フレデリック・マドレーヌ氏をご存知だろうか。
「いいえ」と答えたあなたも、知らずに彼のケーキを口にしているかもしれない。
パリに本店を持ち、緻密な9つの層をもつ「オペラ」を生み出したパティスリーとして余りに有名なダロワイヨ。その日本支社であるダロワイヨ ジャポンで、約5年間シェフパティシエを勤めた人物こそ、マドレーヌ氏なのである。



そのマドレーヌ氏が今年の秋、自身の店を開いた。
名前は「ル・ポミエ」。代々木上原や下北沢など複数の駅から近く、車での便も良い。よく熟れたリンゴを思わせる赤、その葉をイメージしたという木のついたて・・・。フランスの街角にありそうな、気取らない、けれども洒落た店構えが目を引く。
店内は、フランスの洗練された田舎暮らしを絵に描いたような空間。シェフご自慢の床のタイルは、ノルマンディから取り寄せたアンティークだという。100年以上経った本物のみがもつ、深い輝きをたたえている。



「ル・ポミエとはリンゴの木という意味。私の生まれ育ったフランスのノルマンディにはリンゴの木がたくさんあるんですよ」

ノルマンディへの愛情と誇りがあるのだろう。ご自身のことを、“フランス人”ではなく、あえて“ノルマンディ人”と話す姿が印象的に残った。

「小さい頃からお菓子を作ることが好きだったんです。それから、細かい仕事が好きでした。もし、パティシエにならなかったら?そうですね、検査技師のような仕事でしょうか」

マドレーヌさんの言う検査技師とは、血液の成分などを分析する職業のこと。一見関連がなさそうだが、それとは反対に、いくつもの素材からひとつの形を作り上げるお菓子とは、通じるところがあるようだ。

「早くパティシエの仕事をしたくて、中学を卒業するとすぐに見習いとして働き始めました。フランスにはディプロムを取得するのに2種類の方法があります。1つは専門学校へ2年間通う方法。もうひとつは1週間勉強し、3週間実地研修するというプログラムを2年間続ける方法です。私は、ナントにあるパティスリー・ショコラティエ『フルニェ』で修業をしながらディプロムを取りました」

勉強と実地研修を平行して行うこのプログラム。フランスでは一般的なのだそうだ。2年間を終え、ディプロムを取得した後は、晴れて正規のパティシエと認められる。マドレーヌさんは、ナントにあるアイスクリームのおいしいパティスリー「ブラン」でコミ パティシエ(スーシェフの下)を皮切りに、数々の有名ホテルや3つ星レストランで腕をならした。


「今でも思い出すのは、一番長くいた3つ星レストラン『レスペランス マーク・ムノー』。今もムノー氏とは親子のような間柄です。仕事の上では氏は非常に厳しい人でした。でも、一緒に仕事をしていると、心の中でスタッフ一人一人の上達を願っていることが良くわかるんです」

すばらしい心の持ち主、マドレーヌ氏はそう表現した。

「それに、どの仕事も目的が明確でした。“自分はこういう形にしたいから、君にはこういうことをして欲しい”という最終的なイメージと、自分に要求されていることがわかるから、厳しくても頑張れるんです」

レストランではデセールだけを楽しむことはない。つまりここでのパティシエの真髄とは、サーブされる料理をいかに完璧なものとして締めくくるかにある。一皿一皿が流れを生み、最終的にお客様にひとつの感動を与えることこそが、レストランのパティシエに求められるのだ。そこが、パティスリーとは決定的に違うところだろう。ムノー氏との堅い絆もそんなチームワークから生まれたのかもしれない。


そして、日本へ。

「ムノー氏と一緒に3回ほど来たことがあるんです。でも、大抵1週間位の短い日程だし、ほとんど仕事ばかり。日本の生活のことはほとんど知りませんでした。ダロワイヨ ジャポンは大きい会社なのですが、あまり機械には頼らずメインは職人。袋詰も手作業なんです。当時は35人のパティシエが働いたのですが、やることがたくさんあって忙しい毎日でしたね」

パリに本店を持つダロワイヨ。だが、ギャップもあったという。レシピは同じだが、日本に対しては砂糖の量を10%ほど少なくしているそうだ。

「フランスのお菓子自体も変わってきているんですよね。昔はバターも砂糖もたっぷり使い、カロリーも高いものばかりでしたが、今は控えめなレシピになっています。それでも、日本に対してはさらに10%減らしているんです」

日本生活が長いとはいえ、生粋のフランス人、いやノルマンディ人のマドレーヌさん。その舌に、甘さ控えめのケーキは物足りなくないのだろうか。

「大丈夫です。今はそれに慣れてしまっていますから」

そういわれてみると、ル・ポミエのケーキは日本人が心地よいと感じる甘さに作られていることに気が付く。しかし、明るい色使いや、味の組み合わせ方など、端々にフランス人ならではの感性が見える。

ノルマンディ、ホテル、そしてダロワイヨ・・・どんな影響を受けて、今のケーキに至ったのだろう。ショーケースに整然と並べられたケーキを見ていると、そんなことが気になった。聞いてみると、意外なことにマドレーヌ氏は考えこんでしまった。

「うーん。本当に自然で、特に難しく考えて作っている訳ではないんです。体に染み込んでいるというか・・・。例えば、“ヨーヨーフレーズ”というマカロンのケーキがありますが、これはヨーヨーのようなケーキを作れないかと考え、周りにイチゴを飾って回転するイメージを、そしてイチゴの風味にローズを加えて面白みを、というような感覚で作っています」

新素材や他との差を意識する日本の風潮とは違い、ケーキが生活の一部であるフランス。おそらく当たり前すぎて答えにくい質問だったのだろう。質問の意図を確認しながら、何とか応えてくれようと言葉を探す姿に申し訳なさがこみ上げる。と同時に、マドレーヌさんの誠実な人柄が伝わってきた。


そんなマドレーヌさんならではの悩みがある。それは 日本人の大好きな“ショートケーキ”だ。

「自分ではフランスを感じさせるパティスリーにしたいと思っているんです。だから、日本的なショートケーキとの折り合いが難しいんです」

本国フランスには存在しない“ショートケーキ”。これを店に並べるかどうか、悩むパティシエが多いというのは良く耳にする話だ。

「お客さんにもスタッフにも、奥さんにも、みんなからショートケーキを置いてほしいと言われるんです。自分も味が嫌いなわけではない。でも、シンプルすぎるというか・・・。それで、イチゴのジュレとババロアバニーユにジェノワーズを組み合わせたシャンティーフレーズというケーキを作りました。でも、これでは納得してもらえなくて・・・」

自分はやりたくない、そう突っぱねてしまえばいいのかもれない。でも、そうできず、悶々と悩むそのやさしさがマドレーヌさんの魅力なのだろう。オープニングレセプションに集まった大勢のゲストとその賑わいに、「人望の厚いシェフ」と感じたことをふと思い出した。


「ル・ポミエは自分の大好きなものを集めてできています。ケーキ、焼き菓子、ショコラそしてノルマンディ・・・。ここに来て、フレデリック・マドレーヌ自身がここにいるんだなと感じてほしい」

そう話すマドレーヌ氏には、有名な老舗パティスリーの味を守るシェフの面影はない。故郷ノルマンディを愛し、ケーキを作ることを愛し、そして何より家族を愛する一人のパティシエの姿があった。


目を閉じると、ふと目に浮かぶ故郷の風景・・・。
それは誰にとってもやさしく、そして温かいものだろう。
ポミエのある、暖かい陽だまりのような場所。
ル・ポミエは、今日もそんなやわらかさに満ちている。
(取材 2005.10)








ル・ポミエ
住所 東京都世田谷区北沢4-25-11
TEL03-3466-3730
FAX03-3466-3743
営業時間10:00〜20:30
定休日なし
URLhttp://www.lepommier-patisserie.com/
(お店へのアクセスもこちらから)