白い漆喰壁と、落ちついた濃いブラウンの木目にパンが映える店内。中でもショーケースに美しく並べられたヴィエノワズリー類が目を引いた。見事に浮き上がった層、軽さとコクを感じさせる焼き色、美しいシルエットはおいしさのメッセージを発しているかのようだ。
 


「実はヴィエノワズリー専門の店にしようと考えたこともあったんですよ」

パンを作るのはTシャツにバンダナ姿の國島 武人さん、販売は奥様のはるひさんが担当。二人三脚、そんな暖かい雰囲気が伝わってくる。

「実家が福島でパン・洋菓子・和菓子の店をしているんです。父は元々和菓子の人間だったんですが、時代の流れからパンや洋菓子も作るように。そのせいか、パンやケーキの作り方はほとんど我流でしたね」

そんな父親の姿を見て、國島さんも自然と同じ職人の道を選んだ。

「最初は製菓学校へ入りました。でも、だんだんと自分には合わないんじゃないかと思い始めたんです」

その理由はパティシエには一見無関係のように思える“絵”にあった。パティシエにはやはり色彩感覚が不可欠、國島さんはそう感じていた。

「実は、絵を描くことにコンプレックスがあったんです。周りは色彩のセンスもあるし、美術館へ行ってはデザインを勉強するという人たちばかり。自分にはそれがなくて」

そして就職。洋菓子とパン両方と思って入ったのは、ほとんどパンがメインの店だった。そこでは、のちのオー・バカナルやムーミンベーカリー&カフェで活躍することになる池田裕之氏がチーフを勤めていたという。この出会いをきっかけに、國島さんはだんだんとパンの道へと引き込まれて行くことになる。

「実家を継ごうと思っていたんですよ。だから2年くらいして、実家へ戻りました。でも、しばらくすると東京に出てもう一度やってみたいと思うようになった。どこか中途半端だった気がしたんです。パンの道を選ぶなら、ハード系、ヴィエノワズリー系をもっとしっかりやりたかった。それで、就職先も決まらないまま強引に東京へ出てきました」

そして入ったのが川口にある人気店デイジーだ。

「パンとはこういうものだ、と叩き込まれた場所です。倉田さんはヨーロッパと日本両方の伝統を大切にする人でしたね。だから本当に基本からしっかり教わりました。自分の中では、ここがスタートなんですよ」

実は当時の思い出が込められたパンがある。

「入ってまもなく、クリームパンの成型を手伝った日のこと。夕方のミーティングで、シェフが『このクリームパンの成型をやったのは誰だ?クリームパンの成型もできないようなヤツがこの中にいるのか!』と言って怒ったんです。どう考えても自分しかいないんですよ。ショックでしたね。絶対に上手くできるようになってのし上がってやる、と思いました。それ以来、クリームパンを作るたびに思い出しますよ。だから、当然うちのクリームパンもデイジーと同じ昔ながらの形です」

パン、そして職人としての基本を叩き込まれた國島さん。そして練馬の名店アンジェリーナへ。

「ここでは応用というか、パン屋がどこまでできるのかという可能性をみせてもらったと思っています。隅シェフは、このパンにはこれが合うという天才的な嗅覚を持っているんですよね。実はそれまで包丁の使い方も知らなかった、食材の使い方を教えてもらったのがアンジェリーナなんです」

そのスタイルはベーにも色濃く現れている。パン自体での味の組み合わせはもちろん、ショーケースの隣にはチーズやスープが並び、パンと何かを組み合わせることによるおいしさが提案されているのだ。


   


「アンジェリーナでは一番上の人間が焼きを担当するんです。初めは驚いたんですが、窯だけはごまかしがきかないんですよね。生地や成型のちょっとしたミスは焼きでカバーできる、だからこそ全てをきちんとわかっている人間でないダメなんです。コンベクションオーブンとの出会いもここでした。それまでは平窯がメインだったのですが、コンベクションだと特にヴィエノワズリーのジューシーさがすごいんですよ。火も均等に入り、焼き色もきれいにつく、窯でこんなにも違うのかと驚きました」





実家のこともあり、常に独立は頭にあったという國島さん。実際のきっかけとは何だったのだろう。

「人のやり方やルセットで作るのが嫌になってしまったんです。ある程度わかってくると、自分のやり方を試してみたいじゃないですか」

自分のパンを作りたい、その強い想いがベーの持つ独自の雰囲気を作り出している。

「コンセプトですか?あえて言えば、コンセプトがない、ということでしょうか(笑)。うちの3本柱、”パン・ド・ベー(バゲット)”、“クロワッサン”、”パン・ド・ミ”をベースに自分が作りたいものを好きなように、と考えています。実はそれぞれに理想とするパンがあって、毎日それを思い描きながら作っているんです。少しでも近づくように、本当に必死なんですよ。だから、出来が悪いと1日機嫌が悪いんです(笑)。天候や季節によってルセットも変えるようにしています」

その中でもブリオッシュは、作るのも食べるのも一番好きな一品だという。  


 





「ショーケースを見ると、伝統的なものと、最新のものが入り混じっているという印象を受けるかもしれません。自分では、変わってはいけないものと、変わるものがあると思っています。これからは長時間発酵のバゲットにも挑戦して行きたいですね」

3人の師を持つ國島さん、それぞれ名実ともにすばらしいシェフたちだ。

「 日本に”パン文化”のレールを敷いてくれた方たちですよね。自分はそのレールを次へつないでいかなくちゃいけない、それは強く感じています」  





バゲットやクロワッサンはもう特別のものではなくなった。ごく普通の住宅街に、しっかりとスタイルを持ったパン屋がある。それが國島さんのレールの先に見える、新たなステージを迎えた日本のパン文化の姿なのかもしれない。

 





住所 東京都練馬区東大泉3-16-32
TEL03-5387-3522
営業時間平日10:00-19:00 日10:00-18:00
定休日
アクセス西武池袋線大泉学園駅より徒歩5分