新聞やテレビなどで、連日取りざたされる食の安全。自然と、人々の関心はそちらへと向かう。例えば、パンの世界なら国産小麦を使った天然酵母パン、というように。今、求められているのは、まさにSORAのようなパンなのだ。けれども、1997年に店をオープンした当初はまだまだ珍しい存在だった。



「10年前は、うちのような店は本当に少なくて。当初は高いとか、においが違うとかいろいろ言われましたね」

と金丸信乃さん。凛とした表情やハキハキとした口調が清々しく、心地よい。信乃さんは、サンドイッチやピザなどの惣菜パンの調理と、接客を担当する。パンの製造を受け持つのは、夫の龍二郎さん。実は2人とも、パン屋で修業した経験はないのだという。では、どんなきっかけでこの店を?

「もともと職人を目指していたというわけではないんですよ。ただ、私は栄養士の、主人は調理師の免許を持っていたので、食の道には進んでいました。しばらく食の現場に接するうち、環境汚染のことや、現代病といわれるアレルギーのことなどが気にかかるようになって。そうした問題を、食べ物を良くすることで改善することができないだろうかというのがきっかけですね。内麦(国産小麦)の天然酵母パンを通じて、私たちのメッセージを伝えることができればと思ったんです」


国産の有機食品などのいわゆる“自然食”といわれる分野には、当初から強い関心があった。というのも、自身の子供がアレルギー疾患を患っていたり、親戚にも病気のため自然食に取り組んでいる人がいたからだ。なるほど、お子さんの影響が大きかったのか・・・なんて思って水をむけたら、すかさず訂正されてしまった。

「もちろん、子供のためっていうのは大きいですよ。でも、基本的には自分が好きだったから取り組めたんです。結果的に、子供のためにもなったということですね」

自分の好きなことを、好きなスタイルで続ける。信乃さんのポリシーは明確だ。その潔さは、パン作りにも現れている。例えば普通なら、手始めに外麦とイーストで簡単なパンを作りそうなものだけれど・・・。

「そういう発想自体が全くなかったですね。だって、私たちが作りたかったのは、パンはパンでも内麦を使った天然酵母のもの。確かに扱いは難しいかもしれないし、始めのうちは失敗もしましたよ。でも、失敗してもおいしいんです、内麦って。素材のおいしさが全然違う。だから、その取り組み自体が楽しかったですね」

自家製のオーガニックレーズン種を使用した「フランスパン」。しっとりもっちりの生地を楽しめるタイプ。

「バターロール」は牛乳も卵も不使用。粉の旨みとバターの香りが主役のシンプルなおいしさ

くるっとまるめただけの「丸パン」。生地を傷めないから一番おいしいのだそう


パンのアイテムにしても、なかなか潔い。ハード系を主体に約30種類といえば、決して多い方とはいえないだろう。これについては、

「実は、開店当初からほとんど変わっていないんです。2人でアイデアを出し合って、いろいろと試作は重ねてきたんですが、結局はデビューできないものばかりで。例えばこの新作を出すなら、今あるこれで充分だよねっていう結論になっちゃう。進化しないのを良しとしているというか(笑)。でも、その分、厳選して集約したものだけを出しているっていう自信はあります。お客様にお薦めを聞かれても、“どれも力をこめて作ってますから”って言ってしまうくらい」

同じことを続けていれば、新しいことにチャレンジしたくなるというのが世の常。そんな常識をよそに、信乃さんは変えないことがSORAらしさなんだと確信しているようにも見える。


食べやすい「山型食パン」から、ハードな「ライ麦100%カンパーニュ」まで。慣れてくると、段々ハードなパンを好む人も


ハード系が中心の天然酵母パン・・・そういわれると、初心者にはとっつきにくそうに見えるかもしれない。けれども、そんな不安は店を覗いてみれば解消されるはず。SORAは初心者にも通の人にも、あらゆる人に優しいのだから。

「実は、パンの並べ方をちゃんと考えているんですよ。初めての人でも安心して買うことができるように。まずはプレーンな食パンをお薦めしますね」

店内は対面式の販売スタイル。ショーケースの中に小型のハード系や惣菜パン、ヴィエノワズリなどが並び、その上に大型のハード系が並んでいる。食パンや大型のハード系はだいたい目線の高さにあるから、初めに気がつくところ。さらにその順番もポイント。

「入り口一番近くが、プレーンな山型食パン。オーソドックスだから誰にでもおいしく食べてもらえるはず。そこから段々に全粒粉食パン、芽吹き玄米食パン、全粒粉カンパーニュと、どちらかといえば通好みになっていって、一番奥はライ麦全粒粉100%のものにしているんです」


とはいえ、ハード系自体、初心者にはとっつきにくいことも。そんな人たちに心強いのが、サンドイッチ類だ。特に力を入れていることもあり、信乃さんの話にもいっそう熱がこもる。

「もともとはパンの紹介をするために始めました。ハード系のパンって、食べ方がわからない方もいるでしょう。だから、こうすればいいんだって知っていただきたくて。おかげさまで、“サンドイッチがおいしかったから、今度は使用しているパンを買いに来ました”っていう方も多いですよ」

なるほど、これなら気軽に試せそう。ライ麦全粒粉食パンを使った「ハム&ポテトサラダサンド」に、全粒粉食パンを使った「ハムと舞茸のムニエル和風ドレッシング風味」なんて言われたら、天然酵母パンに慣れない人でも不思議と興味がわいてしまう。食べてみて気に入れば、第二段階―パンのみを購入―へと進めばいいわけだ。

