モンサンクレール

辻口 博啓 氏

 先日、北海道に行ってある牛乳工場を見てきたんですよ。そこで高さ15メートルくらいの管の中を上から下に牛乳をくぐらせながら低温で殺菌するという製法を見てきました。こうして製品となった牛乳は、高温で殺菌されたものより香りもよく、体にいい成分もしっかり残されているんです。説明を聞いて、実際見て、牧場主とも会って、なるほどなあと感心しました。

乳製品はお菓子屋にとってアキレス腱です。どのお菓子にも入るし、例えば牛乳だったらプリンみたいにダイレクトにそのものの味が出てくるものもある。だから素材選びも気合が入ります。できるだけ美味しく、そして小さいお子さんまでが口にするものだから、なにより自然で安全なものを使っていきたいと強く思いますよね。牛乳だけでに限ったことではありませんが、工場、農家など実際にその素材が作られている過程を見ることって、とても大事だと思うんです。一生懸命こだわって作っている生産者からはやはり素晴らしいものができてくる。その姿を目にすると、自分も作り手としてそれをうまく活かしてやろう、一生懸命作ろうという気になる。どんな技術があっても、やはり一番は素材です。常にアンテナを張って、よりよい素材をキャッチすることは大切ですよね。

店も3年目になりました。オープンしたころとは違う新しい素材を取り入れたり、新しいお菓子を作っている厨房の中では、働くスタッフも新しい人が入ってきています。僕自身、お菓子を作ると同時に人を育てる立場でもあるわけですが、ひとりのパティシエを一人前にするということは、お菓子作り同様、本当にパワーのいることですね。

自分自身の、試行錯誤しながら調べたり実際厨房で実験したりしていた若い頃を振り返ると、果たして何でも教えてしまうことがいいことなのか。自ら学ぶ姿勢を育てないことは、パティシエとしてだけでなく人間としてその人を欠落させてしまうことかもしれない、と思ったりもするし、かといって、何も導いてあげないことがいいとも思わない。相手との間に誤解を招くことだってあるかもしれない。うーん、本当にパワーを使うことですよ。

でもね、僕自身がさまざまなコンクールで、最初は形にならないものを諦めず、自分自身と戦いながら、あるとき壁を突き破ってひとつのものを作り出せたように、今の若い人にも何かを作り出すとき、『形にならない』ときに諦めないでほしい。自分にプレッシャーをかけながらもそれを乗りきるということ、自分に勝つということを、どれだけ教えられるかはわからないけれど、世界の舞台に立てる人をひとりでも多く生み出すことは、僕としては大きな喜びです。男性も女性も、学ぶ姿勢と目的意識をもって頑張ってほしいと思います。
取材日 2000年11月


辻口さんの秘密