ウェーデン北部の小さなパン祭りとパンにまつわる体験記。オーセレの薄焼きパン祭り(フェア)Tunnbrödsmässan i Åseleでの最終回は、「伝統的な薪窯でトゥーンブロードを焼く」。とにかくここに来て一番感動したことです。

オーセレの街のシンボル、教会。


メイン会場の文化会館から歩いて5分。これといった観光名所のないオーセレの街の片隅に、昔の建物を移築した野外博物館のようなエリアがあります。ストックホルムのスカンセンを小さくしたみたいなものですが、こういったものはスウェーデン各地でみられるので不思議に思っていました。全ての場所が野外博物館として運営されているわけではないようですし。

オーセレの昔の建物を移築したエリア。

その中には扉に童話のイラストが描かれた小屋も。


この疑問をアンキさんに聞いてみました。

「これらの野外博物館は1880年から1910年の「National romantic-time」に設立されたそうです。産業の発達とともに人々が都市に移住し始めたとき、多くの都市や有力者がこの「偉大さ」を実証し、明示したかったという、政治的な考えからだといいます。私たちの歴史について都市に住む人々に見せて思い出させるためです。」

スウェーデンの歴史を深くは知らず、1901年ノーベル賞が設立された頃と想像するしかなく…。それはさておき、このオーセレ野外博物館エリアには現役のパン焼き小屋があるのです。


Tunnbrödsmässan i Åseleの別会場、パン焼き小屋。

Bagarstugaは直訳でパン焼き小屋。


マルクスさんに案内され入るやいなや、私は大興奮。そこには窯に薪をくべ、パン生地を薄くのばして焼くことを繰り返す女性が二人いたのです。

クリスティーナさん(左)とリニアさん(右)


「一枚やってみますか?」

ここは薄焼きパントゥーンブロードの体験会場。興味を持ったお客さんが順番に彼女たちの指導のもと、生地をのばして窯入れし焼くところまでやらせてもらえます。早速エプロンを借り、生地をのばし始めました。たっぷり打ち粉を振って、めざす直径はだいたい60cm。前日にニッセさんに習ったとはいえ、パン生地をごく薄く大きくのばすのは、やり慣れないと難しい。

のばしたら生地両面の余分な粉をブラシで払います。このブラシかけが侮れない。ササっとなぞっただけではダメ出しをされます。

「ちゃんと丁寧に落とさないと固くなるし粉が焦げてしまうのよ。」

理由を説明してくれたのはクリスティーナさん。生地もだけれど、窯床に焦げた粉が落ちて後から入れる生地にも影響がでます。
窯入れしてからも目が離せません。ピッツァと同じかもしれませんが、オープン窯の中は場所によって火加減が違うので、板で生地を回しながら火を均一に入れて焼き上げます。きびきび動く作業の中にはポイントがいくつも詰まっているのですね。

焼き上がりにブラシをかけ、ナイフで数等分にカットして重ねラックで粗熱をとります。こうして焼きあがった体験トゥーンブロードは、袋に詰めて持ち帰り。もちろんその場でバターを塗って食べてもOK。はじめて石窯で焼いたトゥーンブロードは不格好でも格別。ふわふわでもなくサクサクでもないけれど口当たりは軽く、バターを塗ると美味しさが増します。

トゥーンブロードに使う道具。麺棒の他にブラシも必須。

自分で焼いたトゥーンブロードをカットしてブラシがけする体験参加の女性。


きを体験したら、今度は生地作りを見てみたくなりました。 お二人とも次の日も朝から同じように仕込んで焼くというので、その時間にお邪魔することにしました。

朝、パン焼き小屋の前に立つと煙突から煙があがっていました。もう準備が始まっている印です。


朝の空に煙がのぼるパン焼き小屋。

荷台から運んだたくさんの白樺薪。


「さあ、生地を仕込みますよ。」
クリスティーナさんは、ベビーバスのような大きなパン桶を床に置き、牛乳を1本分入れ、生イーストを砕いてかき混ぜ、さらにまた牛乳を加え、塩、オートミール、ラントブロートミックス、ライ麦粉、グラハム粉、小麦粉、発酵乳、パン用スパイスミックス、シロップを次々と投入。

白いパン桶にパン用スパイスミックスを入れ混ぜるところ。フェンネル、アニスなど甘くて爽やかな北欧テイストのブレンドスパイス。

オートミールも粒のまま投入。ラントブロートミックスは大麦、小麦、オートミール、ライ麦等の粉がブレンドされた田舎パンのブレンド粉。


大きな木べらで全身力を込めてかき混ぜてみますが、作る量が多いのでとても力がいります。お店ならミキサーで仕込むような量を手作業でやるので当たり前なのですが! 昔はミキサーなんてなかったわけだし、ホームメイドのスタンダードはこんな感じなのでしょう。しっかり混ぜないと固い焼き上がりになってしまうので気は抜けません。

全身の力で生地を捏ね混ぜる、よいしょと声が出てしまう!

