「エートル・オ・ザンジュ」は赤坂のビジネス街にある店。並ぶお菓子はシュークリームやチーズケーキなどの馴染み深い生ケーキと、パウンドケーキやクッキーといったシンプルな焼き菓子。華美なデコレーションはないが、きっちりと丁寧に作られたお菓子の表情に職人の強い意志のようなものを感じ、印象的である。そんなお菓子を作る職人さんとは・・・。






「実家は代々魚屋で、祖父は和菓子職人、祖母は鮨屋と天ぷら屋を経営し、父はコック。子供の頃は洋食を食べに連れて行ってもらうのが楽しみで、恵まれた食環境だったと思います。」

そんな飯坂さんが選んだ職業は、料理人。その理由は、自分自身の腕さえあれば、どこでも働けるという仕事に、魅力を感じたからだそうだ。
高校卒業後にフランス料理店に就職。厨房を希望したが、「メニューの勉強にもなるから」と言われてボーイからのスタートだった。当時の日本のフランス料理界は、東京オリンピックをきっかけに急成長をし、フランスの一流料理人が来日する機会も増えてきた頃。しかし、一般人にはまだまだ遠い存在であり、コネの無い若者がフランス料理店の厨房に入ることは難しいことだった。

「ボーイではなく、厨房に入りたい。」

と店を辞めて他店へ移っても、結局はまたボーイとして働くことになったそうだ。実家の魚屋を手伝った時期もあったが、そんな時期を乗り越え、やっと厨房での料理人生活がはじまった。

その後、念願が叶いかつてボーイとして働いていたレンガ屋のパティスリーに移る。レンガ屋は代官山ヒルサイドテラス内のパティスリーとして記憶している人も多いと思うが、元は銀座並木通りに店を構える高級フランス料理店だった。

「レンガ屋出身の先輩や仲間は結構多いんですよ。当時レンガ屋で作っていた”ラ・セーヌ”や”オルヴォワール”を今でも作っているお店もありますね。」


その後いくつかの職場を経験した後、2002年2月11日、念願の自店「エートル・オ・ザンジュ」を奥様の幸美さんとふたりで開店。





この場所を選んだ理由を、以前この街でOLとして働いていた奥様が答えてくれた。

「もっとのんびりとしたところでという希望もあったんですが、郊外はもう色々とお店がありますよね。だったら逆に、都会で忙しくしている人に少しでもほっと出来る何かを提供したいと思ったんです。本当はカフェも出来たらいいんですけどね。」







お店の商品のことをことについて伺うと。

 「フランスと気候や素材のちがう日本ではフランスと同じお菓子はなかなか作れません。ですから、あえてフランス菓子店とは名乗らず、自分の納得のいくものだけを並べるようにしちえます。作ったものが気に入らないときは捨ててしまうこともあります。ちなみに、「ウマイなぁ」と思いながら自分の作ったお菓子を食べていますよ。」

「世間で美味しいと言われているお菓子を食べても、そう思えないことも多いんです。そんななか感動したのが、パリ「ジャン・ミエ」のシェフであるドゥニ・リュッフェルさんの作るお菓子。先輩にイル・プルー・シェル・ラ・セーヌの弓田さんを紹介され、弓田さんが主催するドゥニさんの第一回目講習会に出た時のことです。その時は、はっとしましたね。その時初めて「フランス菓子ってこういうものなんだなぁ」と思いました。それから講習会には毎回出席しています。店のお菓子の中にもそのルセットをそのまま使っているものもあります。気温や湿度、素材の状態などは、その時その時で違うので、いつも品質を同じように保てるよう、自分なりにいろいろ工夫しています」


サン・ベルナール \735
香り高いアーモンドと風味豊かなオレンジのケーキ。


サブレ・メゾン  \420
卵を使わないバターの風味を十分に楽しむサブレ。


 飯坂さんが自信を持ってショーケースに並べるお菓子のなかで、どうしても聞いてみたかったのは濃厚なシュークリームのこと。長い職人生活の中から考え出された完成度の高い一品に、ファンも多いようだ。

「クリームは、しっかりしたクレームパティシエールを炊いて、バタークリームを混ぜ込みます。シューは厚くあげたいので通常の1.5倍量の生地を使い、マカロンを作るように表面を固めてから低温でゆっくりと火を入れ、膨らみ過ぎないようにしています。こうするとマカロンのように下の部分が割れるんです。シューの表面に飴をかける際には表面が割れないようにするのですが、その時の焼き方を参考にしました。食べ応えのある、こういう皮を焼きたかったんですよ。」



「有名なお店のものだから美味しい。と思い込みでお菓子を食べている人が多い。」

取材途中に何気なく口に出た飯坂さんの一言。たくさんの職を経験し、たくさんの食を経験してきたシェフの重みのあるひとことである。お客様に喜んでいただくために、自信を持ってお勧めできるものだけをショーケースに並べている。そんな頑固なまでの職人の想いを込めたお菓子にあらためて魅力を感じた。






住所東京都港区赤坂3−8−8 赤坂フローラルプラザビル1F
TEL&FAX03−5549−2430
営業時間11:00〜20:00
定休日日・月・祝
アクセス 銀座線・丸の内線/赤坂見附駅より徒歩3分
半蔵門線・南北線/永田町駅より徒歩5分