せふりの 
森山 敏弘さん
 
 

   



住まいはここから55キロ離れたところ。車で通っています。なぜこんな不便な場所で店を開いたかというと、水がいいから。とても柔らく、くせのないいい水が出るんです。山の中の店だから何かシンボルになるものがあったらいいと、1ヵ月半かけて石窯を作りました。もちろん、石の持つ熱で大きなパンをじっくり焼きたいという気持ちもあって。

店を始める前は、パン、菓子を扱う会社にそれぞれ15年ずついました。パン企業に勤めていた時は『九州パン戦争』なんていう雑誌があったほど、業界の最盛期。その後、菓子屋がこぞって企業化をはじめた時代に菓子企業に移りました。ぐんぐん成長する注目企業で働き、とても充実していたけれど、組織の人間はやりたいことを勝手にはできないですよね。50才を過ぎて、そろそろ自由にやれる場がほしいと独立を決意。実はここ、早くて2,3年、いや5年先くらいでしょうか、ダムの底に沈む場所なんですよ。分かっていて買いました。店が上手く行かなくてもいい区切りになるし、きっと引き際だろうと思ったんです。

最初は店に泊まり込んで毎日パンを焼こうと思いましたが、昔の上司の「それで食べていかれるのか」という言葉に頷いてしまうところもあって、今、彼の誘いで平日は菓子の会社の仕事をしています。自分がこの店にいるのは週末だけ。平日は「いずれ独立したい」という強い意志を持った2人の若者に安心して任せています。よって、自分にとってここは趣味の延長や息抜きの場でもありますが、パンを作る時は真剣です。

パンは人が作るものだけれど、実は酵母が作ってくれているわけですよね。酵母が機嫌良く働いてくれるよう、いい環境を整えてあげることが大切。でも、そうして一生懸命働いてくれたのに最後は窯で焼き殺してしまうという、ある意味残酷なことを私たちはしている。だから、酵母が命を懸けてやってくれたことを無駄にしちゃならん、という気持ちをいつも持っています。

オープンして5年、カンパーニュ以外のアイテムも大分変わりましたよ。日本人の主食はやっぱり米だと思っているので、食事パンにはこだわりません。食べて「美味しいな」と幸せになってくれればいいと思っているので、菓子パンもあります。わざわざやって来る場所だから、楽しんでくれるよう新作にも力を入れます。お客さんの反応っていうのはこの年になってもドキドキワクワクするものですね。面と向かってはみんな「美味しい」って言ってくれるでしょう、でも人伝いに「・・さんが美味しいって言ってた」とか聞くと嬉しくなっちゃうんだよな。


素材について、水以外でちょっとこだわっているのが粉。10種類ほど使い分けています。企業時代の付き合いもあるから、色々試すこともできました。なかでも毛利製粉というところの粉はちょっと面白い。シロガネという、このあたりでとれる、佐賀の銘菓マルボロに使われる粉を扱っている小さな小さな会社です。社長さんが粉を持って車で移動する時ね、「俺が一生懸命作った粉をトランクに入れるな」って、必ず座席に置くんですよ。

そういう粉を使ってパンを作れるのって幸せだなと思っています。これだけの素材が揃ったら、あとは作り手の気持ちでいくらでもいいパンができるんじゃないか、そんな風に思います。


取材日2002.11.10.


せふりの
佐賀県神埼郡東脊振村松隈2302
092-952-9622

森山さんの秘密