サンルイ島

遠藤 正俊 氏

「食べものを作れば食いっぱぐれることはないだろう」そんな単純な思いからコックになってみようと思った。それがたまたま製菓部門にまわされ、そこから先は様々な「人」が導いてくれたという。ホテルやレストラン、大手パン屋や町のパン屋、菓子店、ショコラトリー…国内外それぞれの場でそれぞれのニーズにあわせた商品を作ってきた経験を持つ遠藤氏のお店が「サンルイ島」である。

「50を過ぎて、本当に美味しいものが分かってきた気がする」という遠藤氏の発言には一つ一つ重みと深みがある。
「機械を使えば色々な手間は省ける。でも例えば『もの』のことを考えると、焼きものは朝焼くのがベスト。最先端の機械もいいけれど、その使い方をもう一度振り返って考えてみようと思う」
「素材にはこだわってもやりきれるものではない。だから特別こだわってはいない」
「若手には自分のやってきたことを見せていくしかないと思う。あとはまどろっこしいかもしれないけれど『いいお菓子を作ろう』で伝えていくしかない。彼らの目に隣の芝が青く映ったらそれは隣に行くしかない。でも必ず、後に自分の言ったことを理解して戻ってくる」
「流行りものの難しい名前のお菓子だけがお菓子ではない、もっと身近なところにいいものってあるんじゃないか」

今、遠藤氏は「素」という原点にたちかえってみようと思っている。難しい名前のものよりショートケーキ、プリン、シュークリームという、「普通」のところを誉めてもらえるお店になりたい、「いいものってなんだろう」「こんな近くにあるよ」というところから始めた上で、流行りものなどを取り入れていくというスタンスがお客さんへの説得力にもつながるのではと考えている。

シンプルなものが一番正直で難しい。そしてあえてその原点に立ち向かうということは、20代30代の職人さんにはなかなかできないことかもしれない。そう考えると遠藤氏の人として、職人としての奥深さ、言葉の深さをあらためて感じてしまう。
こうした一方で、新しいお店のあり方も提案している。焼き菓子メインで扱う逗子店は、ガラスの仕切りもない完全オープンキッチンの店である。同業者が「やってみたかったけれど勇気がなくてできなかった」とよく覗きに来るという店構えは、斬新とか今風と言えるかもしれない。しかしちょっと考えれば分かることだが、これほど正直な仕事をしていなければ成り立たない店もない。これもまたお菓子作りの原点なのである。目の前で焼いたお菓子が提供されるというのは何よりのお客様への説得力であり喜びだ。

葉山の本店をオープンさせたのは13年前。5年を過ごしたフランスから帰国し、「店を持ちたい」と思い続けて10年が経っていた。「資金的余裕もなく地域性は選べなかったが広さを選択して」この土地を選んだのだが、海が近い行楽地で夏しか人が入らないだろうという思いは外れ、地元を中心に神奈川県内各地はもちろん、県外からも車でお客さんが訪れる店になった。今は「見に行けば必ず誰かが遊んでいるのでこちらも気が休まる」海を眺められるこの土地で店を持ってよかったと思っている。遠藤氏の様々な経験の集大成であるこの店は、あわただしい都心より、波の音が聞こえてきそうなこの場所のほうがずっとしっくりくる気がした。

取材日 1999年


遠藤さんの秘密