「トシ ヨロイヅカ」は恵比寿駅から徒歩8分の静かな街並みに佇んでいる。店内は白と黒を基調としたシックな空間。ショーケースの中には色鮮やかなケーキ、そして向かいの棚にはヨーロッパの地方菓子などが顔を揃えている。面白いのは店の奥に用意されたイートンスペースだ。白い大理石のカウンターに椅子が6席。寿司屋やバーを思わせる造りである。パティスリーでカウンター席というのはちょっと例がない。



「別に奇をてらったわけではないんです。僕が得意なデセールを一番いい状態で食べてもらうにはどうしたらいいのか。そのためには、お客様を見渡すことができ、できたてをお出しできるカウンターが一番だと考え、自然とこういう形になりました」

こう話すのはシェフの鎧塚俊彦さん。ベルギーの三つ星レストランで日本人初のシェフパティシエを務めたという輝かしい経歴の持ち主だ。2004年9月のオープン前から周囲の注目を一心に集めていた。そんな今話題のシェフはどんな道のりを歩んできたのだろう。パティシエとして歩んできた歳月や菓子にかける想いを語っていただいた。



鎧塚さんがパティシエの世界に入ったのは23歳のとき。守口プリンスホテル、神戸ベイシェラトンホテル&タワーズを経て1995年に渡欧。その後7年半かけてスイス、オーストリア、フランス、ベルギーで修業を重ねてきた。一口にヨーロッパといっても、その風土や食文化はさまざま。慣れない食材や味覚の違いにとまどうこともあったかもしれない。

「実は、新しい土地に行ったときでも、その土地の味覚に合わせなくちゃと苦労した経験はないんですよ。僕の中には確固たる“僕の味”というのがあるんです。それを信じて作っていれば、いつか認めてもらえるだろうって思っていました」

鎧塚さんが目指しているのは、素材の風味を活かした素直な味わいの菓子。素材と真正面に向き合い、その良さを引き出すにはどんな調理法にしたらいいのかを考える。あくまでも基本に忠実に調理していく。凝ったことや変わったことはしない。ひとつひとつのパーツを丁寧に仕上げていくことにこだわるのが鎧塚流なのである。

こうした素材重視の考えは幼少期のころからごく自然に育まれていったようだ。

「私が素材の味にこだわるようになったのは、祖母の影響が大きかったと思います。僕は祖母の味を食べて育ちました。その料理は、出汁をきちんととることから始まるんです。当然、化学調味料は使いません。とても基本的なことですが、いい素材を使って作るとおいしくなるということ、そして微妙なさじ加減で味が変わるということを教わりましたね」

鎧塚さんには小さい時から培ってきたおいしさの軸がある。そしてパティシエになってから出会ったたくさんの素材や体得したテクニックはその軸の上に広がっていくのだろう。だから鎧塚さんの味は、たとえレシピがあったとしても他の人には真似できない。最も力を注ぐデセールを独りで仕上げているのもそんな理由があったのだ。




話が一段落したところで、早速デセールをいただくことになった。カウンターに腰掛け、黒板に書かれた手書きのメニューの中から苺のミルフィーユを選ぶ。注文を済ませて顔を上げると正面奥には厨房が、そして鎧塚さんの姿が見える。このとき一瞬目が合ったように思う。鎧塚さんはおもむろに白いお皿を取り出したかと思うと、その上にお菓子のパーツを重ねていく。フィユタージュ、クリーム、フルーツ、アイスにソース・・・。次々と乗せられ瞬く間に一皿のミルフィーユのできあがりだ。次の瞬間にはその皿が自分の目の前に差し出されていた。



まるで舞台を見ている観客のような気分。一皿のデセールに込めるシェフの思いを間近に感じることでシェフとの一体感が生まれた、といったら大げさだろうか。

「デセールで最も気を使うのが出すタイミング。作りたてが一番おいしいですからね。まず飲み物をお持ちして、そしてそろそろ食べたいなとお客様が思うころにタイミングを合わせてお出ししています」

お客の立場にたって考えようと気を使う。最初に目が合ったのは偶然ではなかったようだ。
差し出されたデセールをじっくりと鑑賞する。皿の上には大きなフィユタージュとクリームがこんもりと重ねられ、上から赤いソースがかけられている。

「大きな皿にちょこんと盛り付けたモダンなデセールもありますが、僕はかっこよすぎるデコレーションって好きじゃないんですよ。デセールは食べ物。だから、“綺麗”ではなくて“おいしそう”と言ってもらえると何より嬉しいですね」

ボリュームのある一皿はとても親しみやすい表情だ。鎧塚さんの狙い通り、素直な味という言葉がぴったりくる。なぜなら、フィユタージュからはバターの香り、パティシエールからは卵の味、苺のソースからはフレッシュな苺の風味がしっかり感じられるから。そして焼きたてのフィユタージュの香ばしいこと!

「作りたてっておいしいでしょう。僕が素材同様に重視しているのは鮮度にこだわるということ。フィユタージュは一日に何回もこまめに焼き、ソース用の苺はその日一番おいしいものを近所の八百屋から手に入れる。生の苺は味が安定している冷凍ピューレとは違うので、そのつど配合を変えているんです。料理の感覚に近いですね。アイスもできたてを提供しています。だからこんなにおいしいミルフィーユができるんです」

ミルフィーユはできたてが命、テイクアウトにしてしまうとこのおいしさを味わえないと断言する鎧塚さん。だからトシヨロイヅカのショーケースにミルフィーユは見られない。その潔さがとても気持ちいい。





最後に、恵比寿に店を構えた理由について尋ねると、

「家主さんがいい人だったから」

と笑っていた鎧塚さん。

「僕、あまり深く考え込まない性格なんです。「いいな」と思ったらとりあえずやってみる。場所を選ぶときも、カウンター席を作ったときもそうでした。そんなふうに気ままにやってこられたのは、家も奥さんも持たない自由な身だからなのかも(笑)」

カウンターというスタイルを提案し、新しいパティスリーの可能性を生み出したといえる「トシ ヨロイヅカ」。今後はシェフとお客様とが一体となって、この店を盛り上げていくに違いない。







トシ ヨロイヅカ
住所 東京都渋谷区恵比寿1-32-6 -1F 
TEL03-3443-4390
営業時間10:00〜20:00
定休日火曜日
アクセスJR山手線・東京メトロ日比谷線恵比寿駅より徒歩8分