ホテル西洋銀座

五十嵐 宏 氏

 父が中華料理屋をやっていたんです。兄が店を継いだんですが、兄とは違う道に行きたいとは思いつつ、でもやっぱり食に対する興味はあって。結局、フランス料理がかっこいいかな、シェフになろうかなという結論に達し、調理師学校に行ったんです。色々な授業を受ける中で、肉を焼いたり魚を焼くというダイナミックさとは違う、ケーキを細かく作りこんでいくという方にひかれたんですね。

 今、ケーキ作りは僕にとって仕事でもあるし、趣味でもあります。昔、スポーツをしていてどんどん上の大会を目指したように、最初は「やってみるかな」という気持ちだったのに、どんどん膨らんで、とまらなくなって、はまってしまった。始めるととことんやってしまう性格みたいで、例えば厨房でも、ちょっと汚いところが気になって掃除し始めると、そのまま大掃除になっちゃうんです。コンクールもそう。あまりにはまってしまうので、しばらく出展を休憩しようかなと思っているんです。でもね、この4年間、クープドモンドの予選、本選、予選、本選とやってきた僕の姿を見て、今年は下の子がみんな出るんですよ。とても楽しみですね。

 『ホテル西洋』では、自分が一番上に立つまでの数年、稲村省三シェフの下で色々なことを教わりました。シェフは、本当に何でも教えてくれる人でした。今の厨房では、僕がシェフにしてもらったみたいに、自分が教えられることはすべて下の子に教えたいと思っています。とはいっても、この間、飴の技術を、「それってどうやるんですか」って下の子に聞かれたときは一瞬迷っちゃいました。だって、秘密にもしたくなりますよね、2ヶ月も3ヶ月もかけて生み出したものですから。それを30分で教えちゃうわけでしょう?「うーん、どうしよう」って思ったなあ。

結局それでも教えられたのは「教えても負けないよ」と思える自信かな。でも、迷ってしまう自分をみて、まだまだ大人にならなきゃなって思いましたね。技術の面だけでなく、人との接し方、怒り方、褒め方など、上に立ったからにはもっともっと知らなきゃいけないことってあるなって思います。「これが自分のスタイルだ!」っていうのもまだ出来ていないと思っています。でも、ホテルという間口の広いところで仕事をして、今までの自分のスタイルや個性で、変えなければいけないのは、商品ではなくて仕事の進め方とかそういうことだと思うんです。

ホテルの特徴としては、レストランのデザート、婚礼や宴会のケーキというのがありますよね。例えば婚礼のケーキ。僕達は、一日に何台も作るけれど、それぞれのカップルにとっては一生に一度の結婚式で、一度のウエディングケーキ。それを考えたら、いくら何台も作っても、絶対に手なんか抜けません。普段のケーキでももちろんそうですが、責任という足かせがあると、絶対に手はぬけないものなんです。

今はホテルで仕事をするということに抵抗は全くないけれど、でもね、もしかしたら、いつか、地域に根づいた店をやりたくなるのかもしれない、という遠い予感はあるんです。実家の中華料理屋で父はいつも「よっ!元気か?」とか、地元のお客さんと言葉を交わしながら料理を作っていた。ずっとそれを見て育ったから、自分もあの姿を求めているのかなあって、思うんです。
取材日 2001年5月

ホテル西洋銀座
中央区銀座1-11-2 ホテル西洋銀座B1F
Tel:03-3535-1111(代)


五十嵐さんの秘密