2007年10月13日。「パン ド ナノッシュ」の新装オープンだったこの日、店には800人もの客が押し寄せた。窯から次々に焼きだされたパンは飛ぶように売れ、レジ前には長い行列が出来た。3ヶ月の準備期間を経ての移転。地元客にとっては、待ちに待ったオープンだった。


以前のカントリー風のイメージから一新し、白を基調としたスタイリッシュな外観。新しいロゴはナノッシュの「N」から波をイメージしたものに



関谷さんは、パン焼き窯を製作する櫛澤電機製作所の“パン屋さんよろず相談室”で、数多くのパン屋のオープンを担う仕事を経て、独立。2000年、茅ヶ崎の地に「パン ド ナノッシュ」をオープンした。10代の頃から続けているサーフィンはいまでも生活の一部であり、湘南は関谷さんにとっては特別な場所。店名の“NANOSH”も、“湘南(SHONAN)”を逆読みしたもの、まさに湘南ボーイである。

店内の壁には、関谷さんご自身で埋め込んだ貝殻が。店にはシェフの海への愛情が随所に感じられる


開店してから7年。ナノッシュは地元の人気店に。固定客がつき、店も安定している今だからこそ・・・。風を読み、関谷さんは大きな波に乗るチャンスを掴んだ。

「店も厨房もいよいよ手狭になってきていて、2号店を出すか、移転かと思っていました。前の店から70メートルほどの場所に物件が見つかって、移転することにしたのですが、この機会に場所だけじゃなく、ナノッシュ自身も大きくリニューアルすることにしたんです」

新しく取り入れた対面式のカウンター。カウンター裏のオープンキッチンから焼きたてのパンが並べられる


「まずは、店内のオペレーション。以前はセルフサービスだったので、お客さんで混雑している中でパン出しの作業が非常に大変でした。厨房も狭くて作業しにくかったし、機械もキャパ不足。これらを解消したかった」

厨房も店も広く取りたい。以前よりも面積が増えたとはいえ、改装に伴って機械を増やしたので、その分厨房が狭くなってしまう。限られた空間の中で、厨房と店のスペースをどのように分配するかを最後まで悩んだという。対面式のカウンターを取り入れることで、パン出しが円滑になっただけでなく、開放的で明るい雰囲気となり、店内は広々と感じられる。厨房と店内のコミュニケーションがとれるようにもなり、満足の行く結果となった。

入り口すぐの場所でお客さんを迎える、富士山の溶岩を使ったパン焼き窯


「溶岩窯は、サイズの大きいものに新調しました。以前より、たくさんのパンが一度に焼けるようにはなったのですが、炉内が広くなった分、熱の逃げる量も大きい。慣れない人間が扱うと、窯だしに時間がかかって、温度が下がり、焼きムラが出来てしまいます。今は大丈夫ですが、同じ種類の窯でもサイズの違いだけで、使い勝手が大きく変わるので、始めはちょっと大変でしたね」

溶岩窯で焼き上げたパンは、外側がパリッと焼け、内側にまで熱がしっかり入り、保湿性が高くしっとりふっくらとした食感に。溶岩窯のメリットを存分に堪能できるのが、ナノッシュ一番の人気商品である食パン。香ばしいクラストと、ソフトなクラムのコントラスト。毎日食べたいシンプルなおいしさには、固定ファンが多い。

窯から焼き出されたばかりの食パン(1斤¥210)が、棚にずらりと並ぶ。山型の「五穀ブレッド」や「胚芽ブレッド」も人気

胚芽ブレッド(1斤¥280)


ロゴや内装、新しい機械の導入、オペレーションの改善。今回様々なリニューアルを行ったが、大きな変化が、もうひとつある。
パンの味を大きく左右する「粉」の変更だ。関谷さんはこの機会に、今までパンに使用していた外麦を、全て北海道産の小麦に切り替えた。