素朴で滋味深い「芽吹き玄米食パン」は、和食とも好相性


そうして、第二段階へと進んだ方に是非お薦めしたいのが「芽吹き玄米食パン」。秋田こまちを原料とした芽吹き玄米石臼粉の食パンは、しっとりもちもちとしていながら歯切れ良いという独特の食感。まるでご飯のような旨みが口いっぱいに広がっていく。焼きたてはさぞかし、なんて思ったら、実は翌日が一番なのだとか。

「天然酵母パンの焼き立てって発酵臭が強いんですよ。それよりも1日置いたほうが味も馴染んで風味が増すんですよね。それに、このパンは吸水性が高いからすごくしっとりしていて。しばらく経って程よく水分が抜けた頃にトーストするといいですよ」

言われたとおりに翌日トーストしてみて、思わず納得してしまった。焼き面はバリバリンと音を立て、口中で弾けるほどに軽快。対して、中はもっちりとして旨みも充分ある。もし余ってしまったら、冷蔵庫へ入れて置けば大丈夫。保湿性が高いパンだから、2週間はおいしく食べられるというのもすごい。

「田舎あんぱん」のあんも、もちろん自家製。粗糖でしっとり煮上げた小豆は、しみじみおいしい

「リンゴのプレザーブ」は山型、くらたさんの低農薬リンゴを使用。甘さ控えめで酸味も優しい


ところで、何故パンに玄米粉を?

「京都で石窯を作っている方を訪ねたときに、秋田の大潟村の芹田さんという農家の方を紹介してもらって。お米を使ったパンを給食に提唱するなど、意欲的に活動されている方なんです。なんでもこの発芽玄米、一般的なものと発芽させる方法も違うし、栄養価も高いとのこと。早速パンに使ってみたら、製パン性は悪いけれど、すごくおいしかった。ご飯に近い味わいだから日本人の味覚にぴったりなんです。それから、餡用の小豆も芹田さんのもの。大納言のような大粒ではないけれど、味わい深いですよ。うちではもうずっとこんな感じで、同じ人と続いていますね」

シンプルな材料から作られるSORAのパンは、ごまかしがきかない。だから素材選びにはとことんこだわった。テレビやラジオ等で安全でおいしいフルーツがあると聞けば、すぐに問い合わせたり、人づてに紹介してもらったり。そうしてたどりついたのが今の素材。 粉、フルーツ、ナッツ、チョコレートなど、できるだけ低農薬、無農薬のものを心がけている。例えば酵母に使用するのは、ノン・オイルコーティングのオーガニックレーズン。農薬で表皮を侵されていないため、よくあるドライレーズンよりも菌の力が強いというから面白い。

「素材の品質はもちろん大切。でも、それ以上にまじめで正直にやっている方に惹かれます。業者さんもお客さまも、それから私たちも、皆、同じ人間。商売とはいえ、結局はハートのつきあいですよね」

そう話す信乃さんは一番正直な人なのかもしれない。混じり気のないまっすぐな気持ちは、そのままSORAの味につながっているようだ。

少しずつちぎって楽しめる「ちぎりパン」。チョコチップ入りロール生地をカラメルがけしたもの

「メロンパン」は、しっとりしたパン生地に厚めのクッキー生地の組合わせ。甘さ控えめが嬉しい


信乃さんと龍二郎さん、そして2人をアシストするスタッフの方たち。この11年間、ずっと同じスタイルで続けてきた。しかし、そんなSORAにもちょっとした変化は起きている。

「実は私たち、この建物の2階にずっと住んでいたんですよ。暫くして1階が空いたので、じゃあお店を始めようってことになって。最初はカフェからスタートしたんですが、すごい反響がありました。今よりもっと狭いスペースの中でお客様がひしめき合っていたくらい。その後お店を広げて今のスタイルに。カフェって、お客様の反応が直に伝わってくるでしょう。だからとにかく面白くて面白くて。残念ながら、昨年からカフェはお休み中。でも、少し前からアンテナショップを開いているんです」

オーガニックガーリックを使用した「ガーリックバターラスク」。原料も明記してあるので安心

「アールグレークッキー」。さりげなく用意されたお菓子も魅力


SORAに行くためには駒澤大学駅から歩いて15分はかかる。決して立地がいいとはいえない場所だ。そこでもっとたくさんの人に知ってもらえれば、との想いから、2年ほど前に表参道にアンテナショップをオープンした。2人も入ればいっぱいになってしまうほどの小さなスペースだが、反応は上々。昼時ともなれば、近所のOLが次々と訪れる。とはいえ、どんなに売り上げが伸びても、スタイルは変わらない。人数を増やしたり冷凍して大量生産したり・・・なんて考えない のがSORAのSORAらしいところ。

「11年も作り続けているから当然、腕は上がってきます。でも、あまり洗練されすぎちゃうと、駄目なんです。だって、お母さんが作ってくれるパンやおやつって、無条件においしいでしょう。その良さを失ったら、うちらしくないなっていつも思っているんです。今後ですか?できれば、もっともっとアイテムを絞り込んで集約したいくらいですね」


何年経っても、ここには変わらない時間が流れている。そんな控えめでさりげない主張が、私たちの心にじんわりと響く。それは、日々進化し続けるこのせわしない時代において、決して悪いことではないだろう。(2008.05)






Le pain au naturel・Cafe SORA
住所 東京都目黒区八雲5-19-7たか乃羽マンション1F
TEL&FAX03-3718-9970
営業時間平日:AM10:30―PM18:30
土曜:AM9:30-PM18:30
定休日 日曜・祝日(不定休)・第1月曜
アクセス東急田園都市線駒沢大学駅 徒歩13分
URLhttp://www.cafe-sora.jp/



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