ルヴァン

甲田 幹夫 氏


 30歳も越したし、そろそろ何かひとつの仕事で落ち着かなきゃなあと、思っていた頃でした。スキー仲間のお兄さんがパン作りの機械を専門に取り扱う、小さい商社をやっていたんです。そのアンテナショップとして調布にパン屋を出したのが『ルヴァン』の始まり。もともと毎朝パンを食べていましたし、ヨーロッパに行ってフランスやスペインのパンを美味しいと思っていましたから、ブッシュ・ピエール氏が作る天然酵母のパンに抵抗はありませんでした。この道でしっかりやってみようか、という気になりました。彼は3ヶ月ほどでこの店を去りましたが、天然酵母のパンは、彼が生んで、そこから自分が育てていったという感じです。2年後の84年、"機械"と"パン"を完全に切り離したとき、パンのほうを譲り受けました。

 ブッシュ氏の起こしたブドウの酵母を大事につなぎながらも、ブッシュ氏が去って最初の2年ほどはね、いつかこの酵母がだめになっちゃったらどうなるんだろうと、常に心のどこかで不安だったんです。だって、酵母のつなぎ方はわかっても、作り方は教わらなかったんですから。フランスの訳本が一冊あって、酵母の起こし方が書いてあったのですが、「ビンを一晩抱いて寝る」とか万事がそんな感じで、実践には至らなかったんです。実際、一度旅行から帰ってきたら酵母がだめになっていたことがあって、あの時は本当に慌てました。何とか無事息を吹き返してくれたので大事には至らなかったのですが、これは本当にどうにか作ってみなきゃと思いました。

ちょうど、「酵母を起こした」という話があっちこっちから耳に入ってくる時代に入っていましたね。そんな方々の話を参考にやってみたら成功。でも、成功したものをすぐ使ったというわけではありません。「いざとなったら起こせる」という安心感です。その後時々混ぜることもありましたが、今もブッシュ氏が起こした酵母は引き継がれているんですよ。

「天然酵母で作るのって大変でしょう」といわれることもありますが、天然酵母作ることしか知りませんでしたから、イーストに比べて大変だとかいう比較をしたことはありません。パン作りってこういうものだ、って思っています。このパンを使って、少しずつ、お客さんに喜んでいただけるようなバリエーションをつけていかれたらいいなと思っています。味噌とかシソとか、ひじきやワカメ。このあたりが、今、合わせてみたいなと思っている興味のある素材です。

最初は「とにかく自然食」というマニアな客が多かったですけど、もっと多くの人にこの美味しさを知ってもらいたいなと調布から富ヶ谷に移ってきました。隣の建物が空いたとき、"借金してでも隣は借りろ"ということわざを聞いたことがあるのを思い出したんです。それで、イートインのスペース『ル・シァレ』を作りました。もともと人が集まる場が好きなんです。それに、こういうスペースがあれば食べ方の提案が出来るかなあと思って。都心でやりたいのはもう少し大きなカフェ。もちろん、軽食にサンドイッチなど出すようなスタイルです。田舎でやりたいのは畑。"ルヴァンファーム"が出来て、そこでできた小麦を使ってパンを作れたら面白いんじゃないかなと思うんです。

取材日 2001年5月


ルヴァン
東京都渋谷区富ヶ谷2-43-13
TEL:03-3468-9669


甲田さんの秘密