南 部

杉山 勝 氏



30年間ね、デザイン事務所をやっていたんですよ。今から2年半前に、休業という形で、なにか女房と2人で、人を使うんじゃなくてできるものをと新しい仕事を探しはじめました。最初は、カフェギャラリーなんかやりたかった。でも、時代が時代じゃあないですか。そんなの流行らないだろうと。

本当に、たまたまなんですが、テレビで石釜で焼いた天然酵母のパンがやっていてですね、それまで食べていた天然酵母のパンがあまりに美味しくなくて、あ、このパンはちょっと美味しそうだなってその日のうちに2人で買いに行ったんです。そうしたら、やっぱりこれが美味しかった。早速、どこで習って独立したのかと聞いたら、「ピッコリーノ」の伊藤先生だというんで、訪ねたんです。ここで食べたパンも、今までの天然酵母パンを打ち砕く柔らかさでしたね。こんなパンができたらなあと思いましたね。話をすると、運良く空きがあって、すぐに2人で通いはじめたんですよ。パン屋になりたかったというんではなくて、たまたま美味しいパンに巡り合ったからパンを作ることを始めたわけです。これが2年半前のことです。

2人で習ってるでしょ、だから教室で作っても、家で作っても、とにかく食べきれない量ができちゃうんですよね。友達や、近所の人にあげるととても喜ばれて、「お店出したら」なんて言われたりもしていました。
週1度習っていたんですけど、1年経ってたまたま先生が忙しい時に、僕は他に仕事をしていなかったから、2ヵ月まるまるお手伝いした事があったんです。そこで、パンをただ焼くだけではなく、経営面での事も学ぶ事ができたのがとても大きかったです。やれるかな、という気になりました。

本気でやろう、という気になって、一番苦労したのが場所探し。最初は国立辺りでやりたかったんですが、なかなかいい場所がなくってね。四谷のほうや、逆に都心を離れて水戸のほうなんていうのも考えました。自宅からすぐのこの場所があいて、ここでやってみるのもいいかもしれない、と、決めました。先生のやり方そのまま、国産ナンブ小麦とホシノ酵母だけの「和風」なものですから、内装も木を使ったり南部鉄でできたものを置いたり、草木染めの布を飾ったり。この空間にマッチする自分で描いた絵も飾っています。自分も30年来中央線沿線に住んでいたので、その周りにいた友達も多くやって来てくれます。そこから口コミで広がったり、健康パンということで、近くにいくつかある病院の患者さんや看護婦さんも多いです。「塩を入れないパンを作って」というお客さんのために、今試行錯誤中なんですよ。小さい店だから、こんなコミュニケーションも取れるんですね。

健康にこだわったパンですが、やはり食べ物だから美味しくなくてはと思っています。発酵、焼き加減、まだまだ釜の癖も分からない状態で、難しい。発酵の1分の差が、出来上がりに大きな差を生んでしまいますから、目が離せない。同じに作っても、半分のパンが納得のいくように焼き上がらないこともしばしばです。そんな時は、安くお客さんに提供したりもするんですよ。焼き立てだけが美味しいパンじゃあないんだということを食べて頂きながら、会話をしながら、みなさんに分かって頂き、天然酵母と国産小麦のパンになじんでもらえたらと、思っています。
取材日 2000年1月


杉山さんの秘密