!






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