薪窯に近いあたかいところで休ませる。


10〜15分休ませたら、打ち粉をたっぷりした作業台に生地をのせ、棒状にまとめてカードで分割して丸めます。パン屋さんみたいにスケールで重さを計ったりせず、経験からの目分量でスパスパっと分けていくクリスティーナさん。並べてみるとほとんど同じに見えるからさすがです。


小麦粉とグラハム粉を混ぜた打ち粉をたっぷりした台に移す。
10kgはあろうかと思われる生地を棒状にして目分量で分割。
大きさを確認しながら、トントンとリズミカルに丸めていく。


一次発酵とかホイロとか、日本で浮かぶ一般のパン作りの流れはここにはなく、丸めたものを1〜2時間位休ませて次々のばして焼いていく感じです。時間が経てば発酵もほどよくのばしやすくなります。


たくさんの丸めた生地が台に並んだ。


ここからは前日の通り。クリスティーナさんは、途中底の部分がくっついていないか木べらで確認しながら慎重に、生地をできるだけ薄くのばし整えていきます。ブラシで上下とも粉をはたいたら、500℃位の薪窯に滑らし入れ、木べらで回転させながら焼きます。だいたい1分位だったでしょうか。あっという間に焼きあがります。


酸素を吹き込み、薪窯の温度を整える。
凸凹麺棒で薄くのばす。
粉をブラシで落としたら薪窯へ。
慣れないと難しい! 均一に焼き上げるための生地回し。


枚か焼き上がった後、同じ作業をやらせていただきました。前日の1回だけではまだ身についておらず、初めの1、2回は生地が破れるなど手こずりましたが、その後身体が先に動くようになり、窯の中で生地をまわすことも手慣れたものに。全部で何枚焼かせていただいたのか、数えるのを忘れてしまうほど夢中になって楽しんでしまいました。

カットしたトゥーンブロードは小分けにして冷凍保存。なくなった頃、また焼きに来るのでしょうね。


焼きあがった後も粉や煤を落すブラシがけ。

カットして重ねて冷ます。


5歳の頃から大人がやるのを見よう見まねで作り始めたというクリスティーナさん。彼女にとっては長年やってきたことのひとつなんですね。この日仕込んだのは彼女のオリジナルレシピ。きっとこれが一番だと確信した配合とやり方なのでしょう。

ところでこのパン焼き小屋は、いつでも借りることができるのでしょうか?

「現在は一日100スウェーデンクローナ(約1300円)でレンタルできます。ただし薪や材料は自前で持ち込みです。」

もうひとりの女性、リニアさんは教えてくれました。


扉には1850年に建てられたとの文字が。


こんな薪窯が近くにあったら何度焼きに行っていることか! ただしこの薪窯で焼けるのはトゥーンブロードかピッツァだけ。大きく丸いパンは自宅で焼くそうです。

小屋の中には麺棒などの道具も揃い、戸棚にはレシピファイルもありました。開いてみると、それぞれその人のトゥーンブロードレシピがあります。ハード、ソフト、それから血入りトゥーンブロードのも。利用者はこのファイルを開いて、焼いていかれるのでしょうか。


戸棚には薄焼きパンを作るための道具がきれいに並べられている。

レシピファイルの一枚。


家にパンの焼けるオーブンがなかった時代、村には共同のパン焼き窯があって、それを使って1か月分まとめてパンを作っていたという話はヨーロッパでよく聞きます。フランスでは村の中に遺跡として見ることもしばしば。ドイツの田舎では今でも使われる共同窯がありますが、スウェーデンにもそれがあることに感動しました。

発見と出会いの連続であったオーセレともそろそろお別れ。そうそう、私が泊ったのは街にたった一部屋の宿泊施設。なんとオーナーは同じ建物のパン&菓子屋さんでした。このお店、田舎のごく普通のパン屋さんなのですが、併設のカフェはヴィンテージカフェの本に掲載されたこともあり、内装や装飾品に60年代の雰囲気が漂います。


ヴィンテージ感がすてきなカフェの内装と屋根上に看板のある外観。


オーセレを発つ日、こちらで美味しいシナモンロールを頂きながら、掲載された新聞を覗き込みながら、想像以上に充実したオーセレでの滞在を振り返りました。 オーセレのみなさん、アカデミーのみなさん、お世話になりました。

Tunnbrödsmässan i Åsele、2018年は9月28日開催とのこと。また、トゥーンブロードを焼く体験プログラムはオーセレ以外でもあるようです。もし昔ながらのパン焼きに興味がわいたら、北スウェーデンにぜひお出かけください。


Tunnbrödsmässan i Åseleに来た日本人として取材された地元の新聞。大きな写真とともに「トゥーンブロードを食べるために旅した」という見だしの記事。





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