JR南浦和駅から歩くこと約15分。街道沿いに位置するブルーの一戸建ての建物が「ブランジュリKヨコヤマ」である。店内は開放的なイメージで高い天井が特徴。ブルーとホワイトを基調とした爽やかで温かみのあるインテリアとなっている。明るい雰囲気の中、石窯で焼き上げたパンがずらりと並ぶ。
決して便利とはいえない立地であるにもかかわらず、オープン初日は1200人ものお客様が訪れたという。1年経った現在でも、平日に約350人、週末になると倍の700人が訪れるというのだから驚いた。




「広告等は一切出していないんですよ。人気の秘密?そうですねえ・・・」


と微笑みながら横山暁之介シェフは話し始めた。




横山さんが社会人となったのは弱冠19歳。その後自店をオープンするまでの約30年の間にさまざまな経験を重ねてきた。始めに入社した店は「ビストロ・ラ・ココット」というプロヴァンス料理店だった。

「そのころはフレンチレストランという存在そのものが珍しいものでした。都心のごく一部の店やホテルで食べるものという特別なイメージが強かったですね」

当時は現在とは違い、フレンチに対する認識も情報量も少なかった。見るもの聞くもの全てが新鮮に映ったそうだ。そんな中、横山さんは新しいメニュー作りにも意欲的に取り組んでいった。だが、新しいひと皿を完成させるまでの道のりは簡単なものではなかったようだ。

「まず、日本語のレシピがない。だから原書(フランス語)をめくることから始まりました。いざ訳してみると、今度は調理法がよくわからないんです。例えば「脳のブランシールってなんだろう?」というふうに。どうしてもわからないときには、例えば肉屋の門を叩いて教えてもらったりしました」

原書を頼りに料理を作ると想像しただけでも当時の苦労が偲ばれるが、横山さんにとってはごく当然のことだったようだ。

「とにかく作るしかないと思っていました。料理はスポーツと同じ。基礎を固めるまではとにかく手足を動かして体に覚えこませることが大切なんです。テクニックが身について初めて頭で描いた味を実現することも可能になります」

更に横山さんの意欲は製菓にまで広がっていく。本格的西洋菓子は普及していなかった時代である。ケーキといえば多くの人がショートケーキをイメージしていた。そこで、本格的な西洋菓子を学びたいと飛び込みで青山などのケーキ屋へ入る。習得したレシピをもとにビストロ・ラ・ココットでタルトやチーズケーキを提供したところ、これが大当たりしたそうだ。



その後30代半ばに差し掛かったころ、ある大手リテイルベーカリーから声がかかった。そして執行役員商品開発部長として迎えられることとなる。

「ベーカリーといってもパンだけではなくレストラン事業などの多角経営を行っている会社だったので、私のような人材が必要とされたのでしょう」

個人店から大手メーカーへの転身を果たした横山さん。レストランでのキャリアを武器に精力的に仕事をこなしていった。在籍していた約20年の間に関わった仕事は数知れない。その実績が自店を経営していくうえでも大きな強みになっているのだろう。

実は入社するまで横山さんは製パンに携わった経験がなかったという。ところが、あるとき100人近いパン職人のトップに立たされてしまった。

「職人の立場を理解しなければ指導することは不可能でしょう。だから、3年間は寝る間も惜しんで死に物狂いで製パンを学びました。次第に現場の雰囲気や職人の気持ちが見えてくるようになり、指導者としても大切な何かを吸収できたと思っています」

この間、横山さんはコンテストにも積極的に参加。自分が一番頑張らなくては後輩も育たないからと自らに課題を与えた。「カリフォルニアレーズンコンテスト」審査員特別賞や「豆を使ったアイデアパンコンテスト」グランプリなどの賞歴はその努力の賜物である。





このような長いキャリアの末、2004年6月に横山さんは「ブランジュリKヨコヤマ」をオープンした。料理、製菓、製パン全てに携ってきた横山さんが最終的にパンの道を選択したきっかけは何だったのだろう。

「料理もパンもお菓子もひとつの食の世界と捕らえているんです。だから、パンだけを選んだという意識はあまりないですね。それに、パンなら惣菜パンも菓子パンもある。自分がやってきたことをパンという形で全て表現できるような気がするんです」


独立にあたって最も気を使ったのは“無理をしない”ということだった。

「ヨーロッパの田舎にあるオーヴェルジュのような店を作りたいなと思いました。広々としたスペースに季節の花が咲き誇っていて・・・そんな店をイメージしていましたが現実はそんなに甘くない(笑)。資金面の制約が大きいので初めから理想どおりにはいかないんです。それなら、無理をしないでのんびりやっていけばいいかなと思うようになりました」



そんな横山さんの考えはパン作りにも現れている。

「パンはフランス料理とは違って日常的な食べ物。決して芸術品ではないんです。だからシンプルでわかりやすく、親しみやすいパンを目指しています」

現在、総アイテムは約100種類。ハード系からヴィエノワズリ、惣菜パンなどさまざまなジャンルのものが充実している。「スイートクロワッサン」「チョコレートブレッド」「苺のデニッシュ」などのわかりやすいネーミング、それら全ては石窯で焼き上げた軽やかで優しい味わいが特徴だ。



更に、横山さんは「こだわりを強調しない」ことにも気をつけている。

「もちろん、こだわって作っていますよ。発酵バターと4種の粉をブレンドしたクロワッサンとか長時間発酵で旨みを引き出した食パン「ル・マタン」とか。ピザ用ソースやクリームパンのカスタードなども当然手作りです。でも、おいしいかどうかの最終判断はお客様が決めること。あまり自分の思い込みを強調したくないんです」

横山さんはあくまで自然体を強調する。しかしその言葉の中からは、長年の経験を踏まえて、基本に忠実に工夫を重ねるといったようすが伺えた。自己満足に陥らず、お客様に喜んでもらえるパンを作り続けるということは、実はなかなかできそうでできないことなのかもしれない。
わかりやすくて気負いのない横山さんのパンは日常生活のシーンにぴったりと溶け込んでいる。人気の秘密はこんなところにあるのだろう。






ブランジュリKヨコヤマ
住所 埼玉県川口市小谷場455-1
TEL048-263-0222
FAX048-262-0701
営業時間7:30〜19:30
定休日なし
アクセスJR武蔵野線南浦和駅より徒歩15分