ドイチェスハウス ヴァルト 渡辺 知彦 氏  

 10年前までは機械関係のエンジニアをやっていたのですが、どうしても百姓になりたく、脱エンジニアをして埼玉の農業実習を1年。その後は農業をやりながらフランス料理店のパン部門で働きました。パン部門を選んだのは、農産加工品に特に興味があったからです。フランス料理店のあとも、冬のペンションの厨房でパンを焼くなど、半農半パンという生活をしていました。卸し中心のパン屋で独立した後、配達先の相手がきっかけとなって、たまたまドイツで生活しながらパンを学ぶ機会を得たんです。

 ドイツは機械化が進んでいて、合理的な考えのもと、パンを作っていました。その姿勢はこの店にも反映されていて、機械に任せられるところは機械、手作業のところは労を惜しまずやるというように、メリハリがあります。ドイツの小麦は中力粉。日本のナンブ小麦とほぼ同じグルテン量で、粉そのものの味もいいのでこれを主に使っています。ライ麦も国産。その国、その土地のものを使って作るというのが、一番自然で健康的なことだと思うのです。


 2年住んでいた南ドイツのキーヒリンス ベルゲン村は、人口たったの900。僕が働いていたパン屋のほかは、肉屋ひとつと雑貨屋ふたつしかないという驚くべき小ささで、村人全員がワイン作りに何らか携わっていました。それで、ブドウを摘み取って、ワインが途中までできた10月頃、パン屋ではツヴィーヴェルクーヘンというタマネギケーキを焼くんです。そこから、ワインが、出荷できるワインとして出来上がるまでの約一ヵ月、日々熟成していく味の変化を楽しみながら、みんなこのケーキを食べるんですね。本当に、飽きもせずに毎日。各家庭でも焼きますが、パン屋は何かと村の中心的存在だから、こういう行事には必ず携わります。

ガラスに書かれたかわいらしいイラスト。
ちなみに右は、お店のキャラクターともいえるヴァルトじいさん


   僕の生まれ育ったこの甲府の町も、ブドウを栽培し、ワインを作りますよね。それで今、ここでも僕はツヴィーヴェルクーヘンを焼いているんです。なにか、そういう秋に食べるものとして町の定番になればいいなあ、それをパン屋から発信できたらいいなあと思って。

 店のパンは、完全にドイツパンだけです。というのも、まずは"真似"から入ろうと思ったから。3000はあると言われるドイツパンからオーソドックスなものを選んでいます。最初は1キロの大きなパンばかり焼いていたほど、ドイツ的。でもこのパンは全く売れなくて、今は大きいパンでも500gにしました。ライ麦率は100,80,50,30,10と、食べやすいものまで揃えていますが、正直、なかなか受入れてもらうのは難しいですね。ここで駄目なら例えば東京で、と思わないこともないのだけれど、そう簡単に愛情ある育った町は出られない。今店にいるスタッフもね、僕の気持ち、理解してがんばってくれていますよ。4人中3人は留学などでドイツ生活経験のあり、ドイツが好きだという気持ちが強いんです。


渡辺さんの遊び心が表れたパンの形


 お客さんにも積極的に食べ方の提案をするようにしています。できるだけ薄く切った方が食べやすいとか、保存はタッパのような箱にいれるといいとか。そうして徐々にでもリピーターが増えていくといいな。

 実はね、僕にとっての"百姓"とは、土のうえで農業をやることだけではなくて、"百のことをやる"っていうことだと思っているんです。それで、百のうちひとつが、パンを作ること。…と思ったのですが、今ではこれひとつにのめり込んでしまったという状態。でもとにかく楽しいから仕方ないんですよ、こればかりは。



ドイチェスハウス ヴァルト 
山梨県甲府市貢川本町12-3
055-230-2161

渡辺さんの秘密