昔は「陸の孤島」と言われた麻布十番。駅や六本木ヒルズの開業によって街を訪れる人が増え、最近はお洒落なお店が続々と出店しています。
そんなタイミングにオープンしたポワンタージュは、レストランとパン屋を複合した店舗形態や垢抜けた店内のデザインなど、「現在のトレンドを意識した店」という印象。しかし、この店はパン職人と料理人である兄弟を中心とした家族で切り盛りする店だそうです。「是非、職人取材に伺いたい」と願うこと半年、やっとその日を迎えることが出来ました。
午後4時、約束の時間にお店へ伺うと、焼きたての”ミッシュ”を持って厨房から出て来た中川さん。”優しいお兄さん”といった印象で、「こんにちは」とお客様に挨拶をしながらミッシュを専用のラックに並べ、それから取材が始まりました。









生まれ育ったのは、現在の店舗がある場所。以前、麻布十番の中でもこの辺りは花柳街とし栄え、お父様の代までは酒屋を営んでいたそうです。その4代目として生まれ、食品会社に就職してたまたまパンの部門に配属になったことがきっかけとなり、この世界へ。街のパン屋、デパートやスーパー内のパン屋で働いた後、料理人となった弟の英治さんと一緒にお店を始めることに。




「うちの家族は昔からパンが好きだったのですが、この近所のパン屋は惣菜パンや食事パンを売るお店ばかりで、「食事パンを売る店があったらいいな」と思っていました。
父の代まで営んでいた酒屋は、地域の人のための商売。今の店(ポワンタージュ)のお客さんも近所の方が中心で、扱うものが変わっても商売のスタンスは変わっていないんですよ」




素材へのこだわりを伺ったところ、「特にこだわりは無いんです」と一言。しかし、並んでいるパンの顔ぶれを見ると、そうとは思えない。よく伺ってみると、やはり、「粉は、フランス産とカナダ産のブレンド。石臼引きの粉なども使ってます。塩は、フランス産ゲランドと沖縄産シママースです」と、十分なこだわりぶり。しかし、そんな控えめなところが中川さんのお人柄なのでしょう。


最初はハード系がほとんどだったものの、お客様からの要望で始めた菓子パンや惣菜パン。これらのフィリングを作るのは中川さんのお母様。「偶然にも、母は豆屋の娘なんです。あんぱんの餡のレシピは、そのまた母親に教わったものです」 ”餅は餅屋に・・・”と良くいいますが、こんなに身近に専門家がいるとは、ラッキーな偶然です。


ヴィエノワズリーについて伺うと、意外な答えが返ってきました。「実は、あんまりバターが好きではないんです」最近ではリッチなタイプのヴィエノワズリーが注目されるなか、ポワンタージュのクロワッサンはハラハラとした層の感じが印象的で、旨みをじんわり感じるタイプ。そう、まさに”パン屋のクロワッサン”といった感じ。「全体的にバター控えめでさっぱりとした仕上がりにしています。そうすると粉の甘みや生地の食感が強調されるので」



将来の展望は?との質問に、「今はレストランとパン屋が一緒の店ということで取り上げてもらっていますが、将来的には別にしたいんです」とのこと。客の立場からすると焼きたてのパンとそれに合う食事が食べられる理想的な環境ですが、中川さんにも職人としての理想があるそう。「お客さんの顔を見ながらパンを作り、売っていきたい」残念ながら、現在の店舗では厨房から店内は見えません。中川さんのイメージは、お客さんとコミュニケーションを取りながらの商売。そのベースには、かつての酒屋のイメージがあるのでしょう。





実は、取材の最初からあまり笑顔を見せる方ではなく「職人肌タイプの方なのか?」と思われました。しかし、お客様に「いらっしゃいませ」「有難うございました」と言う時は、声のトーンも表情も数段明るいのです。中川さんが職人肌であるのは事実、しかしそれ以上に人と関わることが好きなのでは? 少しだけ照れ屋さんなだけなのかもしれませんね。