パン ド コナ

高橋 誠一氏


パン屋の前は広告代理店でCMプロデュサーとして勤務していました。バブル全盛期ということもあり、仕事は充実していたので、何の不満もありませんでした。 でも、バブルという時代の華やかな部分を見るうちに、「本当の豊かさって何だろう」と疑問を持ちはじめた。その頃、多いときは一年の三分の一くらい海外ロケで日本を離れていたんですが、やはりロケでペルーに行ったときのこと。アマゾンの奥地で、床と土の境もないようなインディオの生活を見たとき、「これだ」と思ったんです。彼らの生活には、矛盾がまったくない。生活というのが人生そのもので、これが正しい生き方ってもんだと思った。そして自分も、額に汗を流して、自分がいいなと思うものを表現し、人に喜んでもらう仕事をしたい、と心から思いました。

もともと、食べ物には興味があって、『ルヴァン』のパンになんとなくひかれるところがあったんです。ある時訪ねてみたら、そこでも「これだ」と思いました。それで、パン屋という仕事を選んだんです。パンを作る仕事ってどこか農業に通じる気がしますね。朝も早いし、毎日酵母の様子を見たり、小麦をこねたり、どこか土の匂いのする仕事です。 ルヴァンには4,5ヵ月いて、その後は、接客業を学ぶ為、料理にも興味があったので、レストランでサービスの仕事をしたりもしました。店を出すまで2年と決め、その中でパンの技術をはじめ、パン屋をやる上で自分に足りないものを学びました。 なぜ2年と決めたかというと、ある人に「修業というものは"もうこれで満足"ということはありえない。自分で区切りを決めて、そのあとは店をやりながら学んでいくもの」と言われたからです。確かにそうだなあと思い、自分の場合、2年と決めました。

リンゴや洋梨の酵母は、店を始める1年ほど前からつないでいます。リンゴは全粒粉、洋梨はライ麦を合わせるのが一番美味しいですね。天然酵母イコール健康食品ではなく、天然酵母イコール美味しいものとしてとらえているので、イーストと併用することもありますよ。それにね、ヨーロッパのパンの歴史を見ると、自家製酵母からイーストに移行する時期にやはり併用していて、そこでなかなかいいパンが生まれているみたいなんです。

今の店の状況をいうとね、自分の作りたいパンが必ずしも売れるパンではないんですよ。でも、面白いのは最近出店した渋谷の東急百貨店のフードショーでの売れ筋。ここ藤が丘とまったく違うんです。新しいパンとか、ちょっととっつきにくいかな、と思うパンにも、わっと飛びついてくる。そういう意味で、自分にとってまた新しいステージができた感じで、やりがいもあります。

この道に入ったきっかけであった実家の店を継ぐというのは、自分の方向としては違うと思い、やめました。今、職人としての仕事と、経営面での仕事は半分半分くらいです。だんだん経営の仕事が増えていく予感はあります。より美味しいお菓子を目指し、職人として作るのはもちろん楽しい。けれど、経営者としてのお菓子屋にも興味があります。多くの人にここで作ったお菓子を広げていく、それをしっかり考えるのもいいなあと思うんです。

だからスタッフにはしっかり育ってほしい。無意味な時間はないようにしてあげたいんです。できるならどんどん新しい仕事をさせるという姿勢で、効率よく成長させたいと思っているんです。それが効率よく美味しいお菓子ができることと同じようなことだと思うんです。


自分の中でのこれからの目標は『ネクストスタンダード』を作ること。店を始めて9年ですが、その間、パン作りだけでなく、デリをやったりワインやチーズと組み合わせの提案をしたり、いろいろなことをやってきました。そのさまざまな経験と、トラディッショナルなパンのスタイルというのを上手にミックスさせたら、今のパンのスタンダードが一段上がると思うんです。バゲットでも、食パンでも、なにか一歩前進したものになるんじゃないかと思うんです。それが次のスタンダードになるのではないかと。高橋誠一っていう、自分にしか生み出せない、なにか面白いものができると思うんですよ。

取材日 2001.11.16

パン ド コナ
横浜市青葉区みたけ台3-18
045-974-4717

高橋さんの秘密