お菓子の王様と言っても過言ではない「チョコレート」・・・それは豊かな香りや独特の風味が私たちを虜にする魅惑的な食べ物。その美味しさだけではなく、動脈硬化を予防するカカオ・ポリフェノールなど健康への効能も注目されています。

一口にチョコレートといっても、スーパーやコンビニなどで目にする大手メーカーのものからデパ地下に並ぶチョコレートブティック、本格的なショコラトゥリーまでその種類はさまざま。ここで、日本におけるチョコレート業界のしくみをざっとまとめてみましょう。
そのグループは大別すると3種類。ひとつは「森永製菓」や「明治製菓」など、カカオ豆の輸入から製品にいたるまで一貫して生産しているグループ。そして数十社の企業が組合を組織して共同で原料用チョコレートを生産し、その原料から製品を加工しているグループ。「モロゾフ」「ヨックモック」「メリーチョコレートカムパニー」などはご存知の方も多いでしょう。最後に「大東カカオ」のように製品の販売はせず、原料用チョコレートの製造のみを行っているチョコレート専業メーカーです。

今回お話を伺ったのは、その2番目のグループにあたる「日本チョコレート工業協同組合」の専務理事、土方稔さん。中小のチョコレートメーカーに原料用チョコレートを製造して提供する為、組合の中心人物としてご活躍されています。土方さんから普段はなかなか耳にすることのできない興味深いお話を伺うことができました。

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さて、しっかり頭に叩き込んだら、早速土方さんのお話を伺ってみましょう。  




チョコレートの風味は味と香りのハーモニーで作られます。原料となるのはカカオ豆。カカオ豆にはたくさんの種類があり、味覚に適したものと香りに適したものとに分類されます。原料用チョコレートを作るためには、その味覚に適したもの(ベース用)と香りに適したもの(フレーバー用)をブレンドするのが一般的。さて、日本のチョコレート業界は今後どんな傾向になるのでしょうか。

「カカオ豆は産地や樹の種類によってその風味は異なり、日本には昨年一年間で約15カ国から輸入されています。ベース用の大半を占めているのがガーナ産、続いてアイボリーコースト産。そこにフレーバー用をプラスします。フレーバーの種類はベネズエラ・エクアドル・カリブ海諸国(トリニダート・ジャマイカ・グレナダ)などの国のもの。これらのカカオ豆から原料用チョコレートが作られます。
 外国の例をあげると、ベルギーでは西アフリカ産にカリブ海諸国産やエクアドル産を主力とした中南米産をプラスしたものが主流で、カレボー社が代表格。フランスは西アフリカ産にベネズエラ産を主力にプラスしたもので、その典型はヴァローナ社です。日本ではベルギー系ミルクチョコレートの人気が後退し、ヴァローナ社を中心としたフランス勢が好まれています。この傾向は暫く続くでしょう。」


(カカオの花)




チョコレートを構造的にとらえると、油脂であるカカオバターが骨格になり、その中に微粒子のカカオマスや砂糖、粉乳が分散されています。骨格となるカカオバターはチョコレートの性質を決定づける上で重要な役割を担っているのです。その性質とはチョコレートが室温で硬くパキッと割れる性質(スナップ性)や口溶けのよさ、そして表面の光沢など。
つまり、どんなカカオバターを選択するかによってチョコレートの性質も変わってきます。


「カカオ豆から抽出されるカカオバターは産地ごとに性質が異なります。カカオバターを選択する上での基準になるのがその硬さ(スナップ性)。スナップを強調させたい場合はハード系のもの、逆にあまり強調したくないならソフト系のものを選ぶんです。産地別に見るとハード系のカカオバターはガーナ産・ナイジェリア産・東南アジア産など。パリッとした板チョコなどを作りたいときに使用します。ソフト系はブラジル産・アイボリーコースト産・カメルーン産など。シェルチョコ※などを作るのに適しています。
様々な種類のカカオバターを使い分けることが出来れば理想的ですが、日本に入ってくるカカオバターはオランダなどヨーロッパでナチュラルと脱臭などの処理を施したバターをブレンドしたカカオバターが主力になっているのが現状ですね。日本でのカカオ豆のグライディング数量が増加し、ココアパウダーやココアバターの種類がヨーロッパ並みに豊富になるといいですね。 」


※チョコレートの殻(シェル)をつくり、そこにクリームやジャムなどを詰めてチョコレートの蓋をしたもの


(カカオの樹)




生産国で発酵、乾燥の手順を踏んだカカオ豆は麻袋に入れられ、厳しい検査が行われます。そのうち合格したものだけがコンテナに入れられて船で輸送されます。日本に到着したカカオ豆は、食品衛生法などの規制に基づき、検疫所で検査を受けます。

「カカオ豆の安全面を考える上で大きく問題になるのは2つ。ひとつめは菌の問題です。例をあげると、倉入れした段階でカカオ豆は、サルモネラ菌や黄色ブドウ球菌などの他に、カビ・酵母、大腸菌群、一般生菌数などの検査を実施し、問題がある場合にはロースト工程などにおいて適切な処置を講ずる事になります。
日本の場合、大腸菌群や一般生菌数には非常に敏感なので、カカオマスベースでは大腸菌群が陽性になるとか、一般生菌数が3000/gを超えていることはまずありません。 ヨーロッパの一部のものは10万/g〜20万/gの生菌数があることと比べるといかに基準が厳しいのかがわかりますよね。その反面、殺菌処理の過程でカカオ本来の風味が損なわれてしまうという欠点もあります。ヨーロッパのように味を追求しようとすればどうしても一般生菌数は増えてしまうわけです。
そして2つ目は残留農薬の問題。カカオ豆は残留農薬基準が定められており、検疫所における検査において、その基準値を超えていることが確認された場合にはカカオ豆は廃棄や積戻しなどの処理がなされことになります。残留農薬の暫定的な基準が見直されることもあり、その対処の仕方は菓子業界として大変になってくることでしょう。 」


(カカオ豆)




1年のうちで日本中がチョコレート色に染まる日といえば、もちろんヴァレンタインデー。最近ではいろいろなタイプのチョコレートが街をにぎわしていますが、気になる来年のヴァレンタインデーはいったいどんなチョコレートがお目見えするんでしょうか?ちょっと気が早いですが土方さんに予測していただきました。

「国内に導入されている機械や生産設備、企業の動向からすると次の4つの流れがありそうです。ひとつめは様々な柄を楽しめる「プリント」を施したもの。それから「ワンショットデボジッター※1」を使った製品。そして「カップ※2」を使ったもので中心は生クリームを使用しないよりソフト系のもの。最後に「ラバー系※3」で従来とは違った形のもの。年々バリエーションが豊かになってきています。その4つのうちでどれが最も流行るのか、2月が楽しみですね。 」

※1内側のセンターと外側のコーティングを同時に充填できる機械。トリュフもこの仲間。
※2チョコレートのカップの中にクリームやジャムなどを詰めて、チョコレートの蓋をするもの
※3人形や動物などの立体的なもの


(カカオポッド)




フランスやベルギーなどのショコラティエが日本進出を果たしたり、日本人パティシエによるショコラ専門店がオープンしたりとチョコレート業界はかつてない盛り上がりを見せています。海外からの刺激を受けて日本のチョコレート業界も発展を遂げた反面、まだまだ欧州と同じ土俵に上っているとはいえないのも現状です。そこで最後に日本のチョコレート業界に関する今後の課題について伺ってみました。

「今後の課題に関しては、原料用チョコレートの作り手とその原料を使用するショコラティエの両面から考える必要があると思います。
まず、原料用チョコレートを製造する上で、風味を決定づける工程は焙炒(ロースト)と配合(ブレンド)。昔は味覚や嗅覚に優れた人がローストの温度や時間を管理し、現場の担当者が決定権を握っていましたが、現在ではカカオマスなどの製品をみて、開発関係者を含めた官能検査のみで決定される傾向が強いように思われます。なかなか外国のブレンダーのような人物が育たないのが正直なところ。より多くのチョコレートを食べて自分の意見を直接生産に反映させられる人を育てていかないといけませんね。
それから、日本のショコラティエのほうにも課題は残ります。日本人が原料用チョコレートに最も要求するのは作業性の良さ。彼らの言う作業性の良いチョコレートとはテンパリングした時に伸びが良いもの。しかし、作業性は悪くても味が良いチョコレートはたくさんあります。そういうものを試行錯誤しながら自分が使いたいチョコレートに仕上げる工夫をしていただけると日本のチョコレートはもっと良くなると思いますし、今後に期待がもてるのではないでしょうか。 」




普段はなかなか聞くことのできない貴重なお話がたくさん詰まっていましたね。
一枚、一粒のチョコレートの世界も蓋を開けてみるととても奥深いことがわかりました。

土方さん、本当にありがとうございました!