パティシエ・シマ

島田 進 氏



1947年、三重県生まれ。
フランスで3年間修業後、帰国して「レストランマキシム」で製菓チーフを3年、「ルコント」で10年勤務。'88年独立し「シェ・シーマ」のオーナーシェフとなる。'98年、麹町に「パティシエ・シマ」をオープン。


青山でもない。広尾でも麻布でもなく、かといって世田谷の住宅地にあるわけでもない。一軒目「シェ・シーマ」は市ヶ谷に、そしてこの秋にオープンし、今回私たちがおじゃました「パティシエ・シマ」は麹町に赤いひさしを出している。オーナーシェフは島田氏、泣く子も黙る、洋菓子界の大御所である。
 
「都心に店を構えるということは最高級の材料を手に入れられるということ。そしてここはそれを分かってくれる人の多い地域」と麹町を評価する。地域によって求められているものは違う、ということを主張する島田氏は、当たり前のように「市ヶ谷と麹町では味を少し変えている」と言う。ビジネス街でOLが多いこのあたりでは、女子大生が多い市ヶ谷よりちょっとだけ濃い味のものを提供しているそうだ。そういう微妙なさじ加減が効いてか、私たちが取材をしている間だけでも制服姿のOL達が数組、ケーキを購入していった。
 
「素材は自分の好きなものが基本」である。チョコレートも酸味のあるものは好きでないとのこと、それが一番伝わるのが「東京の石畳」と名付けられた生チョコ、口にするととろけるように甘い。酸味、苦みの一切ない、日本のクラシックなチョコの味である。気取っていない、しかし洗練されたその甘さは口の中をほんわか暖かくするから不思議だ。バターや生クリームなどの素材も、良いものがあればいつでも切り替え、受け入れる姿勢を持っている。かたくなに、今使っているものが一番だとはしない。ただし、一番重要なこと、自分の舌で美味しいと感じたものでなければもちろんダメなのは言うまでもない。
 
ショーケースに並んだケーキは約30種類、それぞれ奇抜とは言わないが、素材の特徴を出した色をしていて目を引く。小粋である。購入していくお客さんたちが目移りして選ぶのを迷ってしまうのもよく分かる。そして見かけだけではなく、これら全ては決して「似たような味」になることがない。「それぞれの個性を活かしたはっきりした味を心がけている」と島田氏が言うとおり、オレンジのタルト「タルトオランジュ」は、あのみずみずしいオレンジを、リンゴのタルト「タターン」のリンゴはしっかり煮えつつ、本来の味と食感を活かしているし、プラリネクリームを使ったお菓子はしっかりヘーゼルナッツとアーモンドの味を全面に出している。シューパリジェンヌ、ミルフィーユ、クレーム・シマ等、クリームがメインのお菓子もそれぞれ違った風味と口溶けだ。
 
7時に店に入り職人としての腕を振るう島田氏。自らの仕事の傍ら、若い人を育てることに一番の喜びを感じるという。氏の門下生は数知れず、各地で頼もしく味を、技術を継いでいる。門下生の一人「レ・アントルメ」の氏が、先日ここ「パティシエ・シマ」の「タルトオランジュ」を食べたそうだ。その味は氏に修業時代を彷彿させ、初心に返らせるものだったという。師匠としての島田氏の大きさがうかがえるではないか。
 
「短い期間でオープンしてしまったのでまだ未完成、これからディスプレイなんかも少しずつ変えるしクリスマスもある。楽しみにしていて」と島田氏。準備期間3ヶ月とも思えないし、未完成だともとても思えない店である。だのにまだまだ楽しみにしていていいとは嬉しい限り!ついつい通って全てのお菓子を制覇したくなる、可愛らしいのにどこか力強い店「パティシエ・シマ」。小さい店内には粋な島田氏の感覚が溢れている。
取材日 1998年


島田シェフの秘密