「ラ・メゾン・デュ・ショコラ」のボンボンショコラを初めて口にした時、自然と五感が研ぎ澄まされていくような感じがした。貴婦人のような優雅な出で立ちに心惹かれ、芳醇なアロマと繊細で品のある味わいに陶酔する。そしていつまでも続く心地よい余韻・・・。こうして五感の全てが作用して至福の時へと導いてくれるのだ。 パリの名ショコラティエ、「ラ・メゾン・デュ・ショコラ」。創業者のロベール・ランクス氏はスイスで修業後、1955年に25歳という若さでパティスリーをオープン。その後1977年、現在の「ラ・メゾン・デュ・ショコラ」が誕生した。最高級の素材や高度なテクニックを活かして作り上げるランクス氏のショコラ。その小ぶりで上品な姿や軽やかで洗練された味わいは、それまでには無かった新しいタイプのショコラとして大人たちを魅了した。また、技術的に難しいとされていたガナッシュとワインのマリアージュを披露するなど、名門としての実力のほどを存分に愉しませてくれる。 世界中のファンを虜にしてしまう、その魅力の源はどこにあるのだろう。 |
2006年1月。パナデリア事務局に嬉しいニュースが飛び込んできた。ランクス氏がサロン・ド・ショコラ東京のため来日するという。幸運にも、2年ぶりとなるランクス氏との再会が実現した。 サロン会場内のブースに伺うと、そこには笑顔で迎えてくれるランクス氏の姿があった。早速ポルト酒が振舞われ、再会を祝してグラスを交わす。さりげないもてなしに心がほぐされていく。 2年ぶりですね、と問いかけた途端、真剣な眼差しを向けるランクス氏。ぱっと頬が紅潮し言葉に熱がこもる。 「ひとつの仕事を続けていくには、まじめで堅実でなければいけません。私とあなたがこうして再会できたのも、同じ仕事を続けてきたからこそ!このことは人生においてとても大事なことなんです」 |
続けて自身のショコラ作りにかける想いについて切々と語り始めた。 「ショコラを作ること自体は決して難しいことではないと思います。しかし、おいしいショコラを作りたいと思ったら、並大抵の覚悟ではできません。ショコラというのはとても繊細なもの。何故なら完成した時点でおいしいと感じたものでも、数日経つと味わいが変わってしまうことがあるからです。そのため何度も何度も試行錯誤を重ねることで、ようやくひとつのショコラが完成するのです」 実際にショコラを作るうえでランクス氏が最もこだわっているのが鮮度である。 「私のところでは70種類ほどのボンボンショコラを作っています。それらのショコラ用のガナッシュは、作り始めてから24時間以内にはコーティングするようにしています。そして、出来上がったボンボンはすぐに店舗へ配送します。だからお客様には良好なコンディションで食べていただいていると思います。また素材選びも大切なこと。例えばガナッシュ用の生クリームは、低温殺菌済みのフレッシュで脂肪分控えめのものを用意しています。おいしさが全然違いますよ」 品質を保つためには“奴隷のように”守らなければいけないことがたくさんあるとランクス氏は表現する。言葉のひとつひとつに力を込めて話すその姿は、見る人の心をグッとひきつけて離さない。 |
ショコラの原料となるカカオ豆は農産物である。当然のことながら収穫量や性質は年毎に変化するため、原料となるチョコレートの味わいも一定していない。「ラ・メゾン・デュ・ショコラ」という確立されたブランドの味わいを保つために、どのようなコントロールをしているのだろうか。 「ショコラの味を左右するものはふたつあります。ひとつは製法による違い。そしてもうひとつは原料チョコレートの品質による違いです。いくつかの原料チョコレートをブレンドして一定のショコラに仕上げるためには、職人が五感を働かせて微妙な性質の違いを判断できなければいけません。これは職人が気を使うとても繊細な作業。こうした私の気持ちをショコラティエであるル・ガックが形にしてくれているのです」 そういうランクス氏の視線の先には、静かに微笑むパスカル・ル・ガック氏の姿があった。「ラ・メゾン・デュ・ショコラ」で働き続けて25年。ランクス氏の右腕として活躍するル・ガック氏に、師匠について語っていただいた。 「ランクス氏は繊細な感性と熱い志を持った方。そして自分が好きなことや、大切だと思ったことに対してとても厳格です。やるべきことがあれば徹底して最後までやり遂げる。そのためには時間やお金を惜しみません。そんなご自身の考えを私たちにもきちんと伝えてくれています」 固い信念を持つ情熱家のランクス氏と、氏の想いを静かに受け止めるル・ガック氏。「ラ・メゾン・デュ・ショコラ」を語る上で2人の密接な関係は欠かすことができないようだ。 「ル・ガック氏はとても紳士的で素敵な方ですね」 と伝えると、すかさず大きくうなずくランクス氏。 「ル・ガックは私にないものを全て持っています。ここまでやってこられたのも、彼が正直で厳格で真面目な頑張りやだったからに違いありません。完璧な人間ですよ」 更に、こう付け加えることも忘れない。 「でも、20年以上も一緒にいることができたのは、よほど気が合うか、もしくはよほどキチガイかのどちらかでしょうね(笑)」 聞いていたル・ガック氏も楽しそうに笑う。 |
取材を進めていくうちに見えてきたランクス氏の圧倒的な存在感と人間味溢れる姿。フランスにショコラを広めて30年余り。4半世紀以上もの長い間続けてこられたのも、ショコラを通して伝えたいメッセージがあるからなのだろう。 「私は愛する人たちのためにおいしいショコラを作り続けているのです。もちろん、そのためにはたくさんの人の手を借りなければなりません。今、私は生産と販売をいれ総勢270人もの人たちと一緒に働いていますが、常にファミリーのような気持ちを忘れないようにしています。おいしいショコラは愛なしにはありえない。私の人生は人を愛すること、そして愛されることに他ならないのです」 ランクス氏の深い愛情が注ぎ込まれることで、初めて輝きを放つショコラ。氏にとって、ショコラとは人間愛を表現するために欠かせない心のキャンバスと言えるのかもしれない。 最後に、日本のファンに向けてメッセージをいただいた。 「日本の方は、皆さん真面目で勤勉で誠実です。そして味覚に関してはとてもデリケート。だから、本当にいいものを察知できるのだと思います。そんな日本人が私は大好きです」 |
取材を始める前、ランクス氏に渡す花束を準備していた。真紅のバラのイメージだろう、そう想っていた。そして話を聞いていくうちに、その想いはますます強くなった。本当に、赤いバラが似合う人だ。別れ際に差し出すと、ことさら嬉しそうに目を輝かせてこう言った。 「次回はパリの私の家で何種類ものテイスティングをしてみてはいかがですか?それだけたくさん召し上がってもショコラが嫌にならない方法を教えてあげましょう。さて、いつ頃がよろしいでしょうか?」 参考のため、前回の記事はこちらから→ http://www.panaderia.co.jp/members2/craftsman/la_maison_de_chocolat/index.html |
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