ル・フォワイエ

早勢 貢 氏
90年から八王子の「菓子の実」(洋菓子屋)に、その後94年からここル・フォワイエに。ル・フォワイエ在籍中に渡仏。ノルマンディーで1年、リュクセンブルグで1年、パリで3ヵ月を修業しながら過ごし、現在店に戻り、学んだ技術や感性をいかしてケーキ作りに励んでいる。


学生時代、畜産の勉強をしていたんです。卒業した後、牧場で働いたんですが、すぐ挫折しました。そのあとぷらぷらフリーターをしながら、今後どうしようかなあ、どうにかせにゃああかんなあ、と考えていたときに、学生時代、授業の中で乳製品を使ってクッキーを作ったりヨーグルトやチーズなんかも作ったことが記憶によみがえってきて。食べ物作るのって楽しかったよなあ、ってことを思い出したんです。僕自信、甘いものも大好きだったことと、お菓子というのは他のものに比べて、みんなニコニコしながら買っていってくれること、そんなことを考えて、食べものの中でも特にケーキかな、と思い、製菓専門学校に1年通って地元八王子のお菓子屋さんに入りました。

ここに来て1年半くらい働いてから渡仏したんですが、その時受けた影響は大きいですね。向こうのお菓子はとにかく甘いですよね。コクがあって、食べ続けると僕らにはしつこい。味をそのまま日本に持ってきても通用しないと思います。でも、最初に食べたときの、例えばあのパイの、バターが口いっぱいから鼻まで広がる香り、あの強烈な「美味しい」という感動は伝えたい。チョコレートのほろ苦い美味しさなんかもそうです。向こうで最初に受けた印象は殺さないで、そこを伝えながら日本人の口に合うお菓子を作る、とても難しいですがそんなお菓子を目指しています。

でも、しつこいといっても、向こうのお菓子に使っているクリームなんか、実は脂肪分が高いわけではないんですよね。バターも、大量に使うからコクが出るというより、バターそのもの質がもう全然違うんですよ。畜産を勉強していた経験から、このあたりの素材には興味があって、牛そのものの様子などもフランスで見に行きました。日本の牛とはえさを始め育て方が違いますね。ああ、これは日本のバターやクリーム、牛乳とは質の違うものができて当然だって思いました。干し草やトウモロコシでさっぱり育っている日本の牛から、あのバターの味は出ないと思います。今この店で僕が使っている乳製品は、自分が食べて一番フランスに近いなと思うものを使っています。

ケーキのデコレーションについても、渡仏する前は「見かけより味」ってちょっとかたくなに思っていたんですよ。僕が行ったのはノルマンディーやリュクセンブルグは結構田舎のほうだったので、そこに行っても焼きっぱなしの素朴なお菓子とか多くて、その考えは変わりませんでした。でも、最後の仕上げでパリに戻って来て、有名店のお菓子を食べまくったときに、やっぱり全然違うんですよね、デコレーションが。目で、もう食べたくなってしまうような魅力があるんです。そこで初めて、デコレーションも大事かなあと思うようになりました。だから、飾りにもひと手間を惜しまないように心がけています。秋や冬だからと、あまりシックなショーケースにもしたくないですね。

僕は自分はあまり最先端、最先端、というお菓子を求めて行くタイプじゃあないと思っているんです。だから東京の都心に店を持ちたいと思ったことはありません。でも、この世界に入ったときからいつかは自分の店を出したいと思っています。自然が近くにあるのんびりした土地に店を持てて、生活できたら最高ですね。休みの日は川で釣りなんかして。プライベートな時間でちゃんと充電できれば、仕事もいい仕事ができると思うんです。

取材日 1999年


早勢さんの秘密