回は節目となる連載50回目。なのにまた薄焼きパンなの? タイトルに呆れた方もいるかもしれません。薄焼きパンは作る人によって材料も作り方も微妙に違いますが、地方によってもまた呼び方、材料も違います。

フランスのパンでいえばフランス全土どこでもバゲットという名の小麦粉を使った棒状のパンがあるけれど、それらがちょっとずつ副材料や配合が違って、呼び名が違う感じでしょうか。

それからイタリアにおけるパスタ。各地で独自の形や呼び名があるような感覚とか。
これを書いている最中にも、いろんな例えが頭の中でぐるぐる…。とにかく行く先々で出会う薄焼きパンに、独自の呼び名がついていることに驚き、どう違うのかに首を傾げ、たかが薄焼きパン、されど薄焼きパンなのです!

今回紹介するのはスウェーデン、ダーラナ地方の薄焼きパン屋さん。ストックホルムから北西に電車で3時間ほどのところに位置するダーラナ地方は、スウェーデン人の心の故郷と呼ばれるところ。森と湖、のどかな風景が広がる田舎でありながら、長らく銅鉱石の産業で栄えた歴史があります。余談ですが、スウェーデンの家壁が赤いのは、ここの銅鉱山から採れる顔料が原料になり、含まれる成分が木造外壁の保護に有効だからだそう。

レトヴィク駅前に建つハンドメイドショップの壁もベンガラ色。ダーラナはクラフトが盛ん。

シリヤン湖畔の教会(左)と17世紀頃建てられた教会に隣接した厩。


そして忘れてならないのがダーラヘスト。林業が盛んなことから生まれた民芸の木製馬はスウェーデンのアイコンとして日本でもすっかりお馴染みですね。
ダーラナ地方が観光地としてはもちろん、物づくりやアーティストにも人気なのは、自然と人々の生活が築き上げたアートがそこかしこに感じられるからかな。駅を降りた瞬間、そういう空気を感じ受けました。

看板やバスのロゴにも馬が。


訪ねたのはRättvik(レトヴィク)駅から歩いて5分のところにあるパン屋さんRättviks Tunnbrödsbageri och Handelsbod(レトヴィクス・トゥーンブロードバゲリ・オ・ハンデルスボッド)。

扉を開けた瞬間、昔の映画に出てくるようなレトロな空間! 壁や棚はもちろん、レジまわりまで子供時代を呼び起こす夢のある店内。ひとつひとつ何だろうと興味をそそる缶や道具に見入ってしまいます。


Rättviks Tunnbrödsbageri och Handelsbodの外観。ちょうど住宅街にさしかかった角地にある。

店内は1960年代のココアやスパイス缶など、眺めているだけで心躍る。包装紙のホルダーは現役。


ガラス越しに見える奥の工房では、大きなマシーンが設えてある周りで薄焼きパンを作る人の姿が見えます。
声をかけると、中から店主のオーケ(Åke Danielsson)さんが出て来てくれました。

店主のオーケさん。手に持っているのは「Kavelbulle」と呼ぶ薄焼きパン。奥が工房。


拶もそこそこに、着替えて早速作業を見せていただくことに。まずは広い工房のさらに奥の、階段を上がった休憩室に案内されました。ここからもガラス越しに作業を見ることができます。

「この建物は昔教会だったんだよ。」

なるほど、今いる場所は祭壇で、工房がお祈りの椅子のあったところで売店はその手前の空間だったのかしら? 教会の建物がパン屋さんとして使い続けられているなんて、なんだかつながりを感じますよね。

こちらで作っているのはソフトタイプの薄焼きパン。何種類かあるうち、この日は機械で焼く四角い「Tunnbröd(トゥーンブロード)」を製造中とのこと。ポテトフレークを水で戻し、小麦粉、ライ麦粉、シロップ、塩、水等とミキサーにかけ耳たぶくらいのかたさの生地を作ります。ポテトが入ることで、ひきのないソフトな食感と甘さがでるのかな。

打ち粉をした台にあげて、機械が延ばせる大きさに分割。休ませることもなく発酵もとらない、とてもシンプルな生地です。それをローラーにのせたら後は焼きあがりを待つだけ。4本のローラーを通った生地は1o位の厚さになり、長方形にカットされ、メリーゴーランドのような回転オーブンというか、上下焼きごてのようなマシーンの上で焼成されます。

捏ねあがった生地をめん台にあげて分割する。奥に見えるのが回転オーブン。

ローラー台に生地をのせていく。ここからはマシーンの仕事。

段々と薄くなっていく。


1cm位の隙間があり、10秒ほどするとピッツァのようにぷくぷくと膨らんでくる。一周したら焼き上がる。


焼きあがった「Tunnbröd」にブラシをかけ、チェックをしながら6枚ひとまとめにして袋に詰め、出荷用ケースに入れて完成です。
手作業で焼く薄焼きパンしか見たことがなかったので、初めて見るマシーンの動きに興味津々。こちらの「Tunnbröd」は、スーパー等にも卸されているそうです。

焼きあがった「Tunnbröd」は、袋がけして出荷される。


シーンを使う薄焼きパンにはもう一種類、「Tuttul(トゥトゥル)」があります。「Tuttul」はここレトヴィクだけの呼び方で、同じダーラナ地方でも地域によっていろいろな名前の薄焼きパンが存在するそうです。先の「Tunnbröd」との違いは材料。地元牧場の乳脂肪分の高い特別な牛乳と、アニス、フェンネルを生地に練り込み、ソフトで香り豊かに焼き上げます。

店に並ぶ「Tuttul」。

やわらかくてアニス香がたまらない。バターを塗って食べると甘さがひきたつ。


「保存料不使用で日持ちがしないため、スーパーには卸していません。冷凍かドライにして保存します。」とオーケさん。聞いたところスウェーデンでは、スーパーに卸すには1週間の日持ちが必要で保存料がマストなのだそう。便利と引き換えの流通裏事情、全てには入れたくないオーケさんの気持ちを感じました。

ところで麺棒をまわしながら薄くのばして焼く丸い売薄焼きパンは作っていないのでしょうか?

「金曜日に焼きますよ。Kavelbulle(カヴェルブッレ)といって、Tuttulと同じ特別なミルクと挽きたてのアニス、フェンネルも入れて一晩寝かせて発酵させた生地を、50cm位に丸く薄くのばして穴をあけ、ピッツァ用のオーブンで片面20秒ずつ焼きます。予約でパン作り体験も受け付けていますよ。」

生地の仕込みに時間をかけ手で薄くのばす「Kavelbulle」。丸くて大きいままたたまれ入っているが、袋の中で少しちぎって食べるもまたちぎって食べてしまう美味しさ。

「Kavelbulle」をのばす作業台からは店内が見渡せる。窓際に置いてあるのは昔のピンローラー。


訪れたのは木曜日。一日遅かったらよかったのに! 
クリスマスシーズンのルシア祭にはサフラン入りのKavelbulleも焼くそうです。黄金に輝くKavelbulleなんて、聞いただけで頭の中をサフラン香が漂い垂涎。

こんな風に、オーケさんたちはマシーンで量産するだけでなく手作りの伝統も大切にしているのですね。
そして過剰に製造したTunnbrödやTuttulも無駄にはしません。乾燥させて日持ちのするチップにして提供しています。


ハーブとオリーブオイルを塗って焼いたチップ。

Tuttulを乾燥焼きしラスク状にしたKEX。


ーケさんはこのお店の何代目なのですか?

「このお店Tunnbrödbageriは1957年創業ですが、2013年に私達が買い取り引き継いだのです。そして同年、今の教会だった建物に移転しました。」

その前はまったくパンと関係ない仕事をしていたというオーケさん。前の経営者から研修を受け、ノウハウを引き継いだそうです。

薄焼きパンを焼くお店は周囲にもあることはあるけれど、週に1回か2回、あるいは夏休みだけとか、趣味のようなお店ばかり。だから専門店のやりがいを感じるのでしょうね。


昔の道具やクラフトをうまく利用したムードある店内。

ラスク等は試食も用意されている。

棚の上に昔の‘ココアの目’缶を見つけた。欲しい!


「さらに丘の上にあったお店、GärdebyHandelを買い取り、そこにあったノスタルジックな家具やインテリア雑貨で店の雰囲気を作り、地元の食材やグロサリーを販売する形にしたのです。」

店内に並ぶヤギチーズ、ジャム、ハチミツ、シロップ、チョコレート、ジュース等、地元や国内で小規模生産された食材は、どれも手に取ってみたくなるものばかり。その中に、えんどう豆の粉 Ärtmjölを見つけました。何でもこの辺りで伝統のえんどう豆粉入りパンを作るための材料だそう。小麦が貴重だった昔はパンを作るために何でも粉にしていたのですね(だから面白いのですが!)。購入したえんどう豆の粉についていたレシピを参考にパン〜 Ärtbullaを焼いてみましたが、ほんのり甘くいろいろな穀物の味わいがしました。


興味をそそる近隣の農家製チーズやバター、ソーセージ等のローカルフード。

地元のチョコレート屋さんの品も。

はちみつ、スパイスの段の上には地元産えんどう豆の粉 Ärtmjölが。えんどう豆はよく食べるが、粉は今では珍しいそうだ。


この後散策したシリヤン湖畔の夕日のなんと美しかったこと!
持ち帰ったKavelbulleの肌触りのやさしさとともに、忘れられない一日となりました。オーケさん、ありがとう。これからもこの地に欠かせないお店であり続けてくださいね。


シリヤン湖の夕景に感動。




Rättviks Tunnbrödsbageri och Handelsbodのサイト(スウェーデン語)
  http://www.tuttul.nu/







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