千葉県勝田台。フレンチレストラン「貝殻亭」を筆頭に4つの建物が集まるこのエリアは、貝殻亭リゾートと呼ばれている。名物のナニワイバラや、ジャン・コクトーの詩を刻んだ潜水艦のスクリューのオブジェが出迎えてくれるここには、ふと、どこかの遠い国に迷い込んだような不思議な錯覚を覚える。街中にありながら、リゾートと呼ぶにふさわしい場所だ。 |
その建物のひとつ「ル・ジャルダン・デュ・ソレイユ」(=太陽の庭)は、昨年9月にオープンしたパティスリー。その名にふさわしい、太陽が似合う南仏を思い起こさせる建物と、エントランスにそびえる1本のヒマラヤスギが訪れるものに安心感を与えてくれる。 |
案内された2Fのカフェスペースは、イーゼルにゴッホやマティスの絵画が立てかけられまるでアトリエのような雰囲気だ。 シェフを務めるのは安藤康範氏。弱冠30歳、まだ初々しさが残る好青年である。 「取材は初めてなんです。どうぞよろしくお願いします」 まっすぐにこちらを見つめる、曇りのない視線が印象的だった。 |
安藤さんの出身は岐阜県。美濃焼きの絵付師をする父親の姿を見て育ったという。 「今から思えば父の影響が強かったんでしょうね。技術を求められる仕事をしたいと幼い頃から思っていました」 デザインや色合いのセンスが必要とされる絵付師。それは、お菓子へと形を変えて安藤氏に受け継がれた。だが、最初からパティシエになろうと思っていたわけではなかったという。 「専門学校でフランスへ行く機会があったんです。そこで繊細なお菓子に出会い、“自分にもこんな美しいものが作れたら”と思うようになりました」 |
パティシエに目標を定めた安藤さんは、卒業後、名古屋のホテルに就職。だが、一方でフランスへの想いは日を追うごとに強くなっていった。そして、ついには半ば強引に、修業先も決めないままフランス行きを決めてしまったのだ。 「もう一度フランスへ行きたいとずっと思っていたんです。それで、向こうの学校に申し込みをし、飛行機のチケットも取って、1ヶ月前にシェフに話をしました。今から思うと、すごく迷惑をかけましたね」 意気揚揚と向かった先は、アルザス。まずは語学からと、語学学校に通い、パティスリーを食べ歩いた。 「何とかアルザスで働けないかと頼んでみたのですが、ビザの関係もあって受け入れてもらえなくて…。そんな時、パリに良い話があると友人に聞いたんです」 受け入れてくれたのは、なんとパリの名店「モデュイ」だった。 「あまり日本で経験を積まずにフランスへ行ったので、フランスの方が基準になっているようなところもあるんですよ」 大きな夢を胸に日本を飛び出した安藤さん。持ち前の素直な性格も幸いして、正統派パティスリーで、ぐんぐんと技術や知識を吸収していった。 そして、「モデュイ」を皮切りに、様々な店で修業を積む。「レグリーズ」ではアイスクリーム、チョコレート、コンフィズリ。さらに、かのフィリップ・コンティッシーニ氏がシェフ・パティシエを務めるレストラン「ターブル・ド・ダンベール」では、奇抜ともいえる素材使いについても学んだ。 |
「一番衝撃を受けたのは、『ターブル・ド・ダンベール』で作った、タバコを使ったデセールです。あ、ちょっと待っていてくださいね」 そう言うと、当時の雑誌の切抜きを持ってきてくれた。 ハバナの葉巻ブランド “モンテ・クリスト”の名を冠したそれは、スライスしたパイナップルの上に、パンデピスとバニラアイスクリームを重ねた一皿。このどこにタバコが使われているのだろう? 「乾燥させたタバコの葉を上に散らしているんです。それから、周りに添えるシロップにも、タバコを使っています」 奇抜な素材を使ったデザートは珍しくないが、タバコとは奇想天外なアイデアだ。安藤さん自身も“まず、食べられるのかな?”と思ったという。 「タバコというよりも、香りの強い葉という風味なんです。レストランには、パティスリーにはないアイデアがたくさんありました」 一皿の上で表現するレストランデセールの魅力に引き込まれていった安藤さん。だが、パティスリーとレストランでのギャップはなかったのだろうか。 「確かに作り方や配合は、店によって違うこともあります。中には、“この作り方のほうが良いんだ”といって反発する人もいました。でも、僕の場合は、せっかく入った店だからシェフの言う通りに仕事をしようと考えていたからか、ギャップや苦労はまったくなかったんですよ(笑)」 素直で前向きな性格が幸いしたのだろう、安藤さんは苦労を苦労とも感じることなく、色々な作り方や、パティスリー、レストラン、さらにはワインやチーズなどの知識を自分のものにして帰国した。 |
そして、選んだのが銀座の高級レストラン「ロオジエ」だ。 「テイクアウトのケーキも、デセールも、それぞれ魅力があって好きでした。それもあって、『ロオジエ』に入ったんです」 ここで当時シェフパティシエを務めていた岡村尚之氏(現『パティスリー スリール』シェフ)と出会った。 「岡本シェフには、今までで一番教わった所が多いと思います。例えば、チョコレートの飾りが凝っていたら誰の目にもすごい、とわかりますよね。でも、もっと大切なのは、目立たない生地やクリームの1つ1つを丁寧に作ることだということを教えてもらいました」 |
以前、取材させていただいた時、“1つ1つのプロセスを把握し、丁寧に作るだけですよ”と微笑んでいた岡村さんの顔が浮かんだ。 そんな師匠ゆずりの姿勢は、店内に並ぶケーキにしっかりと繁栄されていた。 例えば、リッチ。パッションフルーツとライチにミルクチョコレートの組み合わせだが、実に素直な味わいなのである。 単純という意味ではない、それぞれの素材の風味はしっかりと主張している。だが、考えさせるようなひねった味や、過度な風味のないその味わいは、サラサラと体に染み渡る。そして、同じように、食感もまたぶつかるところがない。見えない所をきっちりと作るからこそ、生まれるおいしさなのだろう。太陽のように、やさしく、そして温かく包み込んでくれるような味わいだった。 |
“ミルフィーユのフィユタージュもバターの風味と、ザクッとした食感がおいしかったです”と感想を述べると、 「そうですか、良かった。あれは、アンベルセ(逆折り)で作っているんですよ!」 緊張していたためか、今まで少し硬かった表情から一転、話題がケーキのことになるとパッと顔が明るくなった。 前途洋々。希望に満ちた安藤さんには、まだまだ実現したい夢がある。 「パート・ド・フリュイやキャラメルなど、コンフィズリーを増やしたいですね。それから、店の周りに花をいっぱいにしたいです!」 すでに、店内には数多くのヴィエノワズリーや焼き菓子、ショコラ、コンフィチュールが並ぶ。2Fのカフェスペースで行われる、四季ごとのコレクションも好評だ。 |
「春に、スタッフみんなで蒔いたんですよ」 表に出ると、ロートアイアンのオブジェを飾った植え込みに、15cmくらいに育ったヒマワリが並んでいた。夏になれば、青々としたイトスギと風に揺れるヒマワリたちが、やさしく私たちを迎えてくれるのだろう。 心地よい太陽の光を浴びて、スクスクと成長する「ル・ジャルダン・デュ・ソレイユ」。 素直な心で輝きつづける、いつまでもそんな店であって欲しい。 |
ル・ジャルダン・デュ・ソレイユ |
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住所 |
千葉県八千代市村上2091-2 |
TEL | 047-484-1717 |
営業時間 | 10:00〜19:00(ケーキ販売)、11:00〜18:00(L.O.17:00) |
定休日 | 火曜 |