パイニイ

後藤 雄一 氏

僕が店に来て10年になります。10年前は僕の頭の中に、「パンたるもの、ハード系」みたいな、がちがちの観念がありました。この店もその頃はハード系とデニッシュがほとんどだったんですよ。だから、自分に合う店だなと思っていました。

3年前、初めてヨーロッパに行ったときが一つの転機でした。ヨーロッパでのパンと、日本でのパンでは、なんていうかもう、文化がまったく違うんですね。人々の生活への浸透度合いとか。当たり前のことで、理屈では分かっていましたが、それを目の当たりにして僕の中からハード系一辺倒の考えが変わりました。ハード系はハード系でもちろんいいけれど、日本人の口に合った惣菜パンも、抵抗なく受入れて作ってもいいんじゃないかって。10年前からそれまでも、ニーズがあったので、惣菜パンや菓子パンは増えていました。でも作るのに抵抗があったんですね。それがここで一気に吹っ切れた。だから今、惣菜パンも菓子パンも、種類は多いですよ。

そもそも僕がパン屋になろうと思ったのは、高校生のとき。「バイト」っていうものがしたくて、それがたまたまパン屋だった。最初は販売をやっていたのだけど、冬休みに「製造のほうも手伝ってみないか」ということで、早起きして一日中仕事をやってみたんです。これが面白かった。そのうち学校そっちのけでパン屋の仕事にはまるところまできてしまい、高校を中退して就職しちゃったんです。

パンを作った最初の感動は、メロンパンですね。食パンでもアンパンでも、大体作り方って想像できるじゃないですか。生地をただ焼いたり、あんこを入れて焼いたりするんだって。でも、あの表面だけ味と食感の違うメロンパンっていうのは謎でしたから。今では何も考えずクッキー生地を丸めたパン生地にかぶせますが、あの時は「へーっ」って思いましたね。

この店は僕がまわった3軒目にあたり、いままでいた中で一番大きな店です。製粉会社の講習会を開いたり、併設されているレストランの食材を使って新しいパンを開発したりと、大きな店ならではの楽しみがありますよね。お客さんは地元の方が中心。この10年で、パンを食べる方の年齢層がひろがったなあとしみじみ思います。おもしろいのは、今、国産小麦とか天然酵母とか流行っているでしょう? でもね、作ってみたら意外と喜ばれないんですよ。だから、無理してそういう流行りを追いかけることはしません。

パン作りで大切なのは、マニュアルよりも感性、感覚だと思っています。日本には四季がある。いつでも同じ時間で発酵させたり、焼いたりしていては絶対安定したいい味はだせません。実はもうすぐ独立の予定があり、この店を後にするのですが、状態を見て、感覚を信じて作ることの大切さは、下の人たちにも伝えてきました。だからきちんと美味しいパンを作り続けてくれると思います。

取材日 2001年8月












パイニイ
藤沢市片瀬2-2-2
TEL: 0466-27-2231


後藤さんの秘密