トラディッショナル・バックハウス・インノ 
猪原 義英さん
 

   



もともとアルプス山中の地方、チロルという場所が好きでね。10年前、横浜からここへ移転した理由はそんなところにもありますが、それよりなにより、ここはパン作りに最適の環境だというのが大きいですね。まず水がきれい。八ヶ岳の水です。加えて、ホップや麦も昔から作っている地域。都心より涼しいというのもいいんです。そもそもパンは、基本的に寒い地方のもの。発酵温度帯が20〜35,6で、常に温度調整が必要でしょう。冷やすより温める方が簡単だから、気温は低いところの方が作りやすい。パンの歴史をさかのぼっても、エジプトなど気温の高いところでは無発酵のパンから始まっているんですよ。



さて小麦ですが、地元で作っているのは甲斐小麦というものです。はじめはハルユタカで作ろうとしていましたが、なかなか上手くいきませんでした。そのうちに、植えていたハルユタカが自然交配を繰り返しちゃって。気付けばグルテン量も多くなり、安定し、味のあるいいパンができる品種になったんです。これが甲斐小麦。言ってしまえばハルユタカの雑種みたいなものですね。

ライ麦も地元のものです。「国産のライ麦」って皆さん凄いと思うようですが、このへんでは、作るというよりほっておけばできるんですよ。

ホップは、近くで作ってもらっています。
今や山梨でも作っているのはこのあたりだけ。
ひと株だけここの庭にもあるのですが、8月半ばに収穫し、乾燥して煮出して使っています。
ホップは防菌作用があって、最初に種を作るときにいいんですよ。

さて、これらのものでできた生地は、2種類の方法で焼きます。

まずひとつは室内にある窯で。ここで、ホテル用のプチパンなど、毎日300個から多いときは千個も焼くんです。目指すパンはね、料理と一緒に食べたときに美味しいもの。パン単体だと物足りない部分は料理が補うように、糖分、塩分ともに控えめ。ホテル用のものは、もう一度焼く事を考え、焼きを少し甘くしてあります。


それからね、うちのパン、実は意識して過発酵気味なんですよ。なぜか不思議ですか。過発酵ということは、できあがりのパンにほんの少し酸味がある。すると、口に入れたとき唾液が出て美味しく感じるという原理なんです。なるほど、という感じですか? 職人にはいろいろなタイプがいてね、こういうことを計算してやる人、意識しないでも本能でできちゃう人なんていうのもいますよね。

少し話はずれますが、レストランの料理人への最高の褒め言葉は「パンがおいしい」だと思うんですよ。料理がおいしいというのは言わずもがな、パンまで行き届いているというのはその店がパーフェクトという証です。


石窯
もうひとつの焼き方は、外にある石窯を使って。ドイツ式と言われるもので、800度から千度にして、冷ましながらパンを焼きます。遠赤外線効果は、大きなものを焼くのに向いていますね。なぜなら、中まで火が通るのに時間がかからないから、表面からの乾燥を防いで焼ける。乾燥しないということは、ある意味で老化していないパンができるということなんです。赤ちゃんと老人を比べても分かるように、みずみずしいというのは若いということでもあるから。
この窯は、自分しか使いこなせません。今、自分の下で働いているのは息子です。親子の師弟関係ってなかなか上手くいきませんね。自分にしてみれば、言われたことをまずはハイハイとやってくれればいいのに、と思うんだけど、どうもそうはならない。反発されることも多く、本当に難しいなと思っています。彼が石窯を扱えるようになるまでにはまだ時間がかかりそうですよ。
猪原さんの息子さん
取材日2002.10.13


トラディッショナル・バックハウス・インノ

0551-32-6576

猪原さんの秘密