アルル

林 春二 氏

親は百姓で、自分は次男。長男が家を継いだから、東京に出て就職、それがたまたま浅草橋にあるパン屋だったんです。パン屋といっても和菓子も洋菓子も置いていました。今から40年以上も前の話ですからね。

26才の時に北区の滝野川で独立したんです。パン屋ではなくて、洋菓子店として。なぜ洋菓子にしたかというと、洋菓子のほうが楽だと思ったんですよ。だって、早起きしなくていいでしょう。そんな怠けた理由だったんですが、ちょうどね、例えばお雛さまのとき、今まで和菓子を食べていたのがケーキを食べるようになる、というように、行事に食べるお菓子が和から洋へ転換する時期だったんですね。だから割と順調に商売できました。店をこの巣鴨にも出すことができました。
でも、オイルショックがあったでしょう、あの時、ケーキは打撃を受けました。なんといっても嗜好品の最たるものですから、みんな最初に買うのをやめますよね。どんなに食べる人でも月に2回。それなら、準主食であるパンのほうが需要があって商売としても安定するのではと思い、パンを始めました。

最初はね、冷凍生地を使っていたんです。なるべくロスを出したくないという欲が出てきて、そのうち売れ残り、また温め直して翌日出したりしたんです。でもお客さんの舌は敏感ですね。そんなことを始めてしまったらすぐに売り上げが落ちていったんです。これじゃいけない、きちんと自分のところで作ろう、と思って、最初はデニッシュ、それから食パン、フランスパンなど冷凍生地を使わずに作るようになりました。

売り上げが戻ってきた頃、時代の流れでしょうか、今度は美味しいだけでなく、より"安全な"ものをお客様が求めるようになったんです。農薬の問題がマスコミでも取り上げられるようになり、自分自身、もっと安全な素材を使いたいという気持ちが強くなりました。でも、残念ながらそれを仕入れるルートがなかった。もんもんとしながら毎日を過ごしていた時、自然食品の店で国産の小麦を発見したんです。それを手がかりに仕入れルートを作ることに成功。さらにアトピーのお子さんを持つ方の要望などで、酵母、塩など素材全てに関し安全であることを強く意識するようになりました。今から15年ほど前の話でしょうか。

そんな中で面白い発見があったんです。テレビで、「粉と塩と水だけでパンができる」という、確かフランスからの映像を見たんです。発酵はどうするの?と思ったら、小麦自身が持つ力を使っているんですね。へー、そんなことできるんだ、と思い、早速自分でもやってみたらこれができた。小麦と水だけで種を作り、それを小麦と水と塩に混ぜて、発酵させて焼くんです。これが今では店の看板商品にもなっている<古代パン>。実はこのパンには埼玉の神泉水という水を使っているんです。これも自然食の店で出会った水なのですが、とても美味しいんですよ。でもね、はっきり言うとパンがこの水でさらに美味しくなったかというと、よくわかりません。古代パンは、そんな自分の好きなものを入れ込んだ、ちょっとした趣味のパンでもいいと思っているんです。

今は滝野川の店を閉めてこの巣鴨一軒、洋菓子もなくパン一筋です。安全な素材であることはもう当たり前の時代になりましたよね。今は二代目である息子が、お茶で酵母を作ってみたり、柿で作ったりと色々実験しているみたいですよ。自分とはまた違ったパンができていくのは楽しみです。

取材日 2001年8月









林さんと息子さん





アルル
豊島区巣鴨1-21-11
TEL: 03-3944-6804


林さんの秘密