「改装中の9月に、北海道の美瑛に小麦の視察に行ったんです。2年前にも一度行ったのですが、その時は切り替える必要性を感じなくて。でも、今回は違った。美瑛の小麦畑の風景や、そこで働く農家の人達が自信を持って小麦を育てている姿を目の当たりにして、心を打たれてしまって。もちろん、国産小麦の安全性やおいしさという意味もありますが、純粋に、この農家の人たちの小麦で、自分も自信を持ってパンを作りたいと思ったんです」

7年焼き続けてきたパン全ての粉を変えるのは勇気のいることだった。なにより、毎日のように食べてくれている固定客にどう受け取られるか・・・。「硬い」「甘い」といった国産小麦のデメリットを出さないように、今までのナノッシュのパンのイメージから外れないものを作らなくては。移転や改装の準備の中、試行錯誤の日々が始まった。

ベーグルやサンドイッチ、デニッシュ類が新商品として加わり、現在130種類のパンが並ぶ。有機栽培コーヒーやBIOのオリーブオイル、国産のジャムもおすすめだ


「食パンなどソフト系の生地には、江別製粉の香麦を使用しています。種は今までと同じライ麦から起こした自然種とイーストを併用していますが、粉を変えたことで、以前よりイーストを減らし、発酵時間を長く取るなど工夫しています。お客様からの反応は上々で、ほっとしています」

アルチザンバタール(¥180)は 「究極のフランスパン」と語るこだわりの一品。江別製粉の北海道産小麦「タイプER」と、昭和産業の「F」を使用。キメの細かなクラムはしっとりと瑞々しく、やわらかな小麦の旨みが広がる


スタッフは社員6名を含む、13名。2000年の開店当時は、製造が関谷さん一人、販売一人のスタートだったから、ナノッシュの成長は目を見張るものがある。しかし、もちろん突然大きくなったわけではない。7年間の日々の積み重ねが地元客の心を掴み、スタッフを育てたのだ。

「新装オープンしてからは、年内無休。以前にも増して店は忙しくなっているのですが、材料や窯が変わったことが刺激になったのか、環境が変わったせいか、すごくみんな張り切っているんですよ(笑)」

“お客様には安心感を、スタッフには緊張感を”。
店の外からも中が見えるオープンキッチンでは、きびきびとパンを作るスタッフの姿が見える。ひっきり無しに訪れる客足に、飛ぶように売れるパン。店内には「いらっしゃいませ!」「ありがとうございました!」と明るい声が飛ぶ。

ユニフォームも一新。Tシャツは「Turtoise(タータス)」というサーファーブランド。「気に入っています」とスタッフは声をそろえる。おしゃれもヤル気のひとつ?


ふと見上げると、カウンター上のライトにはナノッシュの新しいロゴを中心に、不思議な文字が並べられている。・・・Pヤナギ、Pカボチャ、Pシラカバ、Pチサン、Pクソシタ ―――これは一体?


「茅ヶ崎のサーフポイントです。ナノッシュの前あたりが、Pカボチャ。サーフィンに適した波が立つ場所にはそれぞれ面白い愛称があるんですよ。・・・最近忙しくて、全然海に行ってないなあ。今日は、夕方頃いい波が出てるはずなんですけどね」

ふと、関谷さんは空を仰ぎ、風を読んだ。

溶岩窯からまた、パンの香りが立ち上る。美瑛の小麦農家の思いは、この地であたたかな湯気を上げ、風に乗りやがて湘南の海へと運ばれる。「パン ド ナノッシュ」、7年目の再スタート。これから先も、たくさんの人たちの思いを乗せ、風を読み、大きな波をも超えていくのだろう。

(「今週のパン屋さん」でのご紹介は こちら )


Pain de NANOSH パン ド ナノッシュ
住所 神奈川県茅ヶ崎市共恵1-3-14
ライオンズプラザ茅ヶ崎駅前101
TEL0467-86-8757
営業時間8:00〜19:00 (土日祝7:00〜18:00)
定休日不定休(2007年内は無休)
アクセス下記URLをご参照ください。
http://www.kusizawa.com/open/nanosh/nanosh.html