場所は六本木の繁華街。ビルの6Fへ上がると、爽やかなブルーに「JEAN-PAUL THIEBAUT COOKING STUDIO」の白い文字が目に入る。 フランス人 ジャンポール・チェボー氏が主宰するフランス菓子の教室だ。

元々面識はあった。だが、先日某会場でお会いした時の 「ぜひ遊びに来て!いつでもいいよ!」 そう言ってくれたフランス人らしい人懐っこい笑顔が忘れられず、改めて取材を申し込んだ。



ジャンポール・チェボー氏のパティシエとしての経歴は多岐に富んでいる。 母国フランスの「メゾン・ブラッシュ」を経て、「地中海クラブ」のシェフ・パティシエに就任。ヨーロッパをはじめアフリカ、アジアの国々を回るうち、ニューカレドニアで、当時アーチェリーとヨガの先生をしていた良子夫人と出会い結婚、1982年に来日した。
フランス菓子の名門「ルコント」で11年間勤務したのちは、「ル・コルドンブルー 東京校」で教鞭を取った。さらに95年からはジョエル・ロブション氏の信頼を受け「タイユバンロブション」でシェフ・パティシエに。そして2000年10月、今まで培ってきた全てのノウハウと情熱を活かすべくこの教室をスタートさせた。



(型や器具類も充実した教室。
機能的に設計されています。)


まずは、パティシエの道を選んだきっかけについて伺った。

「小さい頃から甘いものは大好きですよ。学校へ通っていたのですが、その合間にお菓子屋さんの友達のところに手伝いに行ったりしていました」

最初はクリスマスなど忙しい時にやっていた手伝いだが、思いがけない転機が訪れた。その友達がバイクに乗っている姿を見て、どうしてもバイクが欲しくなってしまったのだ。手伝いではお金が貯まらない。思い切って学校を辞め、手伝いではなく社員として働くようになった。
実は、チェボー氏はオートバイだけでなく、柔道では段を持つほどの腕前の持ち主。繊細なパティシエ・チェボー氏とはまた違った、雄雄しい一面を持っているのだ。


チェボー氏の故郷は、フランス東部の小さな町ホミルモン。

「ブルーベリー、さくらんぼ、ミラベル、洋ナシ・・・。フルーツがおいしいところですよ!子供の頃はよく近くの山に行って、ブルーベリーをカゴいっぱいに摘みました。それを、お菓子屋さんに持って行って、おこづかいにするんですよ。ホミルモンでは、普通のフルーツタルトと違いアーモンドクリームを下に入れません。生地の上は全部フルーツなんです」

ホミルモンはアルザス、ロレーヌ、シャンパーニュ地方に隣接した、おいしい食べ物に恵まれた風土。フルーツのおいしさを活かしたタルト類やキッシュ・ロレーヌで有名な町である。 「ノネットというパンデピスのような風味の焼き菓子や、ダクワーズに似たロリケットという伝統菓子も残っています。ロリケットとは、修道院に残されていたレシピを再現した14世紀のお菓子。変わった形のリングを使って焼くのが特徴です。昔のままを再現するため、特別に型を作ってもらい日本でも販売したんですよ。ホミルモンは田舎なので、地元のパティスリーにはバタークリームやシュクセのケーキが多いですね。あまりムース系は食べません 」

(気取らないおいしさが想像できるノネットとタルト)


近頃は、日本でも素朴な焼き菓子を作る店があるが、やはりケーキというとムースのような華やかなものを思い浮かべる人も多い。それだけでない本場のおいしさを教えたいと、チェボー氏は毎年教室の生徒さんと故郷やアルザス地方などを回る。地方のパティスリーの素朴なおいしさ、そして珍しい道具や素材に出会い、チェボー氏の友人宅でアットホームなパーティを楽しむ。時にはスーパーで材料を買って一緒に夕食を作るなど、普通の旅行では味わえない普段着のフランスがそこにはある。



(思いの込められたロリケット型)


「生徒さんは小さいカフェをやりたいという人や、ネットでお菓子を販売するなどさまざま。アメリカや香港からの生徒さんもいる。最年少は13歳、絞りの技術なんてびっくりするほど上手なんですよ!」

そういって、嬉しそうに次から次へとアルバムを見せてくれるチェボー氏。ケーキの写真に混ざって、チェボー氏と生徒の方、そして奥さんも交えて楽しそうにケーキを作る様子を映した写真が並んでいる。そう、チェボー氏の教室のよさはこのアットホームな雰囲気と少人数制なのだ。
光の差し込む明るいキッチンには、大きめの作業台が中央に4台。壁側にはコンロとシンクが並び、清潔感のある機能的な設計が気持ち良い。
教室のコースは3つ。ベーシックコースではプティフール、タルトやパイやシューなど基本の生地やその応用。そして、上級コースではアントルメやボンボン・ショコラ、クロカンブッシュを、特別クラスではレストランデセールを学ぶことができる。


(楽しそうなレッスン風景)


「持っているルセットの数?そんなのわからないよ!ムースといっても素材が新しくなったりするだけで古いものと基本は変わらない。たとえばジェノワーズでも基本があり、それの粉の種類を変えたり、バターの量を増やしたり・・・。もちろんいいコンビネーションは取り入れるけれど、違うルセットというよりは基本のアレンジという考えなんだよ」

たくさんのパティスリーがオープンしてはいるが、まだケーキ=ハレの日のものというイメージも強い日本。フランスで修業をしてきたシェフから「ケーキがいかにフランス人の生活に根ざしたものなのか、思いを新たにした」というコメントを聞くことも珍しくない。チェボーさんのケーキに対する考え方も、そのことを窺わせる何かを感じた。


(レッスンは1人1台のアントルメを仕上げるスタイル)(彩りの鮮やかなケーキ。これもレッスンに登場します)


日本では、ケーキに続きショコラのブームも高まりを見せている。チェボーさんが来日した時に比べれば、ずいぶんスイーツ界は発展したのではないだろうか?そのことについてうかがった。

「うーん。最近はそうでもないんじゃない?手品の方が人気だと思うよ(笑)。ヨーロッパでは男の人が食べたいと思う時に1人でお店に入って、好きなボンボンを1つだけ買って食べるのも当たり前。今の日本のブームはそれとは少し違いますね」

チェボー氏自身、板でも箱でも10分で完食してしまうほどのショコラ好き。フランス人と日本人では消費量が根本的に違うためか、フランスではショコラは100g単位ではなく1kg単位で表示されているというから驚く。


取材が終わると、私たちのためにチェボー氏特製のケーキとお茶を出してくれた。日本のケーキ屋さんではあまり目にしない、ピンク色のマジパンでおおわれたグリオットチェリーのケーキ「モンモランシー」だ。ちょこんと描かれたさくらんぼがかわいらしい。

「どうぞ、どうぞ」

チェボー氏自らカットし、私たちにサーブする。
(フランスらしさを感じるたっぷりのマジパン)

アーモンドの風味がよいマジパン、ふんわりとタマゴの香るジェノワーズ、キリリとお酒の効いたグリオットチェリー。洗練された日本の流行の味とは違う。甘さを控えた軟弱な味でもない。素材それぞれに甘み、風味がしっかりとあり、それが心地よい。作りたての、素朴でそしてやさしいおいしさが心にしみた。緊張がとけ、会話がはずむ。

「いつか自分のお店を出したい、そう思っています」

何よりもお菓子が大好き、というチェボー氏の作るケーキはメリハリのある味の中にしっかりと自分の色を表現していく。それはなぜか人をとてもやさしい気持ちにさせる。

チェボー氏は素材への妥協を許さない、そして日本の風潮に迎合することもない。
その味は、日本にいるフランス人に『ああ、この味だ!』と故郷を思い起こさせ、そして卒業生に『またチェボーさんのケーキを食べちゃいました!』と言わしめる力を秘めている。

日本のパティシエの技術力はもちろんすばらしい。だが、チェボー氏のケーキにはフランスの文化が見える。残念ながらそれは、どうしても真似できないものではないだろうか。

フランス人故郷ホミルモンでチェボー氏が愛した味、それがショーケースに並ぶ日を心待ちにしたい。




ジャンポール・チェボー クッキングステュディオ
住所東京都港区六本木3-13-8 ZONAN BLDG.6階
アクセス地下鉄六本木駅より徒歩3分
TEL&FAX03-5772-3787
E-Mailjptpatissier@ybb.ne.jp
URLhttp://www.jp-thiebaut